Windows Updateお婆ちゃん
ケンコーホーシ
第1話
うちのお婆ちゃんはWindows Updateができない。
病院に行って更新プログラムを貰ってくる必要があるんだ。
「どうしてネットに接続しないで病院に行くの?」
「それはね。ちーちゃんのカラダがピカピカの新品で私のは古っちぃからだよ」
たしかに私のカラダにはお母さんやお父さんにある端子もなくて、ケーブルいらずに常に世界と疎通している。
普通、私たち人間はネットと接続していて、Microsoftから月に一回くらいのペースで更新プログラムを貰う必要がある。
そうしないと"セキュリティに対する脆弱性"ってのを確保できなくて、すぐにどこかからウィルスを貰ってきて体調を崩しちゃう。
うちのお婆ちゃんなんかは更新プログラムの通知が来たらすぐに病院を予約して適用してもらうんだけど、お友達の家のお爺ちゃんなんかはめんどくさがりらしくてよくウィルスを貰ってきちゃうから、最近だと同じサーバーを使わせないんだって言ってた。
でも同じサーバを使いたくないって気持ちは私も分かる。
昔は私も平気でお父さんと同じディレクトリ直下を使ってたけど、小学生の高学年くらいから勝手に私のファイルを更新されてたりするのを見るとイライラするようになった。
最近だと私のユーザー権限じゃないと勝手にファイルをいじれないディレクトリを切ってもらってるんだけど、我が家のAdmin権限はお父さんが持ってるからさらに圧縮してパスワードもかけるようにしている。
「ちーちゃんはよっぽどお父さんに見られたくないんだねぇ」
「でもお婆ちゃん、そういう気持ちって分かんないかな? いつも一緒だからって全部みせたくない。そういうことってあるでしょ」
どういう経緯だったか忘れたが、私はそういう話を――半ば愚痴っぽく、半ば自慢っぽく――お婆ちゃんに振ったのだ。
私はてっきり私の気持ちなんてわかんないだろうな。自分の気持なんかわかんないだろうなって思いで話したんだけど、お婆ちゃんは「うんうん」と頷いて「わかるよ」と言ってくれた。
「ちーちゃんの気持ち私にゃわかるよ」
「えー、うそだぁ」
「ホントさ。私がどうして古いカラダのままちーちゃんみたいな最新式の新しいカラダにしないかわかるかい?」
「それはお金がもったいないからでしょ?」
お婆ちゃんも、お父さんお母さんもカラダ自体は古いけど、お役所に申請をだしてAmazonで大金を払えば、私みたいなネットと常時接続できるようなカラダに生まれ変わることができる。
移行手術の最中はクラウド上にココロをイメージファイルとしてアップロードする必要があるが、アップロードしたココロは多重化されて冗長性を持たせているから安全だし、最近は規格統一がされているから移行後もパフォーマンスが落ちたという話は全然聞かない。
小学校の時に近所に住んでいたお金持ちのおばさんなんかは、私よりも速い回線速度でネットと常時接続していたのでビックリした。
うちはそこまでお金持ちじゃないし、もったいないからしないんでしょ?と答えた。
するとまたしてもお婆ちゃんの返答は私の予想に反していた。
「違うよ。お金なんてどうにでもなるさ。私がちーちゃんみたいなネットに常時接続の自動更新をかけられるカラダにしないのは、私が古い考えの人間だからさ」
「古い考え?」
「ちーちゃんが中学生になってお父さんに自分のフォルダを見られたくなかったのと同じ。私は世界に自分のカラダをいじられたくない中学生みたいな人間なのさ」
◇
それから数年後、お婆ちゃんはあっさりこの世を去ってしまった。
原因はウィルス感染によるもので気づいた時にはお婆ちゃんのレジストリはボロボロでハングアップしなかったのが今まで不思議だったというほどだった。
お婆ちゃんを見たお医者さんは感嘆のため息を漏らしていた。
「本当に奇跡みたいなカラダですよ。何一つ無駄なサービスが動いてなくてメモリもディスク消費も必要最低限に収まっている。現代人ってのは必要なのか不要なのかの判断もなく、すぐネットからダウンロードして自分のカラダに適用してしまうもんです。だからブクブクと太ってディスク容量を圧迫してメモリ使用率を上げてしまう。一種の現代病ってやつです。でも貴方のお婆さんは一切の無駄がない。最小限のメモリとCPUで完璧に一個人として十全な生活を送ってらっしゃる。医者の私から見たらこれほど理想的なカラダの構成をお持ちの方はそうそういないですよ」
亡くなる前こっそり教えてもらったのだが、お婆ちゃんは病院から貰ってきたWindows Updateの更新プログラムを時としてわざと適用しない時があったそうだ。
それは自分には不要だったり、日々の心がけでどうにかなる部分に関しては更新プログラムの力に頼らず自分でどうにかしてしまうんだって言ってた。
初めてその話を聞いた時、私は目を丸くして尋ねた。
「どうしてそんな危ないことするの?」
わざと更新プログラムをかけないなんて、百害あって一利無し、リスクしかないじゃないか。
本気で心配していた私が気持ちが伝わったのか、お婆ちゃんは優しい目をして諭すように言っていた。
「ちーちゃん私は古い人間なのさ。まだ私がちーちゃんみたいな年の頃は手動アップデートが主流でね。みんなが好きなカラダで、好きな構成で自分のカラダを改造できたのさ。そりゃあ楽しい時代だったさ。Microsoftからのアップデートなんてロクでもなくて、今じゃ当たり前になっちまったけど、OSをまるごと勝手に刷新するだなんてとんでもないことだった」
と昔を懐かしむように続けた。
「もちろん今の方が断然良いとわかっとるよ。更新プログラムの中身なんて知る必要もないし、ネットに接続すれば自動的にダウンロードして適用してくれた方が楽さ。手動アップデートを忘れたり適用をミスって死ぬ人間もいなくなった。でも私はどこにも繋がらないでオフラインで完結している自分のカラダが好きなのさ」
死ぬ間際、お婆ちゃんは私に星型のアクセサリーをくれた。
「これはちーちゃんへの餞別だよ」
中にはreadmeのテキストファイルと数キロバイトの画像ファイルが数枚入っていた。
readme.txt
ちーちゃんへ
一緒に入っている写真はお婆ちゃんのとっておきのものです。
画像ファイルの中では私が生まれる前に亡くなった祖父とお婆ちゃんが仲睦まじげに笑っていた。
◇
その後、私は相変わらずネット経由でWindows Updateをしている。
ただあの日祖母に貰ったキーホルダーはネットにアップすることもなく引き出しの奥にしまってある。
(終)
【あとがき】
ふと勢いで書いたわりには個人的に面白いものに仕上がりました。
書いていて以下の作品にはかなり影響を受けたものになったと思ったので、ここに明記しておきます。
◆影響を受けた作品
神林長平『ぼくの、マシン』
Windows Updateお婆ちゃん ケンコーホーシ @khoushi
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