エピソード4【ドリームブログ】③



カズヤが亡くなってから2ヶ月間――



私は、荒れに荒れていた。

仕事も休職し部屋に閉じこもり、何をするでもなくただただ時を過ごすばかり。

食べるものも喉を通らず、ふとした瞬間に流れ落ちる涙はカズヤとの幸せな日々を再び思い起こさせる。

何もない。

希望も未来も何もない。


真っ暗な絶望だけが、私の全てを覆い尽くしていた――


事故の原因は、仕事帰りにカズヤの運転する車がスリップして、ガードレールにぶつかったため。

その日は、どしゃぶりの雨だった。

加えて、夜も遅く視界が悪かったのも原因のひとつ。


どちらかというと、電車で会社に行くことが多いカズヤ。

でもたまに、仕事が遅くなる日などは、車で行くこともある。

そういう偶然も事故に繋がったんだろう。


一瞬。

一瞬で、カズヤは命を失ってしまった。


眠れない。

食べられない。

そして、泣きじゃくる。

毎日毎日、出口が見えないその繰り返し。

私は、荒れに荒れていた。


まあ、そりゃ、そうだよね。

当然だよね。

今まで、大好きで大好きでたまらなかった人が、いきなりいなくなっちゃったんだから。


しかし、時間の経過というのは、少なからず不思議な力を与えてくれる。

友人や家族、周りの皆に支えられて、私は少しずつ落ち着きを取り戻し、ゆっくりゆっくりと立ち直ることができた。


ありがとう。

みんな、ありがとうね。


前に進むからね。

どんなに辛くても、私は前に進むからね。




* * * *




「さてと……」


それは、心が平静を保てるようになったある日の事。

私は散らかり放題になっている部屋の片付けにとりかかった。


なぜなら明日、高校から仲良しのサトミが、うちに遊びに来るからだ。

夕方6時から、一緒にうちで鍋をする予定。


最近は、サトミがよく遊んでくれる。

多分、私を元気づけようとしてくれてるんだろうな。


ありがとう。

ありがとうね、サトミ。


「あ~あ」


しかし、まいったな。

この2ヶ月間、ほとんど何もしていなかったからな。

部屋が、無茶苦茶に散らかってるな。

ふう……とにかく早く片付けな……


「キャッ!」


小さな驚きの声を上げた原因は、まさにこの散らかり具合が引き起こした弊害。

そう。

電気の延長コードに足を引っかけてしまった。

ちなみに、まあ、このコードは普段からちょっと危険かなとは思っていた。

さらに、この散らかったゴミが、危なさに追い撃ちをかけたようだ。


ふう。

こりゃ、本気で片付けなきゃな。

このままじゃ、この部屋はごみ屋敷として近所で有名になってしまう。


「よいしょ」


私は、床に散らかっていたいくつかの雑誌を手に取り始めた。

そして、本棚に戻そうとした、その時、


「あっ……」


視線を動かした先に、ふとデスク上のパソコン画面が目に入った。


「そういえば……」


パソコンの四角いフォルムが私の記憶に刺激を与え、あることを思い起こさせる。

それは、カズヤのブログ――

カズヤが、毎日かかさずやっていたブログのことを思い返していた。


「あぁ……」


そういえば、よく私もカズヤのブログを見ていたな。

遊園地に行って、夜遅くまで遊んだこと。

バイキングのお店で、お腹いっぱい食べたこと。

バーゲンに行って、お財布がからっぽになるまでショッピングしたこと。

私のことも、よくブログにアップしてくれたっけ。

まあ、あまり私の変なことは書かないでって、怒ったこともあったけど。

今じゃ、それもいい思い出だな。


「カズヤ……」



ポチッ――



私は、右手が意志を持ったかのように、おもむろにパソコンの電源に命を吹き込んだ。

前に進まなきゃいけないのに。

ついさっき、そう決めたばっかりなのに。


「カズヤ……」


懐かしさのあまり、そして、カズヤの匂いを感じたいがために、そのまま放置していたブログを開こうとした。

ブックマークでお気に入り登録しているカズヤのブログ。

慣れた手つきでその項目をクリックした。

――すると。



「あれ?」



画面に、カズヤのブログは映し出されなかった。


何で?

何でだろう?

私、ちゃんと、カズヤのブログをクリックしたはずなのに。

全く意味が分からず、頭の中はクエスチョンマーク一色。


「ん?……これは……?」


ただ、その代わり、画面には大きな文字でこう書かれていた。


「ドリーム……ブログ……?」


そう。

『ドリームブログ』と書かれていた。


な、何だ?

何だ?

何だ??


ド、ドリームブログ??


ちょ、ちょっと待って。

このアドレスは、カズヤのブログに繋がっているはず。

それは間違いないはず。

でも、たどりついたのは、全く見たことがない知らないサイト。

ちなみに、そのあとも何回か試してみたが、カズヤのブログにたどりつくことはなかった。


何だ?

故障か?

まいった。

まいった、まいった。

私はそこまでパソコンに詳しくないから、こういう場合の対処方法は分からないぞ。

う~ん。

また今度、誰かに聞いてみるか。

あっ、そうだ。

明日の6時に、サトミが、うちに遊びにくるんだっけ。

じゃあ、サトミに聞いてみようかな。

よし、そうしよう。

これからは、ちょっとずつ、パソコンのことも本気で勉強していかなきゃいけないな。

じゃあ、とりあえず、今日はパソコンを閉じようかな……


「ん……まてよ……」


ていうか……これって何なんだろ……

電源をシャットダウンしかけた私は、もう一度パソコン画面をグッと覗きこんだ。


そう。

『ドリームブログ』


このタイトルが、ちょっと気になったからだ。

何だろう?

