青の英雄、集う勇者
#4
午前十一時のうららかな日差しが湯気を白く照らす。
カップを口に付ければ紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。朝のラッシュを超えたこのA国の喫茶店は騒めきも僅かに、早朝の喧騒を忘れさせてくれる。ソファの感触は柔らかで長旅の疲れを優しく労い、窓の外はビルの林が一望できる。
「……実に、優雅だな。紳士の朝は本来、こうでなくてはな」
緩やかなジャズのバック・ミュージックが流れてくる。クラシックの方が好みだが偶には小洒落たジャズも悪くない。
どうやら私の知らない楽曲の様だが、最近の流行りだろうか? たった半年程度離れていたと云うにもう何年も前の事の様に感じてしまうな。
さて。ようやく腰を落ち着けた所で状況を整理するとしよう。
先ず、今日の朝の事か。目を覚ますとそこは宿の中、ではなく何時か見慣れたコンクリートの街。
英語圏である事と個性的な人々の姿が見えない事から元の世界に帰って来た、という事態が推察出来た。無論、驚きを隠し切れないが。
幸いにも此処はA国のL市。一時期、A国には滞在していた事もあり、その時に残した口座を確認した所、幾ばかの預金が残っていたのは幸運だった。
どうやら路頭に迷わずに済んだ私を待ち受けたのは唐突な空腹感である。久方ぶりのL市を歩けば時間の経過か、街並みが記憶の中とは違っていた。
「帰って来たは良いが、問題はこれからか。どうしたものかね……」
残念な事に私ターヤジス・フォン・ヴァレンタインの手元にビザもパスポートも無い。これでは不法入国、不法滞在となってしまう。
いや尤も、あちらの世界から出戻りでは不法入国も何もあったものではないが。
あちらでは気ままな旅行者ではあったが実情は不法入出国の常習犯であったからな。それに国に帰るには空路か海路しか無い。
紳士として、貨物に紛れた密航なぞは避けたいものだが。
「……ホットドッグです」
「ありがとう」
思案の合間に現れたウェイターから皿を受け取る。しっとりと暖まるハンズはマスタードの薫りを湯気に乗せる。
あちらの世界ではお目に掛かれないファスト・フードの定番だ。先ずは空腹を満たすのが先になる。何処の国でも世界でも、食事は共通の娯楽なのだから。
左手の神経のない感覚が器用に摘んだ。技術とはいえ、数ヶ月も経てば手足も同然。
ふと、掴んだ手袋の汚れが気にはなったがこの際は。右手の方で手袋を外していれば良かったかもしれない。
「…………ふむ」
活きのいいソーセージの弾力とマスタードの組み合わせは食欲を刺激する。流石はファスト・フードの本場A国。喫茶店のものでも手抜かりは無い、か。
口のハンズを咀嚼し、紅茶を含む。穀物の生地に紅茶の香りが染み込む。
気付けば、紅茶もハンズも半分を切っていた。
「マスター」
カウンターの老紳士に声を掛ける。紅茶のポットを差し出して視線を遣る。
「紅茶を。また、上等なものを頼む」
老紳士は頷くと熟れた手付きで作業を始める。残りの紅茶を注ぎ帰還の感慨を噛み締めつつ、束の間の休息に浸っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
すれ違う者は皆、彼を知る者は居ない。
青の外套を着た紳士は当て所なく街を歩く。されど彼の求めるものは此処には無く、変わりつつある街並みに焦燥を覚える。まるで自分だけが時間の流れに取り残された様だ。
見知らぬ店先、見知らぬ建物、見知らぬ唄。一度見知った街故にその変化は過敏に感じ取れる。
つい昨日まで異空の地で像の無い敵を追って居た自分、しかし。今は追うべき敵も、使命も、或いは理由さえ定かではない。
在るのは唯、故地への郷愁と残して来た約束への想念のみ。それさえ、押し行く人並みには関わりなく。無関心の隙間を異端に身を包んだ自分だけが歩く。
「……ああ、そうか。あれから何年か経っていたな。私とした事が、そんな単純な事も失念していた様だな」
そんな事を紛らせ気味に呟く金髪碧眼の紳士。コートの下に剣と銃を仕込んだその身は彼の地で変貌していた。
約束の日、指輪を填める為の左手は鋼鉄の義手に替わり、魔導の力を行使し魔を討滅し得る“イレイズ”の使命を背負い怪異との闘いに明け暮れる。
