白の誇りを剣に乗せて

 #2




 正直、私は苛ついていた。

 目覚めた後、見知らぬ土地に居て。本隊と合流しようと辺りを散策すれば先程の饒舌な人狼族、いやそれに近い何者かに襲撃され。身を躱す内、此処が明らかにザイベルグの土地でない事に気付いた時には戸惑いもした。


 その上、漸く隙を見せた敵を追撃したと思えば、あの烈火の戦刃の窮地を救う様な格好になっていた。



 何より腹が立つのは、訳も判らず状況に踊らされている自らにだ。見据える赤い青年、叛逆の英雄は毎度の無表情を向けているばかり。


 状況が状況だ、情報だけでも奴から引き出しておきたい。





「今一度問おう、貴様は敵か。

 貴様は奴とどういう関係だ」



 剣先を喉へ飛ばす。一マルク(12メートル)程の距離ではあるが“雷”の魔術の射程距離内だ。


 矛剣ガーランの魔力回路ならば第一階位程度の電撃を容易く放てる。威力は奴の“炎”の憑着(エンチャント)からの火炎には及ばずとも、初速は遥かに凌駕する。


 して、奴とは二度剣を交わしたが敗北こそ無い。このまま戦闘になろうと勝利する自信はある。

 さぁ、奴はどう出るものか。



「…………」



 黙して語らず。

 奴は赤い眼光を飛ばしたまま剣を下ろしている。かといって動じはせず、様子を伺う様に此方を見据えていた。



「どうした。敵だと言うか。

 ならばコレも貴様の仕業なのか、卑しき傭兵風情が私を謀るか!」



 僅かに眼を伏す。

 奴は、淡々とした口調で。



「馬鹿か」



 短く、答えた。



「……っ!」



 途端、元からある敵意とはまた別に。奴をこの手で八つ裂きにしたくなった。


 全身の血が頭に逆流する感覚、これも、奴の謀略の内とでも言うのか……!?



「……よかろう、騎士の誇りを汚した罪だ。今すぐ死ね。そして貴様のくだらん策も破算にしてくれる」



 両腕の双剣に魔力を込める。怒りの所為か何時もより魔力の巡りが烈しい。

 以前対談した時から、いや一眼見た時から奴は気に食わんと思っていた。


 ……丁度良い機会だ、妙な因縁になる前に奴は此処で引導を渡してやろう……!







「…………む」



 しかし、奴は構えようとはしない。寧ろ、気の所為だとは思うが呆れる様に無貌を向けられている気が……?



「如何した? 構えぬのか」



 やはり、身動ぎせず。赤の傭兵は敵意すら返さず淡々と静態を見せるばかりだ。何処となく、気勢を削がれた気がする。





「確認するぞ、貴様は、敵ではないのだな。そうなのならば応えろ」



 剣を向けるまま、奴に問う。戦火の剣は下ろさず、かと言え敵意も向けず。沈黙を返礼として赤き傭兵は答える。



「……よかろう、一時休戦としよう。お互いに此処で剣を交わすのは得策ではない様だ」



 一先ず剣は下ろす。全く見覚えの無い造りの家々、石張りの平坦な路、未知の言語の蔓延るこの地では恐らくは奴を倒した処でそれまで。

 我が“瞬光騎士団”とも合流も叶わぬであろう異郷の地ではその全てが私の脅威だ。最強を誇るグメイラ十将に名を連ねる私とて、野たれ死ぬ可能性は無きにしも非ずだ。


 身の安全が第一である、事が事だ。敵とも今は手を組む必要があるだろう、それは奴とて同じの筈だ。



「貴様もだな戦刃。見れば愚かな反乱軍共も見当たらんではないか。

 それではこの見知らぬ空で力尽きるのを待つだけだな」


「…………」



 いや、それは私とてそうだ。奴と私が如何してこの地に居るかはとんと検討が付かん。


 しかし、このままでは飢えて力尽きるのは同じだ。助けは絶望的であろう、生憎と私は戦いにのみ生きる者。この見知らぬ異郷で飢えを凌ぐ方法は余りに疎い。


 兵站も手元には無い、今日の餓えさえ凌げるかどうか。



「……仕方あるまい。おい、貴様。

 提案が一つ、まこと腹立たしいのではあるが……。


 手を組むぞ、戦刃。決着を付ける前に飢えてしまっては堪らんだろう」



 ぴくり、と僅かに反応する氷の様な貌。訝しげに貫く深紅の瞳は灯火を想わせる。


 思案の間か、暫しの緊迫。




 そして踵を返し一言。



「勝手にしろ」



 向ける背中は穏やかな住宅地の中でも不穏な陰を背負っていた。

 微塵も愛想の無い返答を残し、勝手に屋敷に消えていく。


 白々しいほどに平穏な空を見上げ燻った感情を飲み込む他は無かった。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 夜影に乗じて人の目を避ける。何もかもが不明なこの地に於いて下手に身を晒すのは危険を伴う。


