ドリームランドで逢いましょう。
床崎比些志
第1話
16歳、高校二年の夏。横浜市戸塚。
夏休みに友だちと市内にあるドリームランドと呼ばれる遊園地に出かけた。遊園地などに興味はなかったが、プールで暑さしのぎと暇つぶしをしたかった。
しかし友だちはいつまでたっても現れない。同じようにプールの準備をしながら知り合いを待ちわびているふうの少女がメインゲートをはさんで反対側に立っていた。
ふと互いの目があった。
「そっちもふられたみたいだね」
少女は真っ黒な瞳でまっすぐ僕の目を見ながらそういった。
僕はというと、たぶん視線を泳がせながらあいまいにうなずいたとおもう。
「このまま家に帰るのもバカらしいし、どう?ひとり者どうし、いっしょに入らない?」
あまりに予想外の大人びたセリフだったので、考える余裕もなく、気がつくと調子外れの声で「オウ!」とこたえていた。
それから見知らぬふたりで園内のレインボープールに入った。ふしぎなことにメインゲートをくぐった瞬間、僕らは遠い昔から見知った幼なじみのようにうちとけあうことができた。プールを出たあともワンダーホイールと呼ばれる大観覧車やヘイヘイおじさんという名物おじさんがDJ風にノリノリではやしたてながら回転するミュージックエクスプレスに乗って夕方までドリームランドですごした。園内はすでに経営不振の影響で一部の乗り物が運転停止するなど雰囲気としては閑散としていたが、僕ら二人はそんなまわりの空気がまったく気にならないほどに大はしゃぎをした。
それが涼子との出会いである。
それから時々電話をかけあったり、デートをするようになった。デートの場所はいつもドリームランド。幸いなことにもともとたいして
涼子は、山手の女子校に通う、僕と同じ歳の高校二年生。男子校に通う僕にとって彼女はまぶしさそのものだった。
しかし、やがて高校三年になり、おたがいに受験勉強でいそがしくなると、以前のように頻繁に会うことはできなくなった。
もともと彼女はデートの約束をしてもすっぽかすことが多かった。しかもドタキャンを素直に認めず、いつも僕のせいにする。どういうわけかドリームランドで逢うときはなんの問題もないのに、それ以外の場所で待ち合わせをすると、どうしても落ちあえず、いつもケンカになった。
そんなすれちがいと受験勉強のいそがしさが重なり、その夏、僕らはしばらくの間、連絡を取らないことにした。
そして受験が終わった翌春の4月1日に、どちらからも明確な愛情表現をしないまま、ドリームランド逢うことだけを約束して別れた。
しかし、ふたりが逢うことはなかった。2002年2月、ドリームランドが閉鎖されたからだ。
約束の日の前日、涼子に電話をしてみたが、その電話番号は違う人の電話番号になっていた。いつのまにか涼子はどこかへいなくなってしまった。
それから18年、涼子からの音信はまったくなかった。
ところが今年、18年ぶりにドリームランドがニュードリームランドとして復活した。しかも4月1日が
ニュードリームランドは、アメリカのディズニーランドの三倍もの敷地に広がる日本一の一大複合テーマパークである。うれしいことに、大観覧車もブランニューワンダーホイールという新たな名でよみがえった。
生まれかわったメインゲートの前には開門を待ちわびる長い行列ができていた。その奥には、地元の小中学生で編成された鼓笛隊が演奏開始の準備をしている。やがて開園のアナウンスと鼓笛隊のファンファーレとともに色とりどりの無数の紙風船が青空にまい上がった。そして拍手と歓声につつまれる中、メインゲートが開く。それと同時にワンダーホイールなどの乗り物のモータがつぎつぎに動き始めた。懐かしいヘイヘイおじさんの声も聞こえてきた。
しばらくすると長い行列はメインゲートに吸い込まれるように消えていた。気がつけばメインゲートの前に涼子が立っていた。少し不安そうな表情ときちんとした佇まいはあの頃となにも変わらない。自然と僕の胸の鼓動も速くなる。彼女も僕の姿を見つけると、ごく自然に笑顔で手をふった。
僕らは園内のオープンカフェに腰かけた。
あたりまえだが、涼子は大人になっていた。しかも見ちがえるほどきれいだった。けど、会った瞬間に僕らの間の長い空白とわだかまりはすぐに埋められ、出会った頃と同じ、気のおけない関係に戻ることができた。