もし彼を知るものが居ればその変化をどう受け止めるであろう、彼は最早、後戻り出来る身では無くなっていた。宿命は否応無しに迫る。果てなき闇との闘争こそが彼の生きる世界なのだから。
されど、嘗て交わした約束こそが彼の道標。ただ一人、愛した女の確かな誓い。
それを交わす前の晩、彼は異空の地にて“英雄”と成す。師と出逢い、魔を追い、これを討つ。
世界の歪みを正す為の舞台装置と知りながら、世の理不尽を知りながら正義と信じ、走り抜ける。終着点など無いと始めから判って居ようと。
「だが。足を留める理由にはなるまい。私とて暇なものでは無い。
折角帰って来たのだ、方法が無ければ捜す、それだけの事」
独自は決意か強がりか。絶望は直ぐ隣合わせ、忍び寄る影は心中の隙間を狙う。ここで隙を見せれば暗黒に堕ちる。
だが足を留めるには早過ぎる、ならば意地でも立たねばなるまい。
「ーーなら、僕にその手伝いをさせてくれないかい?」
人混みを割いて声が飛ぶ。振り返るそこには、穏やかな表情を湛えた麗しい青年が立っていた。
「……君、は? 私に何か。
手伝う、と言ったのかね」
まるで人並みが彼の為に避ける様に、青い紳士と麗しの青年は顔を向ける。
艶やかな金の髪と海の様な碧の瞳を湛えた青年は対する青い紳士より若く、紳士の警戒をも包み込む温和な気を放っていた。
「そうさ。僕の名はレイ。君を探していたんだ」
「私を、探していた……?
面識は無いと思う、が。何故私を」
「勿論、“イレイズ”であり、“英雄”である君に力を貸してもらう為さ」
「な……!?」
一歩退き、腰の剣柄に手をかける。傍を通る人は異変にこそ気付くが、何事も無かった様に無関心を貫いている。
「君は一体……? そもそも、あちらの世界の事を何故知っている。
下手な占いや宗教の勧誘でもあるまい、何の積もりかね」
「……すまない。警戒させてしまったみたいだね。少なくとも、僕は君の敵じゃない。
それに、君もこのまま路頭に迷う事は無いだろう? 話だけでも聞いて欲しい」
差し出す手の平には困惑と敵意の混じった構えに対しても一切の敵愾は無い。
両者の空間だけが隔絶されたかの様な周囲の無関心。
僅か、構えを緩めるターヤジス。
「話……か。話程度ならば付き合おう。私も、自己の手掛かりは欲しい。
君は、私の知らない何かを教えてくれると言うのか」
穏やかな表情は微笑に変わる。慈悲の瞳は異邦人の姿を暖かく迎え入れた。
「ああ。僕と来てくれるかい。
世を救う“勇者”として、君の力を貸して欲しい」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……そうして。結論から言えば私は彼に付く事にした。
彼の身の上はとある企業の御曹司であり、“ニュートラル”という謎のウィルスの研究機関の所長との事らしい。
彼の企業は私もよく知る有名企業、話してみて危険は感じ無かったし、包み込む様な大らかささえあって不思議と初対面ながら安心出来た。
聞くところに依れば世には謎のウィルスに感染した者がカートゥーンに出て来る様な超常的な力を持つ様になり、どうやら私もそのウィルスに感染している可能性が高いと言う。
彼、レイはそのウィルスの感染者、“ニュータント”を感知する事が出来るらしく、彼自身もそのキャリアーであるらしい。
彼と対面した時に感じた魔力染みた感覚はその所為だったのか、魔力の香気を僅かに帯びるのは“ニュートラル”と魔力が近しいものであるからとの事だ。あちらの世界の事情を知っているのはその為かもしれない。
「……事情は判った。君は、“ニュートラル”の起こす異変を正すべく行動しているのだな」
1999年に引き起こされた災害“メギドの刻”より観測される様になった“ニュートラル”、それは人間に限らず無機物、有機物の区別なく感染した者に進化を促す。
それは、有史以来進化を止めた人類にとって新たなステージへの鍵だった。
しかし、
「そうさ。“ニュートラル”は進化を促す反面、感染者に生物として度を超した力を持たせてしまう。
それを制御出来ない者や悪用する者、それらは“クリーチャー”や“ヴィラン”と呼ばれ、破壊をもたらす。この力は破滅を呼ぶ諸刃の剣でもあるんだ」
神より齎されたプロメテウスの火は人類に繁栄と、闘争の手段を与えた様に。
