第64話 青森事変 惨劇
身体が重い、まるで血管に鉛を流し込まれたみたいに。頭がボーとする、この気怠さは中途半端に寝て起きた時に近い。
本能は寝ていたいのだが、直前の蒼本を思い出すと寝てもいられない。
矢島はゆっくり身体を起こしてなんとかその場に座る。
起き上がったことで全身の血液循環が少しよくなって脳が活性化してくる。重い瞼を開けながら腕時計を確認する、大体20分ぐらい寝ていたようだ。
どうやら催眠ガスかなんかで眠らされていたらしい。毒ガスを使わなかったのはうっかり皮膚から吸収してしまうのを避けるためだろうか。
なんにせよ生きているのは運がいい、すぐに周りを見渡す。
当然蒼本はいない、生徒達や教官はそのほとんどが目を覚ましている。
「全員……無事? なんで」
逃げるためだけにこんな事をしたのだろうか? しかしそんな事をせずともそのまま姿をくらました方が確実だろう。
つまり蒼本は目的があって今回の行動に踏み切ったといえる。
「大丈夫か? 矢島」
「片岡、うん僕は大丈夫」
目を覚ましたらしい片岡が登壇して座り込んでいる矢島の側へと寄る。
程なく三年生全員が近くに集まってきた。
「一体何が起きたんだ?」
「蒼本教官はいずこでござる?」
「とにかく他の人達を起こしましょう」
「警察に連絡を」
「んもう! あたしのお肌が荒れちゃったじゃないの!」
「後藤の肌は元から荒れてたよ」
と自分達の身に何が起きたのかわからず狼狽えている。
そんな中で、ある程度事情がわかっている片岡とミーナと花恋と矢島は集まって相談していた。
「蒼本が同士だったとはな、見つけたらぶっ殺してやる」
「しかし蒼本がわたくし達を眠らせた意味はなんですの?」
「僕もそれがわからないんだ」
「もし蒼本が同士であるならば、あの手帳に書いてある事を実行しようとしたのではありませんか?」
矢島は懐から手帳を取り出してパラパラとページを捲る。念の為持ち歩いていたのが良かった。
何回も読み返したので何処に何が書いてあるのかは大体覚えている。その中から該当しそうな所をいくつか見ていく。
「もしかして……奇人計画?」
手帳によれば、奇人計画とは奇獣の細胞を人間に埋め込んで、奇獣の能力を行使できる人間を作る事とある。
思えば木野の時もゴルゴンの時も人間と奇獣が混ざったような姿をした奇獣が現れていた。
「おい待てよ、じゃあ俺達で実験しようとしてるってのか!?」
「手帳を信じるならば奇人計画はまだ未完成、その実験のために士官学校の関係者が一同に集まるこの日を選んだのならば」
「そして私達は眠らされたので、既に先手を打たれてしまっています」
「つまり実験はもう始まってる」
その瞬間、悲鳴があがった。
教官の一人が吐血したのだ、遅れて他の教官も次々と吐血して倒れていく。
「し、死んでる!」
「やっぱりあれは毒ガスだったんだ!」
「早く外に!」
パニックを起こしたのは一年生だ。まだ彼等は実戦も経験してないため人が目の前で死ぬのは初めてなのだろう。それゆえにパニックとなった。
二年生は比較的落ち着いており、固まって様子を伺うものと窓や扉から外へ出ようとする者に別れた。
しかし、外はいつの間にか吹雪となっており迂闊に外へ逃げることはできない。
そして今度は一年生に異変が起きた。
「うわあああ」
「あぁぁぁ」
一年生全員が急にもがき苦しみ出したのだ。幾人かは教官達と同じく瀉血した後絶命したのだが、ほとんどはボコボコと身体の形を変え始めたのだ。
不自然に肉体を膨らませ、不自然に関節が曲がり、首が捻じ曲がり、それでも尚生きて叫び続けるその姿はおぞましく悲しいものであった。
「あぁぁぁいたい! いたい!」
「たす、たすけああああ」
自信の身体の変化に耐え切れず発狂する。数人はそれでショック死した。
そして死ぬ事のできなかった他の一年生は、身体を完全に作り変えて化け物と化した。より正確には奇獣へと。
まるで食虫植物のような外見、身体は幹のようになっており頭は大きな口だけ、辛うじてシルエットだけは人の形をしているが、完全に植物の怪物となっている。
「うわあああ奇獣だ!」
「なんで奇獣になったの!」
そんな疑問を叫んだ二年生の二人は運悪く一年生の近くにいたため、植物奇獣と化した後輩が伸ばした腕に貫かれて死んでしまった。
どうやら心までも奇獣となってしまったらしい。
程なくして二年生にも変化が訪れた、一年生と同じ変化が。ただしこちらは半分程で、無事な方は三年生が集まる壇上へと集まる。
「くそ! これが蒼本の実験かよ!」
「皆武器はある!?」
残念ながら全員武器となる物は携帯していない。
たとえあったとしても奇獣、もとい人間だったものを殺せるかどうかはわからない。
「まずここから出るのがよろしくてよ」
「お嬢様の言う通りです。この際窓を破って外に出て校舎へ逃げ込みましょう」
ミーナと花恋が冷静に対処方法を提案する。それに反対する者はいなかった。
問題があるとすれば窓の付近には植物奇獣がいることだ。
そして二年生の動きは早かった。一斉に動き出して一階部分の窓へ体当たりしたのだ。上手く外へ出た者もいれば、割ることに失敗して植物奇獣に貫かれた者もいる。
「あいつら先走りすぎだ! 助けるぞ」
若宮は見ていられずに二年生を助けようとするが、その肩を矢島が掴んで制止した。
「いや待って、彼等にはこのまま囮になってもらって、僕達は二階の窓から逃げよう」
矢島のその言葉に三年生全員が驚いた。それは二年生を見捨てるという事、後輩を捨て駒にして自分達だけ生き残ろうとするその考えは、人として非情なものだ。
だが彼等が驚いたのはそれだけではない、矢島が発したという事にだ。
矢島は大人しく、優しい温和な人間として過ごしてきた、それは年々性格がスレていく三年生の中でも変わらなかった。
それゆえに矢島が変わってしまっていたことに驚きを隠せないのだ。そばで見ていた片岡以外は。
「とにかく急ごう」
意見も批判も出る前に矢島が動き出した。引っ張られるように他の三年生も動き出す。
男子生徒二人が立ち止まった。
「ごめん、俺らは無理」
「うん」
悲しそうな顔をしていた。若宮は「何を!?」と聞こうとしたのだが、直前でその言葉を押し殺した。
彼等の身体は不自然に盛り上がっていたのだ。
変化が起きていた。
だから若宮は、三年生は涙をのんで彼等に背を向けた。何かを言うと心が折れそうだから。
――――――――――――――――――――
同級生が二階の窓を開けて外へ出たのを確認する。
残った三年生の男子二人はお互い向き合う。
「実は俺、ナイフ持ってんだ」
「マジか、じゃあ頼むわ」
「ああ」
身体の変化は一年生や二年生のと比べるとゆっくりだが、確実に起きている。
痛い、それに思考がおかしくなっていくのを感じる。
だから今のうちに、人間であるうちに、人間のまま終わろうと思った。
ナイフを持った手が震える。
彼は、目の前で自分と同じ苦しみを受けている男子生徒の頸動脈を狙い、切り裂いた。
噴水のように吹き出る血を浴びながら、自分も喉にナイフを当てて、スっと切り裂いた。
シーサイド・フェスティバル 芳川見浪 @minamikazetokitakaze
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