 文化も人種も常識さえ違うこの町は、見れば道の真ん中を魔獣もかくやの速度で駆けずり回っている。

 一面を石で覆われた建築や路面、それらがまるで私の知り得る町並みとは異質な印象を受けた。



 町には街灯が満ちて夜空も掻き消す程の真昼を思わせる輝き、乾いた風は肌を掠う。淀んだ空気は気のせいか、そも世界総てが私の敵となった錯覚すらある。

 戦場に、死地に赴いた事は数あれ此様な場面に遭うのは初めてだ。減らず口を叩く友も私を慕う部下の姿もいまは無い。我が身を護るのは二振りの剣のみ。



 矛剣ガーラン。盾剣ジェライア。対となる双剣はしかしその形状を異とする。

 前者は穂先の如く突き穿ち断ち斬る細身の剣、後者は打ち合いに於いて総ての打撃を受け流し魔術さえ撃ち落とす幅広の剣。

 帝国随一の打ち手により銘打たれたこの業物こそが我が王道を象徴する常勝の刃だ。



 加え私の技量は他の将に引けを取るものではない。かつて祖国を裏切ったあの男は“半人前が粋がるな”とも言っていた。

 だがその男とて有象無象を率いておきながら私との一騎打ちにて『敗走』した。無論、私にとって屈辱以外の何物でもなかった結末だが。



 故に見知らぬ異郷に在ろうと不意な不覚をとる不手際は無い。喩え人知及ばぬ怪異であろうと致命さえ負わなければ幾らでもやり様はある。

 戦闘面ではこの常勝の白騎士が遅れを取るなどある筈はあり得ん。



「……む、

 ……そうだったな」



 が、それも単に戦闘面だけの話だ。

 腹が減れば力は出ぬし、餓えれば判断を鈍らせる。とはいえ糧を得るだけの蓄えが手元には無いのだ。


 耳触りな町の雑音がより空き腹を誇張する。腹が減っては戦は出来ぬ、とは誰が言った言葉か。




 警報音染みた甲高い快音に振り返る。その先には柵の先の鉄塊走る道端のみである。

 鉄塊は光を撒き散らしながら疾駆し、騎馬もかくやの速度で不快な淀みの中を突風染みて過ぎ去っていく。



 そこに、亡霊の如く気配すら悟らせず現れた赤い人影がある。

 街灯の濃い灯りは無表情な貌を鮮明にしていた。

 その手には戦利品か、紙袋がひとつ。



「遅かったな。首尾はどうだ」



 奴は頷きもせず歩を進める。不本意ながら協力する羽目になる彼の戦刃には偵察を頼んだ。

 それはひとえに私の風貌がこの地では目立ち過ぎるからだ。



 この地には精霊族や土人族、まして私の様な両角の人種もなく、強いて言えば奴の様な種族毎の特色のない姿をしている。それに私の軍服姿では場違い、いや時代錯誤なきらいがある。


 奴の隠れ家には変えの服も眠っていたがそんな施しを受ける訳にも行かず、止む無く奴には周辺の偵察を頼りとすることになり二刻。



「どうした。

 何があったと聞いて居るのだ」


「…………」



 赤髪赤目の傭兵は応えず。口を噤んだまま徐ろにそれを手渡してくる。



「なんだ、これは」



 手渡されたそれは物が二つ。仄かに熱を持つ箱らしきものを手に取ると外箱の軽さよりも中身の重さを感じる。

 がさごそと遠慮もなしにもう一つのそれを手に取る戦刃。



 物言わず外箱を開く、と。


 中から湯気が漏れる。赤々とした鶏肉らしきそれは赤い粉末を塗して空腹を刺激してくる。



「飯、か。それは」



 否定も肯定もなく、紙袋から布巾代わりの紙を取り出しそれで鶏肉を掴み噛り付く。


 奴も腹が減っていたのか無言のまま勝手に食事にありついている、行儀の悪さ。

 食事を用意してくれたのなら敵と言え礼の一つは返そうものだがその気も削がれる。紙袋にはもう一枚紙布巾があった。



「まぁいい。……全く。やはりと思ったが礼の一つも弁えぬ卑しい出なのは確かな様だな」



 憎まれ口も奴にとっては周りの雑音同然なのか、顔色も変えず無心に鶏肉を頬張っている。

 毒は無いのか、それのみが気掛かりではあるが。紙布巾を手に取る。思ったよりも鶏肉は重みがあった。



 恐る恐る、それを口に運び咀嚼す、


 ……る!?