強過ぎる力に呑まれた魂は熱に浮かされ暴虐の限りを尽くす。原初から伝わる繁栄と破滅の歴史を再現するが如く、今や世界全土にてプロメテウスの火、“ニュートラル”の力を手にした者同士が、力を持たぬ者も巻き込んで苛烈な争いの渦中に在るとされている。
「ならば、その“ニュートラル”を駆逐すれば良いではないのかね。
人の手に余る代物であるなら、棄ててしまうのがいい筈だ」
「……それが出来るなら、それこそ。
愚かな選択を歴史を、人が繰り返す筈は無いよ」
原始の時代の火、火を用いて鍛えた鉄、そして鉄を用いて放つ銃然り。一度手にした力を人は手放す事を知らない。獣の様に牙を持たぬ人類が身を守れるのは結局は他を殺す暴力のみだ。
そして、一度味わった旨味を忘れられる程に人は利口では無い。新しく与えられた“ニュートラル“と云う玩具で遊びたがる無邪気な子供の如く、衝動のままに力を誇示するのが人の性である。
「だから僕は、力の無い者たちの為に悪を討つ“勇者”として仲間を集めているんだ。
力に対抗出来るのは結局は力しか無い。けど、暴力の連鎖を断ち切る必要は、何処かで必ず在る筈だから」
彼の言葉に嘘は感じられなかった。
聞けば、私の他にもこの世界に帰還した他の“英雄”たちの行方も追っているらしい。
私が此処に居ると云う事は他の面々も帰還している、のだろう。
「そうだな、レイ。君の意見は正しい。私も、当面の間は協力しても構わ……」
爆発音。鈍い振動が肌を伝う。通行人は異変を感じ、一目散に去っていく。
遅れて、避難勧告がアナウンスされた。
『ニュータント警報発令。速やかにエリアより退避を、繰り返す、速やかにエリアより……』
視界の隅で黒煙が上がる。ビルの林の奥に、魔力染みた気配が昇る。
それとなく、魔族と対峙したあの感覚に似ていた。道路の車も皆、進行方向を変えて黒煙から逃れようとしている。
「な、何事かね。皆、血相を変えて逃げるばかりだが」
「おそらく……奴らだ。此処にまで現れるとはね」
また一つ、黒煙が上がる。遅れて鈍い振動。レイは穏やかな顔を訝しげに黒煙の先に向ける。
「奴ら……? まさか」
「そう。この感じは“クリーチャー”だ。多分、交戦状態にあるだろう。或いは此処も危険かもしれない」
そう切り返すと彼は身を黒煙の方へ向けた。穏やかな気配は薄れ、冷下の不穏な気が彼に満ちる。
「待て、何処に行く。“クリーチャー”が危険だと言うのならば私とて力になろう。君一人に良い格好はさせられんさ」
意外そうに顔を向けられた。
それは刃物の様な鋭い相貌だったが、直ぐに元の穏やかな微笑に換わる。
「ありがとう。なら、あれは君に頼めるかい。僕は周りを辺ろう。何体か紛れているかも知れないからね」
「ああ。気を付けてくれたまえ、レイ」
爽やかな笑みを残して風の様に去っていく。
あの痩躯の何処にあの脚力があるのかは不思議な程に、一瞬で彼は視界より消え失せた。
「……さて」
ソード・ホルダーより細剣を、ガン・ホルダーより魔導銃を。魔弾の残りは充分、魔力回路に己の魔力を伝達させる。怪異が相手ならばターヤジス・フォン・ヴァレンタインはプロフェッショナルである。
何者が相手であろうと、世界の秩序を護るイレイズたる彼が後れを取る訳はある筈はない。
「プロフェッショナルの力、とくとご覧に入れよう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ォォォォォォォォ……」
ワニをそのまま人型にして、大顎を真横にしたあの青い怪物。あれが“クリーチャー”か。
魔族も歪な姿を取り憑いた者に強いる事も少なく無いが、あれは取り分けグロテスクだ。下手物の扱いは私の趣味ではない。
「お前……あの時の。
なんで、ここに居るんだ……?」
おや、あれなるは何時ぞやの緑の髪の彼ではないか。確か、フィリクスと言ったな。本当に彼も此処に来て居たとは。
見れば黒タイツの少年と銀髪のボーイッシュな少女。レイの言で云うなら彼等も“ニュータント”という事なのだろうか。
「話は後にしよう。
あの“クリーチャー”はどうやら待ってはくれないみたいだが」
見る間にクリーチャーの身体は受けた傷を復元させていく。まるで魔族の再生能力の様だ。今し方の攻撃が無駄と感じる程の速度で、完全に復元された。
「ちょっと、また再生したわよ!