何なんだろう、このサイトは?


私は首を傾げながら、とりあえずトップページの文章に目を通し始めた。


「え~と……なんて書いてあるのかな?」


すると、そこには、こう書かれてあった――



《あなたの願い、叶えます》



大きくこう書かれてあった。


私は『へ?』と少し裏返った小さな声を発しながら、目を丸くした。

ね、願いが叶う!?

ハハッ。

アハハハッ。

なんだか面白そうだな。


「どれどれ……」


そして少しワクワクしながら、続けてその次の文章も読み始めた。



《ブログテーマを決めて、記事を書きこんでください》



へ~。



《ただし、ブログテーマは変えられません》



ほ~。



《そして、願いを書くさい、直接的な書き方は効力を発揮しません。記事の書き方にはお気をつけて》



ふ~ん。



《願いが叶った場合、その願い相当の痛みをともなう代償を、あなたは受けることになります》



ひゃ~。



《そして、願いが叶ったとしても、料金はいっさいいただきませんのでご安心を。ですが……》



ですが?





《代わりに、あなたの思い出をいただきます》





え?



《あなたの幸せをお祈りしています。では、楽しいブログを始めましょう》




ん?

ん?? ん??

私は一瞬でフリーズし、目がてんになった。


思い出を……いただく……?



…………クスッ。



そして、次の瞬間、思わず笑ってしまった。

もちろん、あまりにもバカバカしい内容だったからだ。

ふ~ん……料金の代わりに『思い出をいただく』……か。

てことは、1つ願いが叶えば、過去の記憶が1つ無くなるってことか。


ハハッ。

何だ、こりゃ。

ネットって色んな物があるんだな。


「よし……じゃあ、まあ、せっかくだから……」


私はおもむろにキーボードに手をかざし、一度だけ書きこんでみることにした。

どうせ無料だし、話のネタにはちょうどいいかもしれない、とまあそんな感覚かな。

小さな頃から、占いなんかは全く当てにしない性格。

だから、こんな子供だましのサイト、信じるわけがなかった。

暇つぶし。

完全に暇つぶしだ。


しかし、そう思う反面、こうも思っていた――


『願いが叶ったら、思い出をいただく』と書いてあった注意書き。

それを見た時の私は、こう思っていた。



カズヤとの思い出が消えてくれればいい――



こう思っていた。

カズヤとの楽しかった日々の記憶が無くなればいいなんて、間違っているかもしれない。

分かってる。

分かってるよ。

でも私は、そうなったほうが前に進めそうな、そんな気がしたんだ。

少しでも、思い出に縛られることがなくなれば。

私は、前に進める。

そんな気がしたんだ。




――数分後。



「えっと……」


パソコン画面を眺めながら、私はひたすら頭を悩ませていた。

う~ん、とりあえず、ブログテーマを決めなきゃね。

う~ん、何がいいかな。

あっ、そうだ、このアドレスは元々、カズヤのサイトだったんだから……



《大好きな夫》



うん。

ブログテーマはこれでいいかな。

ハハッ。

思い出が消えたらいいなんて言いながら、ブログテーマが『大好きな夫』なんて。

完全に矛盾してるよね。

ハハッ。

やっぱり無理だよね。

カズヤのことを忘れるなんて無理だよね。

まあ、とりあえず、ブログテーマは『大好きな夫』に決定でいいかな。


さてさて。

ところで何を書こうかな?

あっ、そういえば、直接的な書き方は、ダメなんだよね。

てことは『お金が欲しい』とか『大きな家が欲しい』って書き方は、アウトってことか。

う~ん。

どうしようかな~。

あっ……こういうのでいいのかな。


「よしっ」


私は、打って変わって滑らかに手を動かしながら、キーボードを打ち始めた。


「え~と……」



カタカタカタ――




《私の夫は、フランス料理が大好き。その影響か、私も大好きになってしまった。ということで、最近、近くに出来たフランス料理のアムール・エトランジュというお店にすごく行ってみたい。でも値段が高くてなかなか行けない。あ~あ、どうにかして、あのレストランでフルコースを食べる方法はないかな》




よし。

我ながら中々の出来だ。

これで、うまくいけば、イタリアンのフルコースが食べられるってわけか。

おっ。

何だかワクワクしてきたな。


私は、少しテンションが高くなり始めていた。

何でだろう。

初めは、子供だましの幼稚な内容だと思っていたのに。

いざ、書き込んでみたら、すごくワクワクする。

何でだろう。

あぁ、そうか。

ひょっとして、何でも良かったのかもしれないな。

何でもいいから、とにかく前に進む。

何かを始める。

こういうのが、今の私には大事なのかな。


「おっと」


このサイトに夢中で、すっかり部屋の片付けを中断しちゃったな。

早く片付けなきゃ。

このままじゃ、サトミをゴミ屋敷に招待してしまう。


「よしっ!」


私は腕まくりをし気合を入れると、散らかり放題になっている部屋を、ひとつひとつ整理していった。


ひとつ片付けるたびに、ひとつ、気持ちの整理をしながら。

ひとつ片付けるたびに、ひとつ、過去の傷を乗り越えて。



私は、部屋の片付けを黙々とこなしていった――





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アムール・エトランジュ2 ~ここでも誰かが不思議な恋~ ジェリージュンジュン @jh331

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