緑迅の救世主

 #3




 A国L市。そこは摩天楼貫く栄華の象徴。小綺麗な市内を人が自動車が忙しなく往来する。


 街の一角にある公園も例外ではなく、広々とした芝生の向こうを幾つかの人の群れがまかり通る。そこに、鳴り響く盛大な腹の音。





「…………腹、減ったな……」




 ベンチに腰掛け緑髪の男フィリクスは頼りなげな腹の虫の音色を聴きつつ項垂れる。

 顰めた浅黒い顔は溜め息の色に染まっている。筋骨隆々の体格はしかし、身の無気力感から脱力していた。



「ここ、何処だ……? たぶん、見るからにビルも建ってるし。

 帰って、来ちまったんだな」



 公園の木立の向こうの摩天楼を臨む。青く霞掛かった空に突き刺す尖塔は男の感慨を刺激すると共に困惑を余儀なくさせる。



「英語圏、けど知らん街、か。来る時もそうだったが戻る時も唐突だよな。

 本当、何の為なんだか」



“英雄”、彼はその地でそう呼ばれる存在として顕れた。誰の為でもなく、何の意義もない。

 ただ生きる為に走り続けた。それは時に誰かの幸福を奪い憎しみを拡げる手助け、徒に世の混沌に手を貸すものであったとしても。



 それでも、最後の一線で情を捨てる事はしなかった。その所為か戦火に迷う者、復讐に身を焦がす魂の助けとなり、気付けば傍らには誰かが居た。

 名声など要らない、ただ納得し得ない理不尽があるから彼は走り続けられたのだ。



「……そうだ、アイツも。こっちに戻ってるのかな。……またぞろ、犯罪紛いに手を出して無けりゃ良いが」



 此処には居ない誰かの事を気に掛け、嘆息を吐く。明日とも知れぬ我が身であっても他人の事を気に病んでしまう自分に苦笑をひとつ。



「ま、上手くやってるだろ。さて、俺もこの状況をなんとかしないとな」



 徒手空拳、所持金なし。言葉は知り得ど職は無し。腹も空いた朝の公園にて緑髪の異邦人は腰を上げる。


 差し当り今日の糧を得なければ話にならない。無論、犯罪以外の方法でだ。あの赤毛の青年ならいざ知らず、常道に生きる彼にはそんな無法を働く訳には行かない。


 如何に生存の為に数多の敵を屠した彼でも全うな道を外す気は無いのだから。



「よし。まずは働き口か」



 伸びをして席を立つ。何処の空であろうと、人は生き、働かなければ食にさえありつけ無い。糧を求めて人混みの中へと足を進めた。






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「…………ダメか」



 くたびれた求人紙を握り締めて項垂れる俺。道端に腰を降すが目の前を雑多な大通りを人の群れが通過していく。


 大きく吐いた溜め息はクラクションの快音に掻き消された。



 やっとの思いで拾った求人紙を頼りに店先に行ったが、求人紙は二日前、募集は定員締め切り、オマケに住所不定の為に相手にされず。それも求人を見て働きに出た奴が応対にあたる始末。



「……ああ、わかってたさ。薄々はこうなるだろうとな」



 一応、他所も辺ってみたが結果はこの通り。傭兵稼業が盛んなあっち側の世界ならいざ知らず、警備管理の行き届いた現代社会などでは今日昨日で出戻りの人間に入り込む隙間など無い。


