第5話
俺たちはいまだ興奮冷めやらぬ、祭りの熱気漂う街の石畳をとぼとぼ歩いていた。
「言った通りだったろう、影光。上の連中にとっちゃ斎賀の征伐なんて、もはや戦の一つの過程に過ぎねえんだよ。やつを討ち取ったらどうなるって? 今度はあの妙ちきりんな術で生み出された人か鬼かもわからねえ輩が、そこら中でもっと悲惨な戦をおっ始めるのさ。それはもう大義もクソもねえ、化け物同士の殺し合いをよ」
右京がまくしたてるような口調で言った。
化け物。俺は右京が篠吉を特定してそう言っているのではないことはわかっていたが、それを聞いて無性に腹がたった。
お前にはわかるっていうのか? 彼があの笑顔の裏にどんな苦しみを背負っているのか。
俺は知らなかった。知ろうともしなかった。この国の安寧が、命が、一粒の飴で笑い合う親子の幸福が、篠吉たちの想像を絶する覚悟の上にあるということを。だから、俺にはこいつを責める資格はないし、今はもう誰かと議論する気力も無くなっていて、とにかく眠って何もかも忘れてしまいたかった。
それに、右京のいうことにも一理ある。篠吉がどんな思いであんな身体になったとしても、彼を使うのは白金の君主だ。国だ。もし国が彼にどこかの村の焼き討ちを強いれば、彼は自らが最も憎む殺戮の片棒を担がざるを得ないのだ。ちょうど今の俺たちがそうであるように。
無知は罪だ。俺たちが明日持ち帰るであろう秘術によって、これから先どれだけの命が奪われるのだろう。もし篠吉に出会わず、今も無知のままこの場所で呑気に祭りを楽しんでいたらーー
それを考えるとぞっとした。
宿にどう帰ったのかは覚えていない。
眠りにつくまで俺も右京も、それ以上言葉を交わすことはなかった。
宿の仲居が用意してくれた高価そうな布団に包まりながら、俺は篠吉や右京の言葉を思い出していた。それが頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱して、そして記憶の彼方から思い出したくもない忌まわしい男の言葉を呼び覚した。
” 若様、この世で最も醜い鬼は、人の形をしているんですよ ”
意識が遠のき、深い眠りに誘われていく中で、俺は「そのとおりだ」と思った。
*
帰国の途に就く一行の脇には幾重にも屍が積まれていた。そこには屈強な男も若い女も幼な子も関係なく腐り、焼かれ、ひとつの物体と化している。そして、おそらくここにあったであろう彼らの生活の痕跡は見る影もなく焼き尽くされて、あとには煙が立ち込めているだけだった。命からがら逃げ延びた者たちの虚ろな目。それは昨日まで一緒に泣いたり笑ったりしていた親兄弟たちが死の間際に残した悲痛な叫びへと向けられている。
篠吉たち白金国の侍に「どうかお気をつけて」と見送られたのは二刻前。
俺たちは藤吉重寅が調印を済ませた国書と、同盟の証として受け取った贈答品を手に大陸東岸部の港から大海に出ることになった。なぜ往路で利用した南岸ではなく東岸なのかというと、それは今朝、逃れてきた難民の漁師から南海域に賊が発生しているという知らせを受けたためだ。
白金国は帰国に際して、俺たちが南岸に残してきた輸送船五隻と引き換える形で、東岸に停泊していた
「よし! その箱はこっちに運べ!」
俺たちの大将が贈答品の箱を船に積み込むように指示した。仲間の兵たちに持ち上げられて、それは水上に浮かぶ城のような、巨大な船の中に消えていった。
どんな形で収められているかはわからないが、俺と右京はあの箱の中身が何をもたらすかを知っている。それは幼い頃に聞かされた
俺は積み込みが終わるまで周囲を警備していて、少し離れた場所で他の積荷を整理している右京はあの箱に釘付けになっていた。
「そんな辛気臭い顔してどうした?」
兵団の仲間が低い声で尋ねた。名は知らないが、その髭面には見覚えがあった。きっとどこかの戦さ場で同じ部隊にでもなったことがあるのだろう。
「いや……やっと帰れるんだと思って」
「なぁに言ってんだよ。たった一晩いただけじゃあねぇか。また幾月もかけて海を越えるんだから、むしろこれからが大変だってぇの」
そいつは「わはは」と笑い声をあげる。
でも、さっきのは本心から出た言葉だ。俺たちにはその一晩が長すぎた。それを「たった一晩」と言えるのは、裏で起こっていることを”知らないことにさえ気づいていない”からだ。
「それもそうだな」
さっきまで荷物が広げられていた場所は綺麗に片付けられていて、そこにもう右京はいなかった。
右京はどうやらあの箱を積んだ船に乗り込んだらしかった。
一方の俺は、なんとなくやつと乗り合わせたくなくて、護衛船の方に乗り込んだ。あれ以来右京と顔をあわせると、どうしても店でのことに思い至ってしまうので、お互いに気まずい状況が続いていて昨日からほとんど話していなかった。
こうして俺たちは西大陸を後にした。
ナルミカヅチと亡国の武士 珈琲クロ @coffee-black
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