「か……ッ!??」



 思わず取り落とす。鶏肉はうまく空箱に落ちた。


 折角の兵站を無駄に、いや問題はそれではなく、なんだ、この。痺れる程の辛味は……!



「き、きさま。どくを、毒を盛ったな……!」



 じんじんと、口内が暴れる。


 半歩退いて背の柄に手を掛ける。奴め、よもやこの様な卑道に走ろうとは。

 グメイラ十将たる私を此処で亡き者にせんと兵站に毒を盛りおって……!



「…………?」


「ふん、やはりな。

 常道に非ぬ外道であったか。良いだろう、貴様とは此処で決着を」


「……………」



 ……と。


 一瞥した後、足元の劇物に目を遣り、此方の敵意など意に介せず。



「無駄にするな」



 と、淡々と応える。


 また黙々とその劇物を頬張る戦刃。

 呆気に取られ、知らず毒気を抜かれていたか、



「…………は?」



 間抜けな声を漏らしていた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 白い騎士は苛立っていた。一連の不条理な事態の流れだけではない、図らずも同行する羽目となった赤い男に強い憤りを持っていた。



 元から持ち合わせた非道を良しとする曳なる性質、“英雄”と呼ばれ人々より名声を得、ともすれば世を変革し得るだけの影響力を持ちながら何も望まず、ただの一戦力に甘んじる愚鈍さに彼は知らず憤っている。


 真に人々の英雄たろうとする白騎士エルシウスにとってそんな男が世界に選ばれ招かれた存在だという事が腹立たしいのだ。



 そしてなにより、夕食として差し出された鶏肉が殺人的に辛いもので、止むを得ず一滴の水すらなく完食せざるを得なかった事がその怨恨を滾らせていたのた。

 対して烈火の戦刃アルムは平然とそれを完食、改めて彼とは相容れないと痛感する。




 夜の町は眠らない。

 道行く自動車こそ減ったが絶えず灯りは町を照らし続ける。先行く青年の背は物言わず、余分な物質しかない町の裏手を彷徨うのみ。


 探索と銘された行動はその実、迷子の様に当ての無い迷走でもある。


 頼りはこの地の知識を有する宿敵のみ。成果のない道行に屈辱を噛み締める若き将。



「……戦刃。此処は貴様の故地なのか」



 赤い青年は応えず。ただ足を止め視線のみを両角の騎士に返していた。



「“英雄”はかの地より混沌の世に顕れると聞く。

 貴様の出自などに興味はない、だが。それでも接点は有るであろう。


 当てが無いのならばそれを辿れば良い、故郷でも家族なりでもな」



 知らず、青年は瞳に昏い陰を湛えていた。

 それを敵意とでも捉えたか身構える。



「気に障りでもしたか。だがこれは貴様の落ち度でもある。


 自ら関わりを作らん気質とは判る、だが此度ばかりはそうも行くまい。手段があったのなら何故それを尽くさなかった」



 それは当て付けに過ぎないと判り切っていた。


 仇敵に縋るしかない自分に内心毒突く。自戒の中の騎士を、



「……そうだな」



 そんな消え入る様な声が意識を戻していた。








「ーーだがよ、そんなんじゃ見付かるのを早めるのがオチだぜ?」



 声は天上から。赤と白の戦士は即座に臨戦態勢を取る。


 両者の視線の先、抜剣の音を聴いてニヤリ、と不敵な笑みを向けた野獣を思わせる男が一人。



「よう、寝ぐらに居ないと思えばこんな所に居るとはな。

 昼間の続きと行こうか、お二人さん?」



 深緑色のコートは夜風に揺れる。月光を背にした男は獲物を品定めする狩人の様だ。


 頬骨強張る輪郭は鋭く犬歯を覗かせていた。



「貴様……昼間の」


「また会えたな白騎士サンよ。そっちの赤い兄ちゃんも元気そうで何よりだな。


 他の奴に横取りされるのは癪なんでな、それに獲物は活きがいい程狩り甲斐があるってな……!」



 コートが天を舞う。


 最早他人の目など気にせぬと月光が彼の男の姿を変貌させていく。

 黒い体毛が、体躯が、爪が牙が、骨格すら変貌させて狂った様に月下に雄叫びを挙げる。


 それは、伝説に謳われた狼男の姿であった。



「おのれ、怪物風情が……!

