2.神は去る
ここからは完全にうろ覚えと結構な脚色で、見沼の竜伝説をうまいこと説明したい。小学校の地域の授業かなんかで習ったはずなんだが。
かつてここは武蔵国と呼ばれた地域である。
東浦和から宮原に至る大きな「見沼」と呼ばれる沼が、その昔存在した。
農作業や狩猟にいたり、見沼は人々に恵みを与え、暮らしをうるおす大事なものであった。
時々村人が悪さをしたり、怠けたりしようものなら、竜神は嵐となって人々を戒める。物理的にも精神的にも、見沼はひとびとの支えであった。
そんな見沼が、幕府によって干拓されることとなった。人が増え、民が飢えたことで、田を増やし米を作ろうというのだ。
ある夜、干拓を担う役人の枕元に、一人の美女が現れる。
「我は見沼の竜神。このままお前が干拓を進めれば、我や見沼の生き物の住処はなくなってしまう。新しい住処を見つけるまでは、干拓を止めてもらえぬか。」
役人は聞く耳もたず、干拓は進められていく。するとどうだろう、事故は起きるわ、役人は病に倒れるわ、災い続きで干拓は滞るではないか。
病の役人の枕元に、再び美女が現れる。
「身勝手な人間ども。田畑を増やさんとし、他の生き物を顧みぬその姿勢、なんとあさましいことか。我はひとを許さんぞ。」
美女は竜となりて役人の体を締め上げた。苦しみの中で役人はこう言う。
「待たれよ。ただ干拓するにとどめる気はない。生き物たちのために、できる限り自然を壊さない。水も、用水路を引こう。ひとと、魚や虫や、様々な動物たちが共に生きられる、そういう場を作ろう。
この命、工事が済めば食われようと惜しくはない。どうか飢える民を救わせてはくれぬか。」
役人の訴えに、竜神は納得しどこかへ去っていった。
竜神の祟りは止んだ。干拓は進み、出来上がったのが今の見沼田んぼである。
まあ、諸説あるので、訴えるんじゃなくておはらいするパターン等いろいろあるらしいが、その辺はご勘弁願いたい。
しかし平成の世、今もわずかながら田んぼは残り、代用水も通船堀も保存されているが、関心を向けるイベントでもなければ、普段は忘れ去られているに等しい。
人々の心に住まう竜神は、近代化の風に流され、いつしか消えてしまった。
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