第12話『不思議な出会い』

 ―――さん…サンディーさん!わかりますか!?サンディーさん!


 何度か体を揺さぶられ、その声で目覚めた。ひどく眩しい光にうっとして目を細める。ガラガラと聞こえるストレッチャーの音と振動とが背中から確かに伝わる。目まぐるしく移動する天井の景色。何かで固定された四肢には思うように力が入らない。こちらを覗き込む医師らしき男だが、白衣には見慣れない記号がついている。囲むように3名の看護師と走りながら電子カルテを読み上げる救護隊の制服を着たもう一人の表情はひどく強張っていた。


 「あぁ…?」


 ワシが何もわからんまま声を出すと、医師だと思っていた男はゆっくりといくつかの情報を教えて寄越した。


 「あぁ!意識が戻りましたね?私はここで軍医をしている中山です、あなたは積み上げられたオレンジのケースの下敷きになっているところを隊員の彼に発見されたんです。今から緊急検査を行いますから、どうか体を動かそうとしないでください。」


 「お…おう…しかしここはいったいどこなんじゃ…?」


 「それは後でお話しします。」


 バンという音がして、行先であると思われる部屋の扉が乱暴に開かれた。せーのの掛け声とともに担架ごと全身をカバーできるような機械に入れられ、蓋が閉められる。外からは中山の声がした。


 「いいですか?それは初めてかもしれませんが怖がらないでください。本来は軍人用に配備されている総合精密検査ユニットです。出来るなら数回大きく深呼吸しておいて下さい。暫く繰り返していればすぐ終わりますからね。」


 「わ…わかった。」


 何が何だかわからないままだったがとりあえず医者が言う事だからと指示の通りにすー、はー。と大きく息を吸い込んだ。すると周囲から煙のようなものが焚かれ始め、またもう一度大きく息を吸い込んだところで強烈な眠気に襲われて抗う間もなくまたも無意識の奥底へと引き込まれてしまった。しかしそれは先ほどのような不快感は一切存在せず、安楽や平静のまま、常々眠るような感覚と全く同じであった。

 

 それから再び時間が経った後にワシは中山医師から病状に対する宣告を受けた。思いのほか柔らかなベッドの肌触りは心地よく、真っ白なシーツからは洗剤の良い香りがほのかに香る。枕に頭を乗せて寝ころんだ状態のままで話は続けられた。


 「まぁそうですね…。肝心の容態ですが…。」


 「…。」


 「至って問題なし、と言うべきでしょう。正しくはいくつかの骨に軽度のヒビが見られますが、暫く安静にしていれば悪化する可能性はありません。」


 「ほう…?そうなんか…。」


 「幸運だったと思って下さい。あの時密封されたケースでなかったお陰で中身が飛び出し、相対的に軽くなったので破壊的な損傷は何とか免れました。まぁ…院内程度の軽い移動であれば認めます、退院までの5日間はご無理のないように。」


 そう中山は一通り話すと、「次の患者さんもいらっしゃいますので私はこれで」と一礼して去っていった。まだまだ聞きたいことは多々あったのだが、そうそう迷惑になることばかりも言っていられない。ストレッチャーの上とは違って今なら体の痛みも、違和感も残っていない。ベッドの下にスリッパがおかれているのを見つけてぐっと力を込めて立ち上がると意外にも松葉杖無しで快適に歩く事が出来た。日々生活するのと何ら変わりないというほど嬉しいことはないのだ。割り当てられた部屋を出ると、振られていた番号は463号室となっており、長く続く廊下には同じように番号の書かれたプレートを持つ部屋が同じように並んでいた。パンパンとスリッパが廊下に

小さくぶつかる音が響く、どこへ行こうと格別宛があるわけでもない。しばらく進むと1つだけ半開きになった扉が見える。何の気なしに覗いてみると中で写真を眺めている一人の男と偶然目が会った。彼は一瞬戸惑ったようにこちらを見たが、お互い無言で見つめあうのもなかなか気まずい。


 「おう、あんたもここの患者か?」


 「ええ、そう…ですが?」


 「そりゃあ良かった、ワシもここへ連れて来られたんだが退屈でな。話し相手を探している真っ最中だったんじゃ。」


 「なるほど…では失礼ですが階級と所属はどちらで?」


 「…何じゃそら?ワシは軍属なんぞでは無い。」


 「え…?」


 ワシの言葉に男はきょとんとしてしばらく考え込むと、「それは幸運でしたね」と笑顔を浮かべて返した。だが病院で幸運とは何かとワシの合点はなかなかいかなかった。どうやらその表情がまるわかりだったのか、彼は自己紹介と共にここの説明を始める。


 「どこから話していいのかわかりませんが…私は他の都市でパイロットをしていた速水です。階級は大尉で…そうですね、ここはそういった戦傷員を受け入れるアスクレウス最大の軍病院ですよ。通常民間人は民間病院に搬送となるはずなのですが…きっとベッドの不足でこちらに回されたのでしょう?」


 「さぁな?ワシはそこまで説明を受けとらん。」

 

 「あはは、まぁいいんですよ。さっき私が幸運だと言ったのはこの為です。ここはほかのどの医療施設よりも設備面、装備面でも充実している。見たところ大きなけがはされていないようですが、万が一そうであったとしても傷の治りはより早くなったでしょうね。」


「ほーん、そりゃぁまぁ有難いのお…。んで何だ…速水さんか、また傷か治ったら前線復帰するんか?」


「いえ、そういうつもりは特にありませんよ。むしろこのまま退役しようかと考えています。私は自分のしたことが今でも信じられないし、その爪痕と言うべきか後遺症と表現すべきか分からない何かのせいで飛べずにいるんです。もっと正しく言うならば飛べないというより飛びたくないってだけなんですがね。」


「なるほど、まぁ詳しくは聞かんことにしよう。ワシはサンディー、ここアスクレウスで整備工をやっとる。で?なんだ、この先行く所は決まってるんか?」


「それがさっぱりなんです。何がしたいわけでもなくここにいます。家族は…あれから連絡が取れないまま、結果的に私は身内すら見捨ててこの場所にいる。持ち合わせていた家も資産の殆ども怪物に飲まれて消えたでしょう。あれは文字通り悪夢でした。」


「なら退院した後ウチに来るといい。何かとその手のコネはあるからのぉ。まぁうまくいかずともしばらくはあんたに飯も出せるだろう。詳しくは戻ってからになるがな。」

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