 来るぞ、構えろ戦刃!」



 魔力回路は戦意を帯びて煌めく。魔導の発現と先端は同時であった。

 知らず指示を飛ばす白騎士に従い、赤き傭兵は烈火をその剣に纏わせていた。





「AOOOoooooo!!」



 雄叫びは電光石火の一撃を呼ぶ。


 疾風と化した人狼はアスファルトを砕き穿つ。

 散開した彼らを仕留めるに充分過ぎる威力のそれは致命の予感を伝えていた。




 双剣は両の軌跡を以て翻る。


 纏うは“雷”の憑着、雷光の双刃が漆黒の巨軀目掛け舞踏めいて繰り出される。



「賤しい人狼風情が、躾が足りんわ!」



 閃、斬、交、烈、的確かつ苛烈な剣戟はそれこそ稲妻の如く。


 交わる凶爪も熱気と電光に気圧されてか次第に圧されていく。


 一撃の重みは比べるべくもなく巨軀を持つ人狼の方が圧倒する。しかし、こと剣戟の鋭さはそれすら凌駕する。


 天賦の才とそれを支える技量は荒ぶる連撃でさえも儀礼の如き品性を持たせていた。



「チィ……!」



 交わる電光に後退を余儀なくされる。本能で双剣を危険と断じたか、大きく距離を取り、憎らしげに唸る巨獣。


 彼の獣は初撃で主導権を握り厄介な魔術を出される前に仕留める腹積もりだった。

 不意を突き、戦力を分断させ、勢いで上回る。だがそこに一つ誤算が有った。


 それは相手が自分以上の技量を持ち得る事。初回の戦闘では組み合う前に魔術を連発され、掠めた一撃も盾の如き剣に防がれた。


 要は、そこで見誤ったのだ。逃げ回るだけが能の手品師に過ぎない、と身体能力で圧倒する自分が遅れを取る筈が無い、と。狼のそれと化した鋭い金の瞳が忌まわしげに白き貴公子を睨む。






 ーーそこに、空中に翻る焔の一刃が。



「な、に」



 空を斬る不意の一撃。


 背中にあった気配に気付いて居なかった訳ではない。ただ、単に速かっただけ。


 後退の隙を突く様に通り魔的な灼熱の剣にが殺気を殺して振り下ろされたに過ぎない。



 空途に逃れるそれを纏わせる炎とは反対に氷の様な冷徹さで俯瞰する赤き剣士。

 舌打ち一つなく冷淡に次の動作へと移行しつつある。



「貰ったぞ!」



 声はしかし反対側から。如何な常人の何百倍の感覚を持つ人狼とて注意を一点に絞られては隙も出来よう。


 振り返る先には交差させた電光の双剣。


 両の刃から放たれた電撃は光線が如く、空途に在る人狼の心臓目掛け疾走する……!



「デ、デタラメか、テメェらぁぁぁーーッ!」



 丸太染みた両前足を交差させる。

 それが何の意味を成そう、風より疾き巨獣とて足場のない空中では回避もままならぬ。


 それを理解していたのは何より彼自身であった。電光は彼の胸を貫きーー。





「させるかぁぁぁーーっ!!」



 否。それを、一人の少年が覆していた。



「なっ……?」



 驚きは誰のものだったか。電光はその少年の前に落着、しかし少年も人狼もまた健在である。


 屋上に降り立つ人狼を庇うが如く、蝙蝠の翼が月光に映える。



「い、つつ。けっこう効くなぁ、この魔法。……とそうだ。

 フェンリル、ケガは?」


「おう、相変わらず最高のタイミングだなヘル? 見ての通りさ、ピンピンしてるぜ」


「ほっ、ならよかった。

 ……さてと」



 少年は降り立つ。蝙蝠の羽を戻して対峙する温和な顔立ち、学生服を着たともすればアルムと背格好もそう変わらない何処にでも居そうな彼はしかし。泰然と両者を見遣っていた。



「……貴様、何者だ」



「俺? 俺はヘルグリム帝国次期首長、赤星進太郎。


 フェンリルが戦っていたって事はやっぱりヴィランって事でいいんだよな?」



 フェンリルと呼ばれた巨獣は嗄れた笑いで返し、両陣営に緊張が走る。



「ヴィラン、だと。何の事だ」


「お前たちみたいにヒーローの邪魔をする悪いヤツって事だよ。

 そんな悪事を働く連中を俺たちは見逃すわけには行かないんだ」



 進太郎は天を掲げる。


 途端、澄み渡る月光は陰り、空は荒れる。



「来い、魔王ドライバーーーーーッ!」



 稲妻が進太郎に落ちた。すると腰に禍々しい山羊の角を生やした髑髏のバックルと腰に顔の様な飾りが付いたベルトが巻かれている。






 ーーその隙を赤い傭兵が見逃す筈がなく、そのベルトを付けた少年の死角を狙い、暗殺の剣が致命を……!



