第6話
『竜凰様……』
頭を垂れて、膝をつく臣下。
『魔王め、狂いおって。些か、儂の力では太刀打ち出来ぬな。のぉ……』
臣下は何も答えずに、ただ頭を下げていた。
地城の王の間の玉座に座るは人王である竜凰(たつおう)
『このままでは人界は壊滅するな。息子達はまだ来ぬようだな。』
そこへひとりの上級兵士が声を大にして、王の間へ入室した。
『竜凰、王子が御戻りになられました。』
その一言を聞き、竜凰は立ち上がった。
『父王、御無事ですか!』
そう言うと弘は許可も得ずに入室。
弘に続き壱、嵩、水鵺と入室し、迷いながらも夜詞、亜朱達も入室する。
『あぁ、息子よ。儂は大事ないから安心するが良い。』
父王の安否を確認した弘の表情の強張りは多少軽減する。
『竜凰殿、聞きたい事があります。』
敬意を払う魔王の息子、壱の問い。
『あぁ、分かる範囲で答えよう……と言いたいが儂にも分からない事ばかりなのだ。突然の事に儂自身も驚いている。』
『分かりました。では魔界へ行きたい、転生陣を使えるように許可を。』
淡々と述べる壱は、やはり魔王の息子なのだとやり取りを見ていた弘が感じた。
許可を得た壱達は、今宵は地城で一夜を明かす事にした。
夜明けまでは充分に時間がある為、城の客間を使い、今後の作戦会議をする事にした。
今後の行動としては、まずは魔界に行き闇城を目指す。魔界へ行けば壱が闇城までは瞬間移動が出来る為、問題は無い。
此処から先が問題になる。闇城は果てしなく広くて、危険な場所なのである。
魔法により王の間へ行かせまいと、阻止されるのは明白。
結局、良い作戦は思いつかぬまま、夜が明けてしまったのだが、今の仲間で窮地を切り抜けるしか無い。
『気をつけて行かれよ。』
人界については心配をするな、と云われ背中を押されるように転生陣へと足を運ぶ壱達一行。
『では……』
転生陣に全員が乗り、魔界への転生が開始された。
『言い忘れる所であったが、夕貴(ゆき)が神王の代わりに先に魔界へ行っておる。力になってくれる筈だ。』
水鵺がその言葉に反応をした。
『夕貴が……?』
何か言いかけようとした所で、転生された様で、竜凰の前に居た一行は姿を消す。
壱達が魔界へ転生される頃。
沓の音が静寂に包まれし闇城内の廊下に響く。
ひとつの影は明け方になろうとしている空を黙って見上げていた。
『愛しい我が息子は必ず来るであろうな。』
優しく微笑む彼。絶対的な自信からの言葉。覆る事はないと言うように。
刹那、城内の窓ガラスを豪快に割って侵入する9人の仲間達。
『ほぉ、まさか仲間を連れて来るとはな…?』
『時間が無かった物で父王には失礼ではありましたが。』
黙って親子のやり取りを見ていた水鵺の眉がピクリと動いた。
その様子に魔王である紫王は、口角を吊り上げた。
その様子に核心を持った水鵺は紫王、目掛けて走り出した。手には白銀色の己の身長よりもある大釜(サイス)を携えて。
『ならば期待に応えねばなぁ……?』
紫王の言葉の意味を理解している水鵺は、大釜を振りかざした。
『紳士たる者の務めですから。』
大釜の刃がぶつかる金属音が響いた。
そして愉しそうで尚且つ残忍な表情をする影。
『ゆ、夕貴……』
夕貴と呼ばれし者にも対になる黒紫色の大釜(サイス)が瞬時に現れ、水鵺の攻撃を弾いた。
その後も大きな金属音が何度もぶつかり合う。互いに譲る事はない。
しかし体力的な面によりじわじわと追い詰められる水鵺。劣勢に傾き始めた。
壱達は動けずに見守る事しか出来ずにいた。何故なら、紫王が造り出した見えない壁が邪魔をしているから。
この城は紫王に主導権があり、優勢となる領地。何か手を打たねば、水鵺が殺されてしまう危険性が高い。いや、間違い無く消されるかも知れない。
『水鵺…?手加減はしてはやれぬぞ?』
愉快な物腰。そして釜による連続攻撃と魔法による属性攻撃に防御のみの水鵺は壁際へと追い詰められた。
『…なっ…!』
水鵺の首元へ刃先を向ける夕貴。数ミリでも動けば皮膚は傷付くであろう線密に計算されし距離。
『チェックメイト…?』
夕貴の蒼い瞳に水鵺が映っていた。片手で顎を持ち上げると冷たく微笑む。
『殺すには惜しい…。美しき神族の純血の君。』
もう一方の片手には大釜。刃先で腰を支えるようにピタリと身体に沿わせている。素人が同じ事をすれば間違いなく身体が裂けるだろう。
水鵺は動けなくなってしまった。
『紫王よ、殺さねばならないのか?』
優勢となっている夕貴は、紫王に問う。
そこへ真矢が現れた。
『夕貴様、男を抱いて愉しいのかしら?』
『黙れ。』
『紫王様に問うまでも無いですわよ。殺すのが目的でしょう?早く水鵺の息の根を止めて。』
そんな真矢に向かってギロリと目線を向ける夕貴。夕貴の形相に真矢は舌打ちをし、嵩へと視線を移した。
『もう、嵩様方は負けですわよ?』
慈しむような表情で、近付く真矢に嵩は自身の武器である闇の属性を纏う大剣を瞬時に出した。
『真矢、嵩を殺すのだ。』
『……承知、致しました……』
若干、歯切れの悪い返事をする彼女。
『逃げなさい、今は……!』
真矢が嵩の目の前まで近付いた時に、水鵺の叫びと共に彼女の大釜が紫王の足元付近の床、目掛けて宙を舞ったのだ。勿論、彼が自身の武器を神力で弾き飛ばして、皆が逃げれるようにしたのである。
紫王の魔力で創られた魔法の結界は破られた為、自由に動けるようになった一行。
『一旦、逃げよう!』
壱は今回は引き際だと悟り、水鵺が作った機会を逃さぬように皆を連れて城外の敷地へ瞬間移動を行った。
彼はそれを見届けると同時に、腹部を大釜で貫かれその場に崩れ落ちた。護身用の武器を手離せば窮地に陥るのは当たり前の事。
彼の腹部からは血が流れて、床は赤く染まりゆく。水鵺の様子を夕貴と呼ばれた彼は黙って見ていたが、考えた後に軽い回復魔法を使い傷のみを治した。
『夕貴……』
痛みに歪む水鵺の顔を見て冷笑を浮かべる彼。
そして顔に手を翳すと、魔法により意識を無くした水鵺はぐったりとし動かなくなった。
三つ国の世と理 七瀬 @nanase-yuri7
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