助けに来たんならもっとマシな攻撃しなさい!」
銀髪の少女に何故かクレームが。何とも失礼な言い分であるが、紳士として淑女には礼を示さねば。
「失礼した、レディ。彼を助けるのに精一杯でね、それにあのクリーチャーの特性も理解して居なかった。次は、」
「知らないわよ。いいから、さっさとアレを何とかする! せっかく初登場したんだから、見せ場くらい作れッ!」
息を巻く少女、余りに理不尽な物言い。
……これが仮にも助けに入った者への態度、だと言えるのか……?
「……君、それは余りにも失礼だと思わないかね。
それに、紳士に対するマナーと言うか、レディに相応しい態度というものがあるだろう?
初対面だが、君には淑女としての自覚が足りな過ぎる」
「うっさいわね。開口一番に言われたくないわよ、このエセ紳士!
あんまりうるさいとね、そのすまし顔、ブン殴るわよ!」
「ちょ、喧嘩止め! カララ、青い人も! あのクリーチャーが来てるから!
それと、えーと……オッサンも、構えろ!」
黒タイツの日系らしい少年の指す先には青黒いクリーチャーが顎門を開いて迫る。
なるほど、確かに喧嘩をしている場合ではあるまい。
「……オッサン、って」
「む、どうした。構えたまえよ」
「……ああ、そうだな」
釈然としない顔で浅黒い横顔をクリーチャーに向けた緑髪の彼。さて。先ずは先手を取るとしよう。
銃口を向ける。
魔術の力を封じ込めた魔弾は撃鉄と共に螺旋を描き閃光と成す。
炸裂、真赤な華を散らせて怪異は顎門を破裂させた。
「……ォォォォ……!」
封じた魔力を発現させ魔弾は魔術の力を炸裂させる。
一発毎に封じた魔力を発動させるこの魔導銃の威力は本来、生命の理の通じない魔族に対し放つ物だがあのクリーチャーにとっても有効な様だ。
精神体である魔族に魔力が有効な様に、クリーチャーにも魔術は有効なのだろうか。
「今だ、決めたまえ!」
「言われなくてもよォッ!」
緑髪の闘士、フィリクスは拳に魔力を込める。
彼の得意とする“強化”の魔術は最も簡単な、魔力回路に憑着(エンチャント)する程度の初歩の魔術。
だがそれも極めれば必殺の一撃。
雄叫びと共に疾風が如く、怒涛の一撃を顎門目掛け、大きく振り抜いた……!
「くたばれェェェェェッ!!」
粉砕、
飛散。
貨物車が衝突した様な衝撃が焔の路を揺るがす。
唯の“強化”した右ストレートは顎門はおろか、半身を持っていく程の威力を叩き出した。
「……やった、の?」
思わず銀色の髪の少女が呟く。
「いや、まて! 避けろ、オッサン!」
黒タイツの少年は駆け出す。
フィリクスの硬直を突いて、一本の閃撃が薙ぎ払われる。
「ぐ、ああぁぁぁ、……ッ!」
宙を舞う体躯。
塵屑の様に吹き飛ばされたそれを再度の閃撃が襲い、黒い人影がそれを阻む。
「……連児ッ!」
“強化”された肉体ならいざ知らず、生身の肉体に怪異の攻撃が耐え切れようか。
少女の慟哭虚しく、少年の肉体は緑髪の彼の身代わりとなり両断された。
「くっ……よくも。クリーチャーめ、勇敢なる少年の仇は私が必ず……!」
「勝手に殺すな! いや、死んだけどさ」
「!?」
そこに、クリーチャーの攻撃に両断された筈の黒タイツの少年が緑髪の彼に肩を貸しているではないか……!
