北海道新幹線の駅 「おしゃまんべ」

@1209

昔から交通の要衝

北の大地に属し、太平洋側にある内浦湾。

その内浦湾の一番奥まったところに位置する「北海道山越郡長万部町」私の生まれ育った町。


少し前には「まんべくん」と言うご当地キャラでとても脚光を浴び、つい最近では「18歳選挙権」で東京理科大がある我が町でその影響が凄まじいと話題なりました。町の理科大生の人口は358人。総人口の約6%を占めていることがその大きな理由だったらしいです。


そして歴史的な観点から我が町を紐解いてみると、北海道の多くの地名はアイヌ語が由来となっております。もちろん長万部町も同様で、直訳すると「オ(川口)シャマンペ(蝶)」、すなわち「蝶(カレイ)のたくさんとれる川口」と言う意味になるそうです。

私が小学生の頃に唯一地元が絡むアイヌの伝説として聞かされていたのは、「ここの山に昔から雪解けのころカレイの形に雪が残る、その大きさや形によって1年の豊漁豊作がわかる」という説でした。確かに、遠くに見える山の中腹に「カレイ」の形の残雪は春先には良く見られました。

すぐそこにあまり高いものではありませんが山並みがあり、振り返ると町のどこにいても潮の香りと海が荒れている日にはザワザワと波音が聞こえる海も山もいつでもそこにあるそんな町です。


まだ幼い頃、町内の海沿いのはずれに出島のようになっている地域がありました。そこへ行くには木製の長い橋を渡らなければ行き交うことが出来ませんでした。その場所には漁師(和人)の人たちと少数ながらアイヌの人たちが共存して生活をしておりました。


田舎町とは言え、町の中心部に在住している親からは、その地域には決して足を踏み入れてはいけないと強く言われておりました。でも、好奇心旺盛の当時の私にしてみれば、その地域に住む漁師の家のお友達から「うちに遊びに来て!」と誘われるのは渡りに船でした。

そして初めて親の言いつけに背き、足を踏み入れてしまったのです。


アイヌの人たちの容姿は男女ともに小柄で、女性は口元に口裂け女のような黒い刺青をしている人も数人残っておりました。手の甲や手首にも刺青があった記憶もあります。

自分の住む町並みと多少の違和感と見慣れない容姿の人たちに恐怖感を覚えながらも、初めての世界冒険旅行のようでした。


あの頃の北海道地図は確かにその場所に「アイヌ部落」と明記されていました。

それから数年間は観光客の方に「アイヌ部落はどこですか?」とたまに聞かれることがありました。

でも、実際はすでに私が初めてその地に足を踏み入れた時でさえ、「アイヌ部落」はもうすでに存在しておりませんでした。


それからもうひとつ長万部町と言えば温泉です。

昭和の初めに個人が偶然掘り当てたガスから、町内にはガス鉱脈の存在が確認されていました。昭和29年から本格的試掘がなされていたところ、翌年、昭和30年2月に突如、ガスだけでなく、

温泉も噴き出したそうです。自噴を続ける井戸周辺はたちまち野天風呂化し、そこから町営の仮施設が設置されたそうです。その年の11月には売店・食堂・酒場、ついで旅館も開業し、あっというまに温泉街ができあがり温泉地としても名を連ねるようになりました。


昔からそれぞれの時代にあった形で「交通の要衝」だった長万部。

古くは松浦武史郎も記しているように、黒松内山道の整備後は太平洋側から人々は海浜を延々と歩いて長万部を通り、多くは日本海側の寿都~小樽へとニシン漁の出稼ぎに行く人達の道と成りました。そのために飲食店や宿も早くから存在していたようです。

徒歩や馬が交通手段であった時代から長万部町は人々の休息地でもあった訳です。


最盛期は人口15,000人弱の小さいながらも活気のある町でした。

私が物心ついた頃の長万部町は、「国鉄の町」一色でした。当然私の父もおじさんも友達のお父さんもほとんどが国鉄マンでした。

蒸気機関車の汽笛と外に洗濯物を干せないほどの「すす」が飛び交っているのが当たり前で、地元以外ですずめを見たとき、こんなに茶色い生きものなのかと初めて知りました。だって、長万部のすずめは「すす」で真っ黒だったんです。


汽車の時代は徐々に車社会と移り変わりますが、やはりここでも長万部は「交通の要衝」には変わりはありません。

国道5号線と国道37号線分岐点近く、道央と道南を結ぶ主要ルート上にあり、全国的にも有名な長万部のドライブイン街に発達して行きました。それもいつしか、旅に出て食事をする時代から気軽に車でどこへでも出かけて、コンビニで食事を買う時代へと変わり、ドライブイン街はいつしか衰退して行くことになります。

国鉄が民営化で職員削減により、どんどん人口は減り国鉄官舎は取り壊され、広い空き地ばかりと高齢化により住宅の空家が目立つようになってしまい、いつしか活気のない高齢化の波にのみこまれる寸前の町となりました。


そんな長万部町にもいよいよ北海道新幹線のビックウエーブがやってきます。この波に乗らなくていつ浮上できる!?何が何でも長万部に住みたい&降り立ちたいという付加価値のある町づくりをする時がやってきました!私も是非、故郷のために恩返しがしたいと思っています。

かつての15,000人いた頃の町の賑わいを取り戻し、北海道の大動脈としてこれからも機能し続ける町でいて欲しいです!!


昭和35年長万部町大町に生まれた 古川 千佳子(現:佐藤)

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