22歳、おめでとうございます。
「シロウ、誕生日おめでとうございます」
「うお……えっ……わざわざケーキ買ったのかよ」
「これ、ちゃんと私のバイト代で買ったやつですよ」
「あれ、お前ンとこ給料日いつだっけ?」
「一昨日です。スーパーなので、シロウのバイト代には及びませんが……」
「や、バイト代で負けたらさすがにキツいから」
「でもシロウの誕生日ケーキくらいは買えるんですよ。さ、食べましょう」
「……実は俺もケーキ買ってた。冷蔵庫見てみ」
「え……、……。わあ、大きいですね」
「イブだし、お前甘いモン好きだしと思ったんだけど。お前も買うとはな……」
「食べきれますかね?」
「冷凍して毎食のデザートにでもすっか」
「さすが。頭良いですね」
「デブりそうだけどな」
「あ、そうだ。親父さん、どうだった?」
「
「や、俺のことだよ。話したんだろ?」
「……別にどうともって感じでしたね」
「それはそれで……」
「妊娠するなとは言われましたが、怒られはしませんでしたよ」
「ゴフッ、ゴホッ、ッ……
「大丈夫です、私もだいたい同じ思いです」
「つーか俺のことなんて言ったんだよ。誤解されすぎだろ……」
「
「お前の言い方が原因じゃねえか。ほとんど嘘だし」
「さすがに弱みを握って合意で誘拐したとは言えません」
「…………」
「シロウこそお母さんとはどうなんですか?」
「全然だな。快方に向かってるとはお世辞にも言えねー」
「そっちではなく、関係のほうですよ」
「んあー……。ぶっちゃけ、ケンがいればいいって性格だかんな」
「私もそのうち会ってみたいです」
「……お前すぐケンカ売るからダメ」
「えぇ? そんなことないですよ」
「ケンと最初に会ったときのこと思い出してみろよ。ケンのあれは母さんが原因だから、お前たぶん母さんにもキレる」
「シロウにかまうくせにシロウのことを悪く言うなんて、ふしぎな人ですね」
「まー、家事する人間がいなくなったのが痛いんだろ。ヒステリー入ってるしな」
「じゃあシロウは、家事のできる女性と結婚しなければなりませんね」
「……。俺が結婚してもいいのかよ」
「今のは、もっと家事の能力を磨きますという遠回しな主張です」
「……は?」
「…………」
「……照れるくらいなら言うなよ」
「…………」
「レキさ、前、俺に彼女つくんなとか言ってたけど、あれまだ思ってんのか?」
「お、思ってますけど……今は絶対とは言いません」
「ふーん……。お前は?」
「私ですか? 何がですか?」
「だから。お前はそういうの、どーなんだよって」
「恋人ということですか? シロウがいるのに恋人が必要ですか?」
「……だよな。俺もお前がいるから恋人とかいらねーわ」
「本当ですか? よかったです」
「つーかお前にとって俺ってなんだ……?」
「世界で一番好きな人です」
「ソレ言うのは照れねーんだ……」
「本当は恋人になってほしいですけど、私が高校を卒業しないと、シロウが犯罪者になってしまうので」
「や、俺は就職するまでお前の彼氏にはなりたくない」
「ひどい……」
***
レキと色々な、本当に色々な話をしながらケーキを食べ終わり、風呂に入って、軽くダラダラして……、じゃあ寝るかというとき。レキが「今日はシロウ、ベッドで寝てください」と持ち掛けてきた。
「いいけどお前は?」
「私もベッド使います」
「ん? は?」
「一緒にベッドで寝ましょう」
「や、さすが……に、……って、お前、あっ……ああ!! お前ッ……」
レキと初めて会った日の夜のことが急速に
あれは自分がベッドを使いたいという意思表示ではなく、『自分もベッドで寝たい』という意味だったんだ。なんで気付かなかったんだ。
「お前、最初の日……ベッドで寝たいって、あれもそういう意味だったのか!?」
「最初の日?」
レキは少し考え込むように首を傾げてから、はっと思い出して呆れたように言った。
「今さらですか、シロウ」
「なんで言わねえんだよ」
「だってシロウが怒って寝室から出て行ってしまったから……」
「……。……、や、でも常識的に考えて、会って一日目の男と同じベッドはどうかと思うぜ、マジで」
「じゃあ今はいいですね? ずいぶん一緒に住んだんですから」
「……」
レキがにこにこと
「はは……。いーよ。寝るか、二人で」
「あれ、いいんですか。もっと抵抗されるかと」
「そんなニヤニヤされたら断れねーから」
「にやにやしてましたか?」
口ではそう言いながら、レキの声色は明らかに自分がニヤついてたことを自覚してるようだった。こいつも本当に変わったよな。最初は何考えてるのが全然わかんなかったのに、今ではこんな感情表現豊かになったし。
と、考えていたら、レキが俺の背中の服をぎゅっとつかんで「あの日、私はシロウがお薬を飲むのを止めましたけど」と何やら話し出した。なんだ。
「おう」
「私のほうは自殺をやめたわけですから、救われたのは私のほうですよね」
ふふふ、と背中で楽しそうに笑う。酔ってんのか? 酒なんか飲ませてねえけど。
「お前テンション高いな」
「イブですから」
「……。まー、俺のほうもそんなモンだろ」
「そうなんですか?」
全部どうでもよくなって、何もかも投げ出したくて、生きるのが嫌だとか思ってた俺を止めたのは同じように人生を諦めたこいつで。……絶対に口には出さねえけど、あんな錠剤なんかより、こいつのほうが、俺にとっては最高の薬だった。
「……そーなんだよ」
「そーなんですね。ふふ。嬉しいです」
「あそ」
「シロウ、あったかいです」
「お前の方が体温たけーぞ」
レキがくっついてる背中がめちゃくちゃ暖かい。でかいホッカイロみてえ。
「よく眠れそうです。おやすみなさい」
「……。おやすみ」
もしかして今日、人生で一番幸せな誕生日だったかも、なんてバカらしいことを、心の中でだけ呟いてから眠った。
サイコウのお薬 むぎ @innmgtr
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