 そりゃ、素性も知れん奴を堂々と働かせる訳にも行かんしな、納得。



 しかし収穫が一つ。それは此処がA国にあるL市である事が判った事だ。


 故郷とは海を隔てて居るが名も知らぬ人外魔境でない事だけは確実、場所の所在は大事、すごく大事。

 自分が何処に居るのか判るだけでも不安は軽減されるってもんだ。



 素通りしていく通行人は皆文化的で、似た様な服を着ている奴の方が珍しい位だった。それに髪型まで奇抜なのも偶に居るし。


 あっち側の世界とは大違い、いやあっちは住んでる人々自体が個性的だった。猫の耳生えてたり、頭から角生えてたり。エルフ的なのや、ドワーフみたいなのも居たな。



「…………う。……………腹減った」



 そんな感慨など、腹の虫が吹っ飛ばしてくれる。空腹は容赦なく余力を奪っていく。


 ああ、こう。向こうのハンバーガー屋の辺りの連中が妬ましい。

 俺にも寄越せっ。切れ端で良いから。




 なんて、恨めしい念も素通りされ人波に取り残された。

 此処はA国の大都会、路上生活者は探せばいくらでも居る。そんな連中に気を掛ける位なら道端の鳩に餌をやった方が食い付きの良い分、愛想の良い分マシというもの。



 ちょうどあっちの方ではパンの切れ端を鳩にやっている。

 嬉しそうに餌をやるオバさんと一心不乱に地面をつつく鳩。結局はあれも自己満足による偽善でしか無いし、与えられる方もそんな事は感心を持たない。


 んで、与えられも感心も持たれない奴がここに一人。呆然と眺めて不覚にも一切れ恵んで貰いたいと思ってしまう。




 仕方なし、街を散策する。

 街並みはあっちの世界より遥かに進んだ現代建築、建物は皆ちょっとやそっとじゃ如何にかなる程度じゃない。


 外気に少し違和感があるが、あらゆる物が不足なく揃っている。晴天は薄靄に霞んでいて、道路は自動車に充ちていた。


 問題なのはただ単にその恩恵を受けられない俺の身ってコトだけだ。







「…………あっちの方が、マシだったかな」



 口走ったセリフにかぶりを振って唐突な思いを振り払う。


 あっちの世界は明日とも知れぬ命の生きるか死ぬかの無法地帯。治安は悪いわ、戦争は盛んだわ、外に出れば“魔獣”などという猛獣に出会すわ、挙句“魔術”なんて魔法染みたモンが飛び交う修羅の巷。


