苺ムースに白い皿

miobott

苺ムースに白い皿

 クリスマスソングが町を彩りはじめると、綾子の仕事は一気に忙しくなる。


「今日はさぶぃねえ。おはよぉございまぁす」

 綾子がそういって雑居ビルに駆け込むのは夕刻17時少し前。着飾った女たちが胸を張って綾子の横を通り過ぎていく。その女たちを器用に避けつつ、綾子は一軒の店に飛び込んだ。

「ママ、ホールのケーキ2つおまたせ。ケーキにはこのお皿を使ってあげて」

 開店準備中のスナックは、白粉と香水と店屋物の香りがする。綾子は手元のクーラーボックスからホールケーキの箱と柔らかい布に包んだ皿を2つ、店の女に渡した。

「クリームケーキには赤い皿。チョコケーキには緑色。ね。ぴったりやろ」

「ありがと。この街もケーキ屋は多いけど、綾ちゃん所みたいにお皿まで揃えてくれる店はなかなかないのよ。お皿、お客さんにも評判がええんやで」

 化粧は濃いが女の声は柔らかい。綾子は思わず顔をほころばす。

「ご贔屓にしてもろて、ありがとうございます」

 子供の頃から夢だったケーキ屋を北新地で開いたのは、綾子が35の時だ。

 大阪の歓楽街・北新地の片隅に配達専門のケーキ店を開いた。商売相手は夜の店。華やかさを楽しんでもらえるように、ケーキと一緒に似合いの皿も貸し出すようにした。これなら、皿の回収時に次の注文を聞くこともできるし、なによりも我が子のようにかわいいケーキを自分好みの皿で着飾ってもらいたかった。

「そろそろクリスマスケーキの受付も……」

「……あそこの子もなあ」

 クーラーボックスのふたを閉め立ち上がる。と、綾子の背後から囁くような声が聞こえた。

「お父はんもお爺はんも船場の立派な料亭で腕振るとったのに、娘はちゃらちゃら甘いもんこしらえて、ホステス相手にご機嫌取り……」

 クーラーボックスの中にはまだケーキが3つ、お皿も3枚。ひいふうみいと数えて、綾子は元気よく立ち上がる。

「じゃあママ、また夜にお皿取りに寄らせてもらいます」

 後ろでこそこそ言い合っているのはスーツ姿の立派なおじさん達。夕刻17時はまだ北新地は歓楽街への準備中だ。開くのを待っているのか、それとも冷やかしか。

 綾子がじっと見つめると、男たちはこそこそと目をそらす。ママはそんな綾子の袖をそっと引いた。

「綾ちゃん、気にせえへんとき。あの社長はんはご機嫌斜めや」

「うん。大丈夫」

 綾子はにっこりほほえみ、クーラーボックスを肩にかける。

 そんな悪口は、もうすっかり聞き飽きている。


 綾子は料理人の家系生まれ育ち、育つ家庭でケーキが好きになった。パティシエになった理由なんて、それだけの話。

(ええなあ。あれにイチゴのムース乗せたい)

 原付にまたがったまま、綾子は綺麗に磨かれたショーウインドーの中をのぞき込む。そこに展示されているのは、反りの美しい白い皿が一つ。店の看板には『骨董 老松』と書かれている。 

 北新地すぐそばにあるここ、老松町は古美術と骨董の街である。

「また冷やかしか、香川はん」

 店の暖簾がするりと浮かび、顔を出したのは着物姿の女。

「うん。ストレスがたまったら綺麗なお皿をみるんや。ストレス解消。これ新作?」

「これは炊きもん乗せる皿。砂糖の固まり乗せる皿ちゃいます」

「けーちゃん」

「……もうその名前で呼ばへんといて。子供ん頃とは違うんや」

 けーちゃん、圭子は顔をついっとそらす。綾子と圭子は幼なじみとして育った。

 やがて綾子は幼い頃からの夢であるパティシエに、圭子は嫌がっていたはずの親の仕事を受け継いで古美術商に。女も30を半ばを過ぎると思いもよらない未来を生きるものである。

「だって、私のケーキはけーちゃんのお店のお皿が一番あうんやもの……」

「ここの店も昔は立派なもんやったのに、こないだ新地に卸しとるの見かけたわ。死んだ先代が聞いたらどれだけ泣きはることか……」

 綾子が口をとがらせると同時に、背後から嫌らしい声が聞こえる。振り返れば、着物姿の女と太った男がにやにやと、二人を見つめているのである。圭子の肩が震えるのをみて綾子は思わず原付から飛び降りた。

「お言葉ですけど。新地のお客はんは目が超えてはりますよ」

「ちょっと、香川はん……」

「それにお皿は綺麗に飾ってるだけやあかんのです。おいしいケーキ、おいしい食べ物を乗せてあげんと、お皿も悲しみます」

 二人に向かって綾子は胸を張る。膝が震えたが胸を張ればそんなもの吹き飛んでしまう。

「ここのお皿綺麗やろ? 主のセンスがええんやわ。私はおいしいケーキをそれに乗せる。ええ関係でしょ。私、新地でケーキ屋してます。お土産に、ここのお皿と一緒にどうですか?」

 にっこりと笑ってみせれば二人は気まずそうに顔を背けて去っていく。その背にむけて思い切り舌をだし、綾子は腹を抱えて笑った。

「ああすっきりした」

「ちょっと、あんた……」

 振り返ると圭子が困ったような顔で頭を押さえている。思わず謝った綾子の前に、圭子は白い箱を差し出した。

「ええわ。もっていき、貸すだけやで」

 中をみれば、それは店頭にあった白い皿。圭子は唇の端をかみしめている。それは嬉しさを堪える、彼女の幼い頃からの癖だった。

「え。でも」

「返すときに、この上にあんたのケーキ乗せてきて……あーちゃん」

「けーちゃん……」

 恥ずかしがり屋の圭子はすぐさまそっぽを向いて店の中。

 圭子は受け取った箱を胸の前でぎゅっと抱きしめて、そしてぐっと腹に力をいれる。

「……よしっ」

 まもなく北新地も19時前。女たちが泣きながら笑いながら胸を張って、綾子のケーキを食べるころ。

「配達っ続きっ」

 そして綾子はただただ真面目においしいケーキを届けるのだ。

 彼女は腕を振り上げ原付に飛び乗って、12月の大阪歓楽街を彩るイルミネーションに向けて一気に駆け始めた。

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