「ーー変身前だぜ? 大人しくしてな」



 狙う剣戟を巨獣が阻んでくる。


 されど爪は熱の前に焼かれ溶断されるも時間の問題。代わりに顔を僅か顰めるアルムの表情。




「ありがとう。……この地を荒らしたお前たちを許さん、変身!!」



 その叫びに髑髏のベルトが応える。



「レ〜〜ッツ、断罪ターイムッ♪」



 それと同時に、進太郎の周りの景色が変化する。

 それは、蝙蝠飛び交う西洋の墓地。背後の墓の一つから金で装飾された棺桶が現れ中から山羊の角を生やした白骨が優しく進太郎を抱き閉める。


 白骨の頭が割れて兜の如く覆い、他の骨も割れて彼を包み、また夜空から闇を流星の如く纏った蝙蝠達が舞い降り進太郎を包み込んだ。


 そして、山羊の角と蝙蝠のバイザーの付いた兜と漆黒の鎧を纏った悪魔の如き容貌の異形の騎士が現れた。



「……魔界の力で悪を討つ、デーモンブリード見参っ!!」



 マントを翻し、見栄を切るこの間、実にコンマ一秒。少年の姿は比喩ではなく一瞬にしてその異形に“変身”していた。



「……貴様らが何者か知らんが、俺の裁きに慈悲は無いっ!!」



 変身と見栄を終えるデーモンブリードの元に間合いを切った巨獣が並ぶ。その風体は正に魔獣とそれを従える悪鬼。

 しかして正義に燃ゆる仮面の下は揺るぎなく敵を見定める。



「姿が変わった……? まさか、その魔獣と親類とは。何の傾きか知らんが、裁かれるのは其方だ悪鬼め」


「うるさい、人様の地球を侵略しに来てどういう言い草だ。俺はただ悪を倒す正義の味方じゃない。


 人間界の同盟者である、ヘルグリム帝国の皇太子にして世界の防衛を担う在日ヘルグリム帝国軍の司令官として……公務により尋問する!」



「ヘルグリム帝国……、正義、だと」



「なお、異世界からの侵略者である貴様らに法の庇護や権利はない!」



 突き付ける指先は正義に生きる白き騎士を苛つかせる。


 ぎり、と歯噛みする彼を嘲笑う様に、



「……だ、そうだぜ?

 白騎士サマよぉ」



 狼が乾いた笑いを洩らしていた。




「くっ、貴様にどの様な正義が有ろうとも。我が正義の剣に敗北は無い。

 下らん戯言に屈する私ではない」



 漆黒の騎士を睨む白き騎士。強き反抗の意思は互いの信じる正義故か。


 一歩も退かぬ余地の無い両者の対峙は世界線を超え、此処に必定となる。



「……正義もなにも、お前達は立派な侵略者だ。悪党は悪党らしく、正義の味方にやられちまいなァ」



 くつくつと嗤う狼面。


 それを、物言わず、振り下ろした火球が塞いでいた。



「また不意打ちかよ? これじゃ本当の悪党だぜ、兄ちゃんよ」


「…………」



 蔑みの声も強い敵意で掻き消す。誇りも享持も、まして正義も無く。赤き傭兵はただ抵抗の意志のみを示す。



「黙れ。我々は貴様らの正義などに屈しはしない。

 行くぞ戦刃。そこの魔獣は任せた」



 頷く間も無く、弾丸よろしく真紅の焔が夜闇を斬る。


 思考を研ぎ澄ませ、身体を一振りの剣に。赤き英雄は魔獣に挑む。



「ハァ! そうこないとなァァァ!」



 疾駆する巨体。歓喜の声挙げ牙を剥く。





「来いっ! ヒーローの力、見せてやる!」



 漆黒の騎士デーモンブリードは闇の闘気を纏い夜を疾る。それは正しく悪魔の如き異形、それに対するは。



「ヒーロー、英雄か。……しかし!」



 両角を持つ白を纏った若き正義の騎士。その手に矛盾を孕みながらただ己が信念が為に闇を掛ける。







 この夜、二つの正義が衝突する。英雄たちは運命に弄ばれ、新たな戦乱の呼び水となる。


 それを、この場に居る者らは知る由もなかった。








出展:『魔王の孫のヒーロー生活』

「デーモンブリード」

作者:ムネミツ 様






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