 職は無くとも命を差し出せば糧を得られるだけの最低な処。



 あっちであの赤い殺戮機構、“烈火の戦刃”なんて呼ばれたアルムって俺と同じく何故か呼んで来させられた奴の一人と組んで、ようやっと日々のたすきを得て。


 ある街で帝国に反抗する反乱軍に身を寄せる事になり。気付けば戦いの日々だ。勝ち目のない、意地と生存欲求が支えの、そりゃ惨めな戦いさ。


 ただ、それが俺には何でか放って置けないモンだったのは確かだ。



「今頃、どうしてるんだろうな」



 目の前で少女の処刑を見せ付けられた時もあった。

 味方の筈の反乱軍の奴に追い討ち掛けられた時もあった。

 要塞相手に喧嘩を売った時もあった。だけど、周りの連中はどうしようもなくバカで直向きで、諦めの悪い奴らだった。



 ある夜の事だ。酔って道に迷った時にゲロまでブチまけた俺を甲斐甲斐しく看病してくれた女が居た。

 そいつは自分なんぞより他人が大事な頭にバカが付く程のお人好しで。帝国に殺された親友の為に勝ち目の無い相手に敵討ちを挑んだ。


 で、結果として敵を討てたが良いが今度は親友の妹を助ける為にまた命を張る。そんな危なっかしい奴を俺は見捨てては置けなかった。



「……へっ。結局、俺も」



 こんな状況でそんな連中の事を気にかけて居るなんて。

 とどのつまり俺はそいつと同じく根っからのお人好しって事になるんだろう。手を貸す、相手を助けるってのは自分に余裕がある奴のする事だ。

 間違ってもこんな明日とも知れん状況で気に病むものでも手に掛けるものでも無い。そんなもんはただ自分が損をするだけってわかってりゃあ居るが。



 でも、だ。そんな奴が居るからこそ、偽善と判っていてもまだ手を差し伸べる奴が居るから。


 人ってもんはどっか捨てたもんじゃないと、勘違いさせてくれる。

 だからって訳じゃない、だけど。



「このまま終わるのは、嫌って事か」



 やり残した事があったまま俺ひとりが助かるのは間違っていると思う。


 なにも正義の味方を張る訳じゃない。偽善だろうが知るか、胸のつっかえを何とかせん事にはどうにもならん。


 せめて、命を張ってた奴に顔向けが出来る位のことはしてやりたかっただけだ。








 振動。


 人の流れが一瞬だけ留まる。それとなしに騒めきが向こうから伝染して来る。



「……なんだ。ボヤ騒ぎ、か?」



 引き返してくる人の流れ、何処からか聴こえるサイレンの音。ビル街の先には物騒な気配、しかも魔力染みた感じさえある始末。


 この不安立たせる感じは大きな魔術を行使した直後に似ている。


 聞くところに拠ると魔術は周囲の魔力媒体(マナやプラーナとかいう)を使って発現するらしい。


 なんというか、それが無いと魔術が上手く使えなくなるとか、世界の保持力? なるものが無くなって不幸が起こり易くなるらしい。妙に不安に駆られるのはその所為なのか。





 また振動が伝わってくる。


 余りに緊迫しているのか事情も知らないそこの通行人は慌てて後に引き返す。


 皆足早に立ち去って行き、気付けば辺りを見渡すまでもなく俺ひとりの気配が取り残された。



「にしては妙だ。焦げ臭い感じはしないし、野次馬のひとりも居やしねぇ……。それにこの感じは、魔力、か……?」



 ビル街の一角が揺れた。間を置いてアスファルトに硝子が突き刺さる。


 殺気立つ気配、異様なモノが蠢くのを微かに感じ取れた。


 何処かそれは、以前に狼の怪物に化けたあのグメイラの将軍の不吉さを連想させる。








「ーーーーーーっ、

 …………ーーーー!」




 声? 人気の失せた今になって人らしき嬌声が?


 なぜ、いや。そもそも。



「何が起こってやがる……?

 警察は、消防は何をして」



 瞬間、凶々しい戦慄が背筋を伝う。


 此処に居るべきじゃない、逃げろ、早く此処から立ち去れ、と本能が警鐘を鳴らす。

 理性はひたすらに覚め切っており、行くにも戻るにも明瞭な道筋を示している。




 俺はーー、







「……くそっ、なんだってこんな」





 ーー思わず駆け出していた。理屈より先に脚が出ている、いま行かねば不味い事が起きる、そんな気がした。


 割に合わないとは判っているが、ともかく走り出さずには居られなかった。



「……本当、何してんだ俺は」



 台詞を吐き捨て脚を前に繰り出す。空腹のせいか、体の底から力が出ない。


 気付け代わりにまじない染みた詠唱を一つ。紡ぐイメージは疾風の様に。言霊は魔導の理を示す。




「ーー我が望むは、疾風の健脚ーー

《スラ・テルス》」





 両脚に羽が生えた、いや両脚が羽そのものになった感覚。

 一足毎に速度が増す。力はそのまま踏み出す速さだけが加速度的に増している。



 半ば冗談のつもりで掛けた“強化”の魔術。あちらの世界の言語で紡ぐ魔導の言霊はどうやらこっちの世界でも健在らしい。道路の景色が背後に流れていく。


 これなら、悲鳴の主へと時間を掛けず辿り着くだろう。




 また一つ、振動が肌を掠める。


 秒単位で不安は増していく。なのにそれに向かって速度は増す。一体俺は何がしたくて、こんな真似を。


 ヒーローにでもなったつもりか、俺は。そんな自嘲を纏わり付く殺気が打ち消してくる。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 ビルの谷間、経済の営みが街を廻す真昼の路。


 しかしてそこには人の気配は失せ、自動車や道路の区別なく破壊の限りを尽くす物体があるのみである。



「ォォォォォォォォ…………!」



 低く乾いた唸り声を上げて怪異は牙を剥く。捕食、という体よりも破壊と言った表現の方がしっくり来るであろう。


 横開きの顎門は容易く車を噛み砕く。怪異の風体はまるで直立したワニ。だが鉄塊を貪る大顎は横に大きく歪み、四肢は逞しく、対峙する二人が見上げる程の巨体は鱗とも肉片ともつく生理的不快感を煽る醜さがある。


 唯一、鞭の様にしなる尾だけが鱗の模様を残していた。



「し、死ぬかと思った……!