会話をするうちに、涼子は今も変わらず横浜市内の自宅に両親と住んでいることがわかった。電話番号も変わっていないという。
「じゃあ、どうして突然つながらなくなったの?」
「――それは」
そこで、僕は涼子と僕が別々の世界に住んでることを知った。さらに涼子は、僕と同じ小中学校に通い、僕と同じ時代に同じクラスだったということも。そして、そこでは先生もクラスメイトもみな同じだった。つまり、彼女の住む世界は、僕のいる世界とまったく同じなのに、僕の代わりに涼子がいるという点だけが違っていた。パラレルワールドーー。逆にいえば、この世界では、涼子の代わりに僕がいるということになる。僕は彼女であり、彼女は僕なのだ。そのことを涼子だけは、僕と出会った頃からうすうす感じていたらしいこともそのとき知った。
しかし、高校になると、僕らは少しずつそれぞれ別の道を歩み始める。彼女は女子校を選び、僕は男子校に進んだ。その後の進学先や就職先も別である。そして、彼女の今の生活を聞くかぎり、僕と彼女の間の共通点はもうほとんど見あたらない。そればかりかそれぞれが住む世界のできごとや環境も大きく異なっていた。涼子の住む世界では令和という新しい元号に変わり、もうすぐ東京オリンピックも開催されるという。
それでも高校生の頃は、得意科目もいっしょだったし、友人や音楽の好みも大好きな映画や小説の趣味までもまったく同じだった。気があうのはとうぜんだ。僕と涼子は同じコインの裏表だったのだから。ただ僕は男であり、彼女は女だった。
おそらく、二つのパラレルワールドはあの頃すでに違う未来へ進もうとしていた。行き別れる二つの世界をつなぎとめる最後のタンジェント(接面)がドリームランドだったのだ。
その場所で、僕らは、偶然か必然かわからないが、次元を超えて出会ってしまった。しかし、ドリームランドが閉鎖されたことで僕らをつなぐタンジェントもなくなってしまったということらしい。
気がつくと赤い夕陽は、西の空に影絵のように映し出された富士山の裾野の陰に沈んでいる。それとともにワンダーホイールのイルミネーションが点灯し、色鮮やかにきらめきはじめた。
「もう帰らなきゃ」と彼女がそういうので、最後に僕はワンダーホイールに乗ることを提案した。
彼女は悲しげに首をふる。
「私の世界ではドリームランドもモノレールも廃止になったまま。いま私の目に見えるのは、跡地にできた大学と公園の施設だけ。ヘイヘイおじさんの声も聞こえないし、大観覧車もどこにもないの」
なにもない場所に彼女一人がポツンと立っている風景を思い浮かべたら、ただ、ただ無性にさみしかった。
「俺、君のことが好きだったーー」
僕はずっと抱き続けてきた想いを涼子に伝えた。現在形の告白ではなく完了形の気持ちをほんの数文字の言葉にするだけなのに,自分でも驚くほどの気恥ずかしさと息苦しを覚えた。
それでも涼子はまっすぐ、真摯に、僕の告白を受け止めてくれた。そして、
「知ってるよ。ーーだって君は私、私は君だったんだからーー」
といってニッコリ笑った。僕は、長年の胸のつかえがほんの少しばかり取れたような気がした。
「じゃあ、行くね。楽しかった」
そういって涼子は席を立った。
「ちゃんと話しができてよかった。もう会うことはないとおもうけど、お互い、それぞれの世界でがんばりましょ。――それじゃあ」
そういって右手を差し出した。僕も立ち上がってその小さな手を握った。
別れ際に涼子はワンダーホイールのイルミネーションの方向を見上げながら両手をまっすぐ突き上げて背伸びをした。
「うらやましいなあ!私ももう一回、観覧車を見てみたい」とはにかみながら僕を見る表情は、あの頃の無邪気な涼子のままだった。
「じつは昨日、私も君の夢を見たよ――きっと逢えるとおもった。やっぱり、ドリームランドだね」
僕は、初恋の人の横顔を目に焼き付けるようにじっと見つめながら、あの頃の二人は、たしかに夢の世界の住人だったんだ、とおもった。
了
ドリームランドで逢いましょう。 床崎比些志 @ikazack
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