第7話
担当している今の仕事が一段落した私は、今日を休日出勤した分の代休にあてた。
平日のお休みは嬉しい。
いつも通りに起きて、コーヒーを入れる。
身支度をして、いつも通りに家を出たけれどいつもとは反対方向へ歩く。
すれ違うグレーの集団がみんな羨ましそうに私を見てるような、そんな気がして楽しくなった。
「明後日は筋肉痛かも」
久しぶりに履いたスニーカー。
パンプスばかり並んでいる靴箱の中で肩身の狭そうなこの子を今日は選んだ。
何だかたくさん歩きたい気分だったから。
運動不足のせいか足はすぐに疲れたが気分は爽快だった。
後輩に聞いたパン屋も寄れた。
お目当てのクリームパンは予想以上に美味しかったから、私も誰かに教えたくなった。
その『誰か』が彼以外の誰でもないことも、もうちゃんと認められる。
ヒール分いつもより高く見える空にまで「背伸びばかりしなくていいんだよ」と言われているように思えた。
少し前に陽が射したのに、また曇り始めた空。今にも降ってきそうだ。
『傘持って来いよなー』
昔よく言われたセリフ。
『大丈夫大丈夫!私、晴れ女だから』
『いや、午後から80%だぞ?』
『んー。それでもやっぱり大丈夫』
『なんで!?』
『圭介がちゃんと持ってくるじゃん?』
『なんだそれ!』
大笑いする彼の顔も浮かぶ。
私の晴れ女パワーが効いたのは3割ほどで、残りは全て相合い傘になった。
彼の鞄にスタンバっていた黒い折り畳み傘は二人で差すには少し小さかったから、その都度小言を言われたけれど、彼は自分の肩が濡れても私の肩は決して濡れないようにしてくれた。
彼は私にとって大きな傘だったんだなぁとも思った。
どんどんクリアになる頭の中で戦った二人の私。
傷付くかもしれないよ。
後悔するかもしれないよ。
でも、何もしないより何倍もいいでしょ。
だって……会いたいんでしょ?
『ああしとけば良かったって後悔だけはしたくないんだよね』
確かにその通りだと思ったから。
後悔したくないから。
弱音を破って勝利を決めた私の本音。
見上げていた空から溢れだした雨を見た時、また彼の傘に入れたら……と思った。
雨音に急かされ走り出す。
ただ、突然の雨に慌てる人々とは違い、私の口許は緩んでいた。
「あ、あの本屋さんでいっか!」
今日歩きながら考えた口実。
結局あの日、小料理屋で見せてもらったタウン誌には彼の名前がちゃんと載っていたから、それが使えると思った。
『偶然見つけたの!おめでとう!』
そうやって会いに行けばいい。
早速、練習を始めたセリフ。
演技派女優になれるだろうか。
「……久しぶりに他の本も買っちゃおうかな」
あの日、文庫本を読んでいた彼の姿は、ちょっと……いや、結構格好良かった。
「私も小説でも読んでおくか!」
話のネタはあればあるほどいいはずだ。
私はワクワクしながら本屋の扉を開けた。
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