 あのワニ公、なんだってあんなにしぶといのよッ!?」



 冷や汗をだらだらと流し、路に棄てた火器類の残骸を数え慄く銀髪の少女。


 薄紅色のコートは火燐に煤け、未だ幾つかの火器を残す黒のインナーにはあの怪異に対抗するだけの大型の拳銃を提げている。人形の様に小さく整った少女の顔は、目前の状況に反吐を吐く。



「お前なっ! 人を二回も殺しといて言うセリフか!?

 残機だって無限じゃないんだぞ、ホントに命が幾つあっても足りんわっ!」



 黒い上下に破れた覆面姿から顔を覗かせる少年は隣の銀髪の少女にまくし立てる。


 その実、彼女に囮役を押し付けられ彼は既に二回ほどあの怪異に殺されていた。



「うるさいっ! アンタはどうせ幾ら死んでも大丈夫なんでしょ。

 あのワニ公の戦力分析が先なんだから、モブらしく主人公さまの役に立ちなさいよ」


「お前の何処が主人公だ! どう見てもそんなナリじゃ主人公どころかヒロインすら張れないだろ。

 そんなまな板みたいな胸とか、全く発育のない尻とか、何処にヒロインとして萌える要素があるっ!?」



 唯我独尊な物言いに対して何か下世話なセリフを返される。

 わかりやすく機嫌を損ねた少女は青筋立てて嬌声を挙げた。



「ブッ殺すわよ連児! このカララさまが萌えないヒロインたぁ、どういう了見だコラァァァ!」



 その他大勢の戦闘員チックな姿の少年、真逆連児に掴みかかる自称主人公兼ヒロイン、カララ・レナード。


 辺りが燃え盛る廃墟同然の惨状でなければ微笑ましい漫才程度に写ったであろう。



「ちょ、まて。うしろ、後ろ!」


「はァ? タマぁ蹴り飛ばされたいの、アンタ」


「いや、それは勘弁……って来たぁぁぁぁっ!?」



 だが。そこには動くもの総てを破砕する怪異の顎門がそこに在る。


 無数の牙がひしめく鑢の様な大口は振り返る少年少女を一呑みにするに容易い。


 青黒い影がふたりの下に落とされていた。





「……連児」


「……なんだよ」


「初登場の新キャラってさ。

 登場した回に死ななくない?」


「……はは。

 俺は二回も殺されてるけどな」






 怪異は都合の良い筋書きになど頓着せず、無慈悲に顎門を振り下ろす。


 それは斯くも万力が如く、逃げ場を失う無力な贄を鉄塊と同じく噛み潰し。





 上半身のない肉片を散らかした。












「……ぐっ、…………いつ。


 え……連、児……?」



 それは黒の下半身。


 鮮血を散らし黒い戦闘服を真紅に濡らす連児の痕であった。

 咄嗟に突き飛ばされたカララは呆然と、惨状を見遣るのみである。



「バカ、あいつ……」



 ずるり、と落ちる肉片に満足し切れないのか怪異は瞳の無い貌を彼女に向ける。




 腰を上げたカララの表情は、不敵に嗤っていた。



「いい仕事するじゃない……!」



 爆発の華が咲く。


 反対方向から発車されたロケット砲は怪異の顎門を穿ち、爆炎に焼き尽くす。


 火線の先には、斃れた筈の真逆連児の姿が。




「あと三機か。アイツと組まされてから減りが早く無いか、俺……?」



 手の甲の数字が三に減ったのを見て仕方なしに溜め息を吐く。


 その姿は先ほど殺された真逆連児そのもの、そして、怪異の足元に転がるそれも真逆連児そのものである。




 死して尚、繰り返す。それが真逆連児まさかれんじの特殊能力『残機天翔エクステンダー』。

 彼もまた超常の力持つ“ニュータント”の一人。彼は手の甲にある数字ある限り、死亡した時間を僅かに遡り、その瞬間をやり直す事が出来る。



 死して尚蘇る男の正体は悪の秘密結社こと“アトラクシア”の戦闘員にして、その女帝たる“エンプレス・ドリーム”こと爪弾冥夜つまびきめいやに忠誠を誓う尖兵である。


