カカア天下とからっ風

ねこみっく

カカア天下とからっ風

 もうヤダ。もうガマンできない。

「実家に帰らせていただきます」


 私はそう言い捨て、金曜日の終電に乗った。


 実家は群馬県にある。昔は養蚕が盛んだったというが現在その面影はなく、日本全国どこにでもあるようなありふれた田舎町だ。

 真夜中に近い時刻の最寄り駅は暗く静かで、都会に遊びに行った帰りらしき若者がひとりふたり降りただけだった。

「急に悪ぃんね。ありがと」

 駅まで車で迎えに来てくれた母に言う。

「ほんとだよ。寒ぃから早く乗んな」

 いつもながらの素っ気ない返事を懐かしく思いながら、着替えだけを詰めたボストンバッグを抱えてあたたかい車内にもぐりこむ。

 急に帰ってきた娘に、母は理由を訊かない。昔からそういう人だが、それはやさしさなのか無関心なのか、私には未だにわからない。けれど慣れた空気だ。イヤな感じではない。

「あ、コンビニ寄ってよ。ちょっとなんか食べたい」

「ちょっとでいいなら夕飯の残りがあるよ」

温めるあっためんの手間でしょ」

「いんだよ」

 やっぱりやさしさなのかもしれない。


 半分物置と化していた自分の部屋で久しぶりに寝て、起きたら昨日よりはすっきりしていた。居間の時計は10時近い。ずいぶんゆっくりしてしまった。

 母はパートに行っていておらず、去年定年をむかえた父がひとり、こたつで猫を撫でながらテレビを見ていた。

「まあ…その、なんだ、タカシくんは元気か」

 こたつに入った私に、視線はテレビに向けながら父が言う。

「元気っていうか…変わりないよ」

「おう、そうか」

 娘時代にそうしていたように、私はこたつに寝転がる。新婚二年目の新居にもこたつはあるが、なんとなく気恥ずかしくてできない格好だ。

「明日には戻るよ、仕事あるし」

「おう、そうか」

 父はあまりおしゃべりではない。

「仕事してる女は偉ぇな。お前も、お母さんも、みんな。死んだばあちゃんも、よく働いたな」

 おしゃべりではない、と思っていたのだが。

「このへんは養蚕おかいこが盛んで、女衆おんなしは昔っからよく働いたよ。

 蚕育てて、糸とって、機織って。ばあちゃんも若いころはよく機織りしてたんサ」

「あぁ…うん…」

「土地がよくなかったかんナ。米がよくできねぇで蕎麦作ってたり、男が博打ばっかしてたってのも、たぶん仕事がなかったからだんべ」

「ふーん...」

「群馬の女は昔っから亭主より稼いでたかんナ、だからカカア天下で気が強ぇんだ」

「…へぇ、そうなんだ」

 正直なところ“群馬の女は気が強い”と言われるのが私はずっとイヤだった。

 そういうのってキレイじゃない、と思っていた。よその土地で田舎者だとバカにされたくなかった。群馬出身だからね、と笑われたくなかった。落ち着いて上品で体裁よく、ものわかりのいい女性に見られたかった。

 だから職場でも家庭でも文句も愚痴も言わず、ガマンしてガマンして。

 でも、ただ強いんじゃなくて、発言権があるんだ。意見する権利がある。私にも。

「お前も仕事がんばってるんだから、お母さんくらい…まぁお母さんほどでなくてもいいけど…強気でもいんじゃねぇか?」

 電源を落としていたスマホを立ち上げ、メールを読む。『話し合おう』と彼もいってくれていた。

「…そうかもね」

 ちゃんとケンカしてみよう、と思った。ガマンすることなんかない。群馬の女は気が強ぇんだかんナ。

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