第4話
時刻は夜半過ぎ。
人が少なくなった店では、給仕たちが俺たちの周りに転がった空っぽの皿を土間に運んでいる。
食後の静寂の後、俺たちは篠吉によって二つ目の衝撃的な事実を告げられていた。
「あなた方は恐らくこの同盟の本当の意味をご存知ないのですね。これは、決して斎賀という男を討ち取るための打算のない、無垢な同盟などではないんですよ」
どういう意味だ。
だいたい、同盟など全てが打算の上に成り立っている。俺には篠吉がさも、それを悪いことだと言っているように聞こえたが、彼が意味しているのはそういうことではないのだろう。
「この同盟の裏でどのような話し合いが行われていたか。そもそも、ただ国書を運ぶにしては五百の兵は大げさだと思いませんか?」
「それは……」
遣西兵団の規模に関しては、この任を命じられたときに俺も違和感を感じていたことだ。今まで、主君久秀は早馬によって全ての交渉ごとを進め、少なくとも俺が知る中では、一つの文書を届けるためにこれだけの兵を派遣した例はない。
それを俺は、蒲生久秀が斎賀征伐にそれだけの価値を見出しているのだと思い納得していた。ところが、篠吉はその考えを今否定したのだ。
「この同盟の話が持ち上がったのは三月前です。おそらくは焔国が
篠吉は、皿を片付け終えた店の娘が運んできた茶を一口含んで少しの間をとった。
「実は、時を同じくして我々もあの場所に出陣していました。目的は外山より手前の、南大陸と国境を接する海峡を鬼から奪還することでした。それが果たされれば、長らく途絶えていた南との貿易が再開する。現に、あなた方の兵団があの海峡を通って来られたのは、その作戦の賜物です。ところが我々はあのとき、蒲生軍が外山にいることを知らず、両国は鬼の群を挟んで陸と海の睨み合いになりました。でも、それ自体は問題にはならなかった。すぐに使者を送り、我々は共闘の姿勢をとったのです」
「待てっ! 何を言ってる!? そんな話、俺たちは――」
さっき鬼の腕を見た時でさえ冷静を装っていた右京が珍しく取り乱していた。
内地に侵攻してくる百鬼との戦いがあったことは確かに事実だ。それがわかるのは、俺たち二人もまた、あの掃討作戦に参加していたからだが、そんな軍事衝突が起こっていたことは全く知らなかった。あの作戦は久秀公自身が率いる都防衛の戦いであり、ほぼ全ての戦力が投入されていた。そんな乱戦の中で他の部隊の状況を知る余地などなかったのだ。
「久秀公はきっと、意図的に隠蔽されているのです。あの場にいらした久秀公は見てしまったのですよ。
鬼人衆の力、それはつまり、さっき見た鬼の腕の威力ということだ。
しかしなぜ、そんな重大事件が起こっていながら俺たちはそのこと知らされていない?
蒲生久秀は一体何を隠しているのだ?
「その作戦の後、隠密を通じて久秀公は我々にとある取引を持ちかけられました」
右京と俺は息を飲み、篠吉の次の言葉を待った。
「それはあるものを対価に、斎賀征伐ののちに彼が支配する大陸の半分、つまり南大陸の半分を我々に移譲するというものです」
「大陸半分を移譲だと? 冗談はよせ!!」
右京が目を見開いて怒鳴り声をあげた。俺にはやつが最悪の結論にたどり着きたくなくて、思考を停止しているように見えた。その言葉とは裏腹に、右京はきっとそれが冗談でないことはわかっている。篠吉の目は真剣そのものだ。
蒲生久秀は、大陸の半分を犠牲に何かを手に入れようとしている。
そしてそれが何なのか、俺にはもう答えがわかっていた。
「そうおっしゃるのも、ごもっともです。なにせ大陸半分ですからね。常識で考えればそれに見合う対価などあり得ない。しかし、秀久公はそれを持ち出し、その対価として白金国にとあるものを要求されました。それは――」
篠吉は先ほど見せた鬼の腕を、今度は袖がかかったまま胸のあたりまで持ち上げた。先ほどの、緊迫した空間を思い出したのか、それは少しためらい気味に見える。
「その鬼の秘術ですね」
俺はその恐ろしい結論を口にした。
そしてその考えが正しければ、全てを鵜呑みにしてのこのこ西大陸までやってきた俺たちはとんだ道化だったということになる。
「ええ、そのとおりです」
聞きたくなかった肯定の言葉が、俺と右京を沈黙へ押しやった。
「
「けっ! なるほどな。あの
珍しく怒りを露わにする右京。その怒りが重寅公や秀久公に向けられているのか、なにも疑問を抱かずに手のひらで踊らされていた自分自身に向けられているのかはわからない。
「私はあなた方がそれをご存知の上で、ここまでいらっしゃったものだとばかり思っていました。しかし、流石は南大陸をたった一代で手中に収めた豪傑、久秀公であられる。まさか身内までも欺かれるとは……」
「おそらく主君は、大っぴらにそれを公表して、他国にその秘術が流出することを恐れたのだと思います」
「ってことは篠吉さんよぉ。今それを俺たちに教えたのはまずいんじゃねえのか?」
「ええ、それはもちろん。しかし、聡明なお二人であれば本来知らされていない策を語ることが、どんな結果をもたらすかはお分かりになるはずです。いつの時代も『口は災いの元』、ですからね。私も今日それを改めて思い知ったところです」
俺たちは宿に戻るため、店を後にした。
篠吉は宿まで送り届けると申し出たが、俺も右京もこれ以上彼といることには我慢がならなかった。
結局のところ、俺たちはただの駒に過ぎない。
国同士の思惑の前ではどうしようもなく卑小で、無力な存在なのだ。
篠吉の隣で、これ以上それを思い知らされるのはゴメンだった。
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