 本来、彼女の下に仕える身であるが、この異変に対して本部から時給1450円、交通費全額支給の身でA国に出向。

 魂の底より愛する我が主の理想の為、繰り返す命を燃やす。



「見直したわよ、

 あとで私の見付けた秘蔵のコレクションを見せてあげるから!」


「え、ホントか。へへ、ヤル気が出るな。アイツ、なかなか良い趣味してるからな」



 残機天翔は感情の昂りにてその残機を増やす。


 そして、最も効果的なのは肉体的興奮。青きリビドーの発露であり、若き青春の過ち、そして。



「お、わかってるじゃないの! ここの写真集はなかなか攻めてるのよね……ま、アンタの残機も少しは回復するでしょ」



 詰まるところ、精神の高揚よりも性的高揚の方が残機回復に効果がある。

 かなり男寄りの趣味をしている銀髪の少女カララは青い衝動の塊である連児を興奮させるだけのコレクションを所有していた。


 つまり十八歳未満閲覧禁止のソレであり、残機天翔の回復手段でもあったとか無かったとか。





 爆炎を振り払い叫びを轟かせる怪異の巨体。穿たれた顎門は再生を済ませ瞳のない貌を連児とカララに向ける。



「げ、あいつまだ生きてんのかよ。HP回復するボスなんて反則だぞ……!」


「大丈夫よ連児。こういう時、大体何かしらのイベントが起きて形成逆転するのがお約束ってもんよ」


「んな身もフタも無い……」



 路面を踏み砕き、大鰐が大地を疾る。


 大型貨物車もかくやと云う迫力は僅かに二人を竦ませる。




「……くっ」



 身動ぎするカララ。


 しかし遥かに速く、怪異の巨体が目前に距離を詰めーーーー。





「ぅぉぉぉぉぉぉおおおおッッッ!」




 唸る鉄拳。ひしゃげる顎門。


 巨体は宙を翻り、疾風の速度に繰り出した魔力帯びる拳が怪異の進行を阻んでいた。


 現れた体躯は筋骨隆々、粗末な上着に薄皮の鎧を仕込み、ジーンズに似た丈夫な下履きに頑丈な靴を履く。

 浅黒い肌の緑髪の闘士は勢いを四肢で殺し、二人の前に躍り出る。



「はぁ、はぁ。

 ……お前ら、怪我は無いか?」



 突如として現れた救い手にポカンとする二人。拳に淡い光を滾らせ壁に沈む怪異の方を見遣るのを見て、



「マジで、来た……」



 連児は唖然と感想を漏らすのであった。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 殴り飛ばしたそいつは明らかに異常だった。なぜなら“強化”した俺のパンチを受けて何事も無かったみたいに起き上がって来やがる。


 さっきまで後ろのガキ二人とやり合ってた様だが、手持ちの武器も尽きて万事休す。そこで都合よく間に合ったはいいが、あんまし事態が呑み込めずに居る。




「お前ら、なんか良く判らんが。ここは俺が何とかする。

 とっとと連れと一緒に逃げろ」




 日系らしい黒タイツの少年と気の強そうな銀髪の少女。


 なんでこんな所であんな奴となんで襲われていたのかはさっぱりだが、大人としてこの場を見過ごす訳には行かんよな。




「な、なによアンタ。いきなりしゃしゃり出て。ヒーロー気取り?」



 瓦礫を払い落として一歩踏み出す青い怪物。後ろのは助けてやったのに不満そうな声をかける。



「ヒーローだ? 知るか、それよりアレは何だ。警察は、軍はどうした?」


「アレは“クリーチャー”、最近現れた人類の敵って奴だとか。警察も軍もアレには敵わないらしいです」



 力を溜める怪物。少女とは違い日系らしい丁寧な返しをしてくる少年。明らかに異国語であるが、その意味は不思議と理解出来た。



「クリーチャー? 最近は物騒なもんだな。まるであっちの世界みたいだ」


「なに、あっちの世界?

