3.なおも時は経つ

そんな見沼の竜神伝説が、突然脚光を浴びる時が来た。

そのきっかけは、ゆるキャラである。


さいたま市のマスコットキャラクター「ヌゥ」。

見沼の竜神伝説をモチーフに作られた、竜の子供のキャラクターである。

大宮でも、与野でも、あとからきた岩槻でも、ましてや浦和の栄えている地域でもない。選ばれたのは、見沼の竜だった。

見沼の竜はこうして、現代のさいたまに帰ってきた。かつては気候をあやつり、くらしにかかわりながら人にあがめられた神は、いま、ゆるキャラになった。

人々に愛され、古き良き時代を、伝統を、伝えていく。形を変えて見守る神様は、ちょっぴり身近になった。


とはいえ竜神様も神様なもので、人々を振り返らせ、たしなめるあの威厳も必要である。それが、石像になって帰ってきた。

東浦和駅前、冒頭でお話しした、バスターミナルの近くにそびえる竜の石像である。

浦和駅前だと「うなぎのうなこちゃん」が存在するし、この際ヌゥのようにかわいらしい石像でもよかった気がするが、さびれた駅前にはいかつい顔が立った。


そう、今も、それでも、竜神様はいきていた。

私事で申し訳ないが、高校時代、竜神伝説を部活動の一環で取材したことがあった。その取材先で聞いた話だ。


「駅前に石像があるでしょう。お賽銭をね、おいていく人がいるんです。そうして拝んでいくの。」


大きな店もない、「とかいなか」とさえ言えなさそうな閑静な駅前の風景にそぐわない顔が、顔だけ、そびえたつ。

ちょうどこの時期は、緑区のキャラクター「緑太郎」がイルミネーションになって、厳しそうな真顔の石像とコラボレーションを果たす。

ポスターを覗けば、愛くるしい顔をした子孫が、地域振興のキャラクターとして活躍している。

何もないけれど、何もないまま、ゆるやかに時が流れる、竜神様のもとで。


東浦和の駅前で、今も昔も変わらぬまなざしのまま、竜神様がわたしたちを見つめている。

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龍ゆきゆきて沼に立つ 八田亜利沙 @lostmysnow

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