最終話 stay with me
……いつ電話しよう。
店を出て、射した光に背中を押された気がしたのは間違いないけれど、急に現実的になって少し焦る。
いや、電話はするけどさ。
するよ、するけど。
しばらく距離がある恋愛。
もともと赤点ばかりの女心。
『これから再会する人へ』
そんなタイトルの本なんかないよな。
予定した帰社時間はすでに過ぎていたけれど、視界に入った本屋が気になった。
「……ま、次の街を調べてたって言えばいいか」
鞄に入っている文庫本がもうすぐ読み終わるってことも寄り道する理由になった。
雑誌の棚をひとつ、またひとつと通りすぎ、新刊の棚から飛び出しているいくつかの頭を横目にさらに奥へと進んだ。
『女心がわかる本』
探せばそんなタイトルの本だってあるだろう。でも、さすがにレジに持っていくには勇気がいる。
じゃあ、それなら、と普段はあまり立ち寄らない恋愛小説の棚へ近付いた。
色とりどりのプラカードを持って『私をどうぞ』『キュンとさせますよ』と自信ありげに平積みされた本の顔。
映画化やドラマ化の決定したものは主演俳優が微笑み、糖度が高そうなものはPOPがケーキの上の苺に見えた。
そんな中、ふと目に飛び込んできた一冊の本。それを、思わず手に取った。
「……あの駅の話?」
パラパラと捲ってみると、駅で再会した元恋人同士をテーマにして、色々な作者が思い思いに綴ったものを集めた短編集のようだった。
「……タイムリーだな」
あの日、俺の気持ちが動き出した瞬間を覗かれていたような感覚に包まれる。
即決だった。
他の本に目移りはしなかった。
鞄を持ち直し、レジへと体の向きを変えた。
――その時。
濡れた袖を払いながら、右、左、また右……と視線を交互に移し、まっすぐに近付いてくる人。
また一歩、また一歩。
本棚がきれた時、その人がやっとこっちへ視線を上げた。
「……奈津子」
見開いた瞳と、少し開いた唇。
きっと俺だって同じような顔をしているだろう。
「け……」
彼女の一言めは小さすぎて聞こえなかったけれど、俺の名前を呼んだんだと思う。
「……それ」
彼女の胸に抱えられていたもの。
それは、うちのタウン誌だった。
――こくり。
彼女はすぐに頷いたが、それ以上なにも言葉を発しない。
代わりに何か言わなきゃと頭の中をひっくり返したが、俺も不自然に頷くことしか出来なかった。
けれど。
静かな空気が少し流れたあと、微笑みながら彼女が言った。
「傘……持ってる?」
俺はまた不自然に、けれどすぐに頷いて……笑った。
もしも、この本の2冊目が出るならば、誰か俺たちの話を書いてください。
――きっと、いい話になるはずだから。
おわり
stay 嘉田 まりこ @MARIKO
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