どういった魔法、トリックか……!?
「まったく、
「……あぁ、よく分からんがわかった。ありがとよ、その……」
「連児、真逆連児」
「助かったぜ、連児……。
何処ぞの唐変木に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぜ、まったく」
恐らく、あの奇怪なトリックがあの少年の“ニュータント”の能力なのだろうか。
死亡状態からの復活、いや元の屍体がそのままな以上は違うな。死亡からの復活、とでも言えば良いのか。
ともかく、怪異は既に半ば程に再生して居り鞭の如き尻尾のみが生物染みて動いている。これでは三十秒と掛からず元の状態に戻るだろう。
「そういえば、あの尻尾に打たれる瞬間なんか、心臓? みたいに脈打ってるのが見えた気がしたけど」
「本当か?」
「カン、だけどアレが多分弱点って気が。ほら、尻尾だけは俺ら攻撃しなかったじゃないか」
「ああ、そういえば。……へぇ、やるわね連児。ダテに何回もアレに殺されてる訳じゃないわね」
「……誰のせいだダレの」
少年の能力が死からの復活だとすれば、あの怪異の状態を知り尽くしている筈だ。
異常なまでの再生能力、その源を叩けば或いは。
「少年? その部分は何処かね」
「えっと、あの尻尾の付け根辺り。
ほらアソコ」
首下まで再生したクリーチャーの尻尾付け根に目を遣ると、確かに僅か脈打つものが見えた。
胸を吹き飛ばされても平然としていられるのはあそこが心臓だからか。
……なら、話は簡単だ。
「見えたな諸君。少年の言が正しければアレがクリーチャーの弱点だ。
そこを叩こう」
「なら、私に名案があるわ」
と。銀髪の少女が提案したのは確かに、あの怪異の虚を付けるものではあったが。
「……それでは君が、少年はともかく。無事では済まないぞ」
「いやいやいや! 俺も無事じゃ済まないから! 死ぬから!」
「うるさい! どうせ後二回位は大丈夫でしょうが。
アンタが居ないと成立しないんだから、男らしく覚悟を決めなさい!
……エンプレス、なんたらに良い所を見せるんでしょ!?」
「冥夜……。そうだな。悪い、カララ。後で残機回復よろしくな」
「ええ。あの子のとっておきのコラ画像、見せてあげるわ」
決意を固める少年少女。
しかし、私の目には邪なニヤけ顔がイヤに印象に引っかかる。
いわく犯罪的な香りがするのは気の所為だろうか?
「来るぜ。お前ら、チャンスはこの一回しかねぇ。出し惜しみはなしで行こうぜ……!」
顎門が牙を打ち鳴らす。雄叫びを上げ突撃が来る。
散開し、必殺の作戦を開始させた。
「うぉぉぉぉッ! 俺が相手だァア!」
傷を押して先行するのは豪腕の遣い手フィリクス。
唯一、力で対抗し得る緑迅の闘士は全身に“強化”の魔術を行使し、力や速さ、それに強度も向上し、生ける暴走車両と化していた。
「ォォォォォォォォ!」
対する顎門は飛び来る車両を圧し潰すプレス機が如く、組み合う両腕を力付くで潰しに掛かる。
「……ぐ、っ」
しかしそれは怪物たる所以、手負いの腕力を上回る圧力にて怪力を怪力にて征する。
だが、それで動きは止まる。
「行けぇぇぇっ! 長くは保たん!」
フィリクス必死の合図を以て第二陣が怪異の背後へと躍り出る。
「行くわよ連児! 借りを返しに!」
「ようし! イヤな予感しかしないが行くしかねぇ!」
「大丈夫よ。アタシの能力ならッ!」
背後の二人に気付きまるで別の動きで迅尾が致命を狙う、それを。
「わ、とっ」
間一髪、瓦礫か何かに足を取られ、躱す。出戻りの一撃でさえ、
「う、わっ、たッ」
よろけたお陰か、器用に銀髪の少女を狙った攻撃が尽く躱される。気付けば怪異との距離は目と鼻の先。
「おい、能力は?
