天使の羽根

大森 りんご

第1話 さくら咲く1

三月二十日、水曜日。稲山高校いねやまこうこうの校庭では入学試験の合格発表が行われていた。桜が降るなか、大勢の人が掲示板を眺めながら自分の番号を探している。

俺、木之本きのもとはじめもそのうちの一人だった。


「223・・・223・・・」


自分の受験番号を呟きながら掲示板を目で追う、心臓がバクバクと脈打う。


『223』


目的の番号だ。あった。223!もう一度自分の手元の受験票の番号を確認する。223!掲示板にも223!!


「……あった。あったぁ」


俺はその奇跡に、間抜けな声をあげた。


「創ちゃん……?どうだった?」


俺の側に駆け寄ってきた一つ年上の幼馴染、稲山高校の制服を身にまとった倉賀くらか芽衣子めいこが心配そうな声で尋ねる。


「あった!あったよ!合格だ!」


喜びを隠せない!


「ホントに?……おめでとう!創ちゃん!」


芽衣子、メイは口元を抑え、歓喜に目を潤ませた。


「ありがとう、メイ!これで、春からメイと同じ高校に通えるんだ!」


俺は手に持っていた受験票を空に投げると、メイに抱きつたい衝動に駆られるが、思い留まる。


「……ホントに……ホントにおめでとう。創ちゃん。一年間よく頑張ったね」


メイの目大きな瞳からぽろぽろと涙が落ちる。


「なんでメイが泣くんだよ。……でも、ホント頑張ってよかった。中学の先生もさ、『一年間で内申24もあげた生徒なんて見たことない』ってさ。まぁ、元が低かったんだけどな」


「うぇえ……」


メイは俺の言葉など耳に入っていない様子で泣きじゃくる。


「泣きすぎだよ、メイ」


「だって、だって……」


自分の合格に、涙を流して喜んでくれる幼馴染の女の子。もう、これは勝ちだ。

俺は思い切って、深呼吸するとメイの肩をガッシリと掴んだ。ビクリとして顔を上げるメイ。潤んだ瞳に吸い込まれそうだ!


「……メイ。俺、この高校に合格したらメイに伝えようと思っていたことがあるんだ」


真面目な顔をしてそう言うと、ゴホンと、ひとつ咳払いをする。


「……ん?」


不思議そうに首を傾げるメイ。この天然さんめ!


「メイ先輩」


「何?創ちゃん。改まって……」


俺は大きく息を吸う。大気よ、俺に力を。


「好きです!付き合ってください!」


ひときわ大きく響いた俺の声に、合格発表でざわついていた周囲は一瞬で静まり返った。


「……え?」


メイは一瞬ぽかんとして、俺を見つめる。俺の言葉の意味が理解できていない様子。


「……ずっと前から好きだったんだ、メイのこと。メイと一緒に登下校するのを夢見て受験勉強も頑張った」


震えながら声を絞り出す。この想いを伝えるために。


「……創ちゃん」


いつの間にか俺たち2人の周りには野次馬がたかり、輪になって見守られていた。


「メイ……」


息を飲む俺、そして野次馬たち。

長い沈黙の後、メイがそっと口を開く。


「……ごめんなさいっ!」


そう言って、メイは勢いよく頭を下げた。


「え」


え?


「創ちゃんのことは大好きだけど、恋愛対象としては見れないの。幼馴染としか……」


メイは頭を下げながら、気まずそうに言う。野次馬たちが憐れみと同情の目を俺に向ける。

あまりの衝撃に、気づけば俺は石になっていた。


「……ごめんね!」


そう言うと、メイは俺に背を向けて走り去っていく。

しばらくの沈黙。鎮まりかえった野次馬たち。まるで通夜だ。

俺はゆっくりと空を見上げた。

嗚呼、雲ひとつない晴天よ。

桜の花びらが、ひらりと舞って俺の鼻に乗った。


「さようなら、俺の春……」


桜が舞う。鎮まり返っていた野次馬たちはわっと騒ぎ出し、口々に俺を慰め、励ます。受験に落ちたヤツも一緒になって、俺を慰める。だが、俺は心ここにあらず。ぼーっと立ちつくしたまま。全く知らない人たちから背中を叩かれ、握手をされる。

気づいた時には、俺の身体はラグビー部員たちによって胴上げされ、空を舞っていた。

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