豚の恋

エリカ

豚の恋

 私はとても太っている。

 特に頭が良いわけでもない。

 性格も、いたって普通だと思う。

 特にお金持ちなわけでもない。

 学校では、いじめを受けている訳でもないが、それは誰にも相手にされていないからだと思う。


 そんな私が唯一誇れるもの。

 それは「声」だ。


 有名音楽学校の声楽科に通う私は、オペラ歌手を目指している。

 言い訳をする訳ではないが、体が太い方が良い声が出るのだ。


 こんな私でも、初めて恋をした。


 毎日通学のために乗るバスで、一緒になる男性だ。


 彼は色が浅黒く、いつもサングラスをかけ、エグザイルみたいなちょっと強面。


 好きになったのは、ある大雨の日だった。

 たまたまその彼と2人でバスを待っている状況だった。


 声楽のテスト間近だった私は、傘を片手に楽譜を開いていた。

 雨が傘にあたる音が、とても大きかったので、バレないくらいの小さな声で、つい課題曲の1フレーズを口ずさんでしまっていた。


 すると彼は、ちらっとこちらを見て、言った。


「素敵な、声ですね」


 口元しか見えなかったが、とても優しく微笑んでいた・・・と思う。


 男性に優しくされた事のない私にとっては、そのことだけで、恋に落ちるには十分な出来事だった。


 でも、私は豚だ。歌える豚・・・。



 私は、彼に告白するために、ダイエットをする事に決めた。

 なるべく早く気持ちを伝えたくて、急激なダイエットをした。

 1日食べない事もあった。

 無理の甲斐があって、どんどん体重は減っていった。


 しかし、体重が25キロ減った時点で、倒れてしまった。


 そして、突然声が出なくなった。


 医者は、急激なダイエットによるストレスと、のどの使い過ぎが原因だろうと言った。


 声を失った。


 しかし、美しい体を手に入れた。


 痩せた私は、想像以上に美人だった。

 これで、自信を持って、彼に告白が出来る。


 私は、彼宛の長いラブレターを書いた。

 出来るだけ丁寧に、綺麗な字で。

 何度も書き直した。




 今日も、いつものバス停に彼がいる。


 私は、彼の肩を、トントンと叩くと、自信が持てるようになった容姿で笑いかけ、手紙を彼に手渡した。



 彼は首をかしげながら、それを受け取ると、その手紙を手のひらでよく確認する。


「手紙、ですか・・?」


 私は頷く。


 すると彼はサングラスを取って言った。


「僕は、とても目が悪くて、殆ど見えていないんです。 良かったら、読んでもらえませんか?」




 私は鳥だ。 歌えない愚かな鳥。


 

 

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豚の恋 エリカ @Ering

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