何も起きてないだろ!?」
「ふっ。甘いわね連児。気付かないの? これが私の能りょ、あぶっ」
首筋を狙った一撃を咄嗟にしゃがみ。懐から取り出した拳銃を脈打つ急所に向ける。
「……その名も“
銃声。
一瞬、動きが止まったかと思うと、苦悶の声が挙がる。
「ォォォォォォォォォォォォ……!」
困難に思われた背後への接近どころか、バックアタックさえ可能とする彼女の引きの強さ。
恐らくはそれが彼女の“
だがこれで、充分過ぎる程の隙が出来た……!
「……あれ、コレって俺、要る?」
「要るじゃない」
「避けろ、お前ら!」
猛り狂う迅尾の一撃はフィリクスの声より速く。
銀髪の少女の盾となるカタチになった黒タイツの少年の体を引き裂いた。
「……カララ。アノヤロウ」
と、何時の間にか現れた黒タイツの少年が恨めしそうな声を出して予備の砲筒のトリガーを引き、彼女の窮地を救っていた。
「ありがとーーッ!
やっぱ保険って大事よねーーッ!」
「殺す気かーーッ!
実際死んでるけどな!」
言いつつ、もう一発くれてやる。
苦しみ悶える様は死にかけの虫の足掻きを見ているみたいだ。
魔力、気力、イメージは充分。
機は熟した。
ここに天の裁きを、雷の降雨を以って彼の怪異に今こそ引導を渡そう。
「ーー焼き尽くすは天の怒り、その裁きをもって天空の意志を示さんーー
《アルライゼル・スコール》」
剣先は雷を迸らせる。天を突く雷鳴は黒天を貫き、紫電を無数に殺到させる。
到来する雷の降雨は青の鱗肉を黒く焼き上げていく。
「……っ、とォ……!」
素早く退いたフィリクスに代わり逃げ遅れたクリーチャーが無数の雷に打たれる。
血肉が再生する度に灼かれ、穿たれ。
断末魔さえも雷鳴の中に消え失せる。
圧倒的な光と熱は視界と肌を燻ぶらせて行く。
「……これで。フィナーレだ」
怪異の最期は光に掻き消えた。
最早不死身の肉体は蘇る事なく、燻った消し炭のみが事態の収束を告げていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて、と。今度こそやったわね」
ホッと息を吐くカララ。未だ燻ぶる消し炭と燃え盛る炎が周辺の被害の大きさを物語る。
道路は壊滅、混乱の余波は暫く街を苛むだろう。しかし人的被害はごく一部(連児)に留まりクリーチャーの出現にしては奇跡的な被害はの少なさであった。
最小限の被害に留めた四人もの英傑たちは漸くと矛を収める。
「だよな。
……また復活とか、無いよな本当」
「ぁ、痛てて。くそ、今になって痛みが来やがる……。あんなのは二度と、
……う。腹減ってた」
「無事かね、君たち。それより、あのクリーチャーは一体。判るかね?」
加勢に入ったフィリクスとターヤジスは事の顛末を存じない。二人の視線がカララと連児に向けられる。
「詳しくは私も。あんなのが来るって言われて来させられただけだから」
「同じく派遣の身だからなぁ、あの人は何も言わないし。冥夜並みの美人だけど」
「ふむ」
頷いて腕を組むターヤジス。やがて、納得したのか口を開く。
「なるほど。それなら手を組んだ方が早そうだ。私たちもどうやらアレについて知っておいた方が良さそうだからな」
「おい、幾ら何でもよ。
訳の解らん状況だ、迂闊にモノを決めるのは軽率じゃないか?」
「フィリクス、と言ったな君は。私、ターヤジス・フォン・ヴァレンタインとしての意見はここで情報と身を寄せる場所が必要と思うが?」
「ターヤジス……。だがよ、またぞろ面倒事に巻き込まれる気がするぜ、俺は。疑ってる気は無いが、俺は余り頷けないな」
「む……」
「何だよ」
特に理由もなく、気不味い空気が流れる。膠着を破って連児が尋ねる。
「あー。いいかな。どっちでもいいけど、あんたら何者? 今さらだけど」
「そうか。確かにお互いに素性は知れないままだったな。仕方あるまい、ここはひとつ……」
「ォォォォォォォォ……!」
緊張。雄叫びが彼らの注意を裂く。
