どうか、 ―賀茂梓―
どぉぉん
よろめきながら空へと昇る光が、音と共に炸裂して色鮮やかな花を咲かせていく。赤、青、黄色、橙、緑。たくさんの花が、夜空に咲いていく。
月下美人よりも短い時間しか咲けない花をただ無言で見つめて、どのくらい経ったのか。急に背中が重くなって、私は息を一瞬止めた。
「
呼びかけてみるけど、答えはなかった。強いて言うなら、私の肩に落ちる小さな小さな吐息。というか寝息。
「司さーん……」
前を向いたまま小声で呼びかけ、服の裾を引っ張ってみるけど、やっぱり起きない。寝息はとても健やかで、熟睡中だと聞くだけでわかる。この角度からじゃ見えないけど、寝顔も安らかに違いない。
……っていやいや司さん、この状態で寝ないでくださいよ。こんなところで美人なご先祖様に似ないでください。首筋に寝息とか、もう…………。
床に寝かせてあげたほうがいいのだろうけど、司さんの腕がお腹のあたりに回ったままなんだよね。離れようとしたら多分、司さんは倒れちゃう。そもそも、男の人の身体を支えられる自信もないし。無理。
それに……この恥ずかしい体勢、そんなに悪くないんだよね。ものすごくどきどきするし重いのだけど……なんか、ほっとする。ちょうどいい温度のお風呂みたいに、頭の中とかが緩んでぼうっとしていく。
私は色々と諦めて、花火に視線を戻した。
私が司さんに気を取られている間にも花火は打ち上がっていて、菊の形に咲いていた花火は、違う形できらめくようになっていた。色とりどりの火花が、滝のように落下していく。
どぉぉぉぉぉん
「っ!? っ」
打ち上げられた花火が消えて数拍後。突然鳴り響いた一際派手な音に、私は思わず肩を揺らした。そのせいで、司さんの頭が落ちそうになる。
まずい、落としたら起こしちゃう……!
私は焦ったけど、さいわいと言っていいのか、司さんはあんな轟音が鳴り響いたというのに熟睡していた。さっきまでよりもずっと大きな花が、私たちの目の前で咲いてもだ。寝息は健やかなまま、眠りの国をさまよっている。
私はほっとする一方で、視界の片隅を占領する、烏みたいに真っ黒な髪を横目で見下ろした。
赤と金に輝く花が枯れてしまうと、それきり花火の音は絶える。これで終りなのかな。教えてくれる肝心の人が寝ちゃっているから、私には推測するしかない。
でも、仕方ないよね。司さんは今日一日空けるために、大学のレポートとか
それに、さっきの…………っ!
恥ずかしすぎる突然の出来事を思いだして、私はふるふると首を振った。頬どころか、耳まで熱い。駄目だ駄目だ、やめとこ。あんな恥ずかしすぎるのは、思いだしちゃいけない。
ともかく、静かになったらきっとそのうちに寝るぞって義孝さんがここへ向かっているときに言っていたけど、大当たりなわけだ。さすが義孝さん、伊達に何年も保護者をやっていない。
「……別に、妬かなくてもいいのに」
腹がたつ人を連想で思い浮かべてしまったせいか、私はつい、そんなことを呟いてしまった。
そう、司さんは別に妬かなくてもいいのだ。私が義孝さんと一緒にここへ来たのは、たまたまあの人と会って、目的地が同じだからそうなってしまっただけで。私のほっぺたにキスしたのだって、私と司さんをからかって遊ぶためなんだろうし。一々反応しすぎなんだよね、司さんは。
まあ、妬いてくれるのは正直、嬉しいけど。ちょっと過激な愛情表現というか。出会ったときと変わらず司さんは優しくてかっこよくて、隙あらばどきどきさせようとしてくるけど、自分のものだって主張もすごく胸がきゅんとなる。私のことを好きでいてくれているんだって、強く実感できる。
私が今日着てきたのは、白いワンピースに空色の上着。髪は半分くらい結い上げて残りは下ろして、静さんの簪を挿して。お化粧は薄めで、口紅も目立ちすぎない、桜みたいに明るくて可愛い色にした。
全部まとめて、似合っているって褒めてくれたけど……どれもこれも全部、司さんが好きそうなものにしているって、気づいてくれたかな。特に、上着。司さんが好きな色だって言っていたから、この色にしたんだけどな……。
こんなふうに抱きしめられて、好きだってささやかれて、どきどきしすぎて心臓が止まりそうになっていたことも。息が苦しくなるくらい幸せになれることも。むしろ私のほうが、愛想尽かされないかなっていつも不安なことも。全部、司さんに伝わればいいのに。そうすればきっと、やきもち妬いて苛々しなくて済むのに。
でも、言葉にしたりしなきゃ、そういう気持ちはなかなか伝わらないよね。もっと「司さんが好きです」って私がアピールしなきゃ……………は、恥ずかしすぎるけど。自分でもずるいって思うけど……二人きりのときに抱きついたりとか「好きです」って言うくらいならできても、それ以上のことを自分からなんて、まだ無理。心臓が耐えられない。
ただでさえこの体勢が心臓に悪いのに、気持ちを伝える方法を考えているものだから、もう身体が熱くて熱くて仕方がない。夜の涼しい風なんて、全然感じない。感じられるのは、自分と司さんの体温だけだ。
「……好きです」
優しいのも、キスも、抱きしめられるのも、司さんじゃなきゃ嫌だ。
「好きです……司さん」
だからどうか、ずっと一緒にいてください。
面と向かっては恥ずかしくてなかなか言えない言葉が、夢の中にいる司さんまで届くよう。私を放してくれない腕に手を重ね、私は繰り返した。
因と縁と果 ―鬼恋硝子の業結び 番外― 星 霄華 @seisyouka
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