 もしかしてアンタ、」



「ォォォォォォォォ……!」




 一飛びに繰り出す青の巨体。無数にひしめく牙が左右に大きく迫り来る。



「話は後だ、来るぞォ!」



 殺気染みた衝撃。万力みたいな力で閉じ掛かる大顎はタチの悪いパニック映画みたいに容赦なく襲い来る。


 押し返す力は足りず、徐々に機械的に締まりやがる。やっぱ、咄嗟の無詠唱の“強化”じゃラチが開かんか……!




「ーー我望むは、無双の剛力ーー

《ガナ・テルス》……!」



 精神は力と成りて両腕に充ちる。“強化”の魔術は俺と相性が良いのかさほどの消耗もなく即座に発現していた。


 万力の挟みを上回る瞬発力で、この、ワニ野郎を、押し返す……!



「おぉぉ、……りゃぁああああッ!!」



「ギ、ガ……!」




 割れる大顎、バキ、と音を立てて巨躯が後退する。


 たたらを踏む怪物、鱗だか肉だかつかない土手っ腹は良い具合にガラ空きだ。


 続け、魔力の淡い光を拳に乗せて全力のブローを、叩き込む……!



「らあぁぁぁァァァッ!!」



 弾け飛ぶ破片。吹き飛ぶ感触。


 ヒットした感触は怪物の五臓を砕き、何故か脆く、その破片を撒き散らした。


 大穴を穿たれた怪物は顎門を開いたまま硬直している。






「まじ、かよ」





 身を退くと巨体は沈む。血の一滴も流さずにそれはピクリと痙攣するばかり。


 倒した、のかは分からんが当面の危険は去ってくれたか。



「……ふぅ。やった、のか?

 おい、怪我は無いか」



 振り返る、と。目を白黒させてこっちを見るガキふたり。



「なんだ、バケモンは倒したぞ。

 どうした?」



「いや、何て言うか、ね。ぶっちゃけ、ヒいたってかね」


「うん。あれだけ苦労した相手をアッサリ倒す奴って、化け物みたいだなって。……失礼だけど、さ」






 …………あのな、助けておいてその言い草は何だ。なんか、前読んだ漫画にヒーローは孤独だってあったが、それってこんな感じなんだろーか?





「待て。そんな目を向けんな。勝手に割り込んだのはコッチだが、なんでそうなる? 少しは礼の一つでもな……」


「……ッ! アンタ、うしろ!?」


「は? なんだよ、後ろ、が……」



 開かれた顎門。無数の牙が俺目掛けてひしめいている。


 倒した筈のそれは、さも平然と穿たれた大穴を塞いで深淵染みた喉を覗かせている。












 間に合わない、飛び退くより早く顎門は閉じるだろう。


 防御なんて通じる筈も無い。


 獲物をビルの隙間に置いて来たのが悔やまれる、いや、それ以前の問題。


 こんな場面に首を突っこまなければーーーー。












 ーーーー灼熱。


 暗黒の喉奥に火焔の華が咲く。理解より早く、反射的に身を退いていた。


 続いて幾つかの氷塊が投げナイフ染みて殺到し口元に突き刺さる。


 それは、魔力を帯びた超常の現象であった。




「待たせたな。主賓が遅れたのは平に謝罪しよう」



 声の先、そこには青い外套。銃口を向けた金髪碧眼の紳士がそこに居た。



「しかし曰く、ヒーローは遅れて登場するもの。


 そして怪異の討伐は“イレイズ”たるこのターヤジス・フォン・ヴァレンタインの専職なのだからな!」



 氷塊を噛み砕く音。


 そして左に銃口を向けたまま右手に細剣を抜く青い紳士。


 それは、あちらの世界で出逢った“英雄”のひとりの姿だった。



「冗談、だろ」



 二転三転する状況に、そう呟くしかない。その緊迫をメラメラと残り火が誇張していた。









 出展:『恋する悪の戦闘員』より

「真逆連児」

 作:ながやん 様



 出展:『アウトロ ヘッジホッグ』より

「カララ・レナード」

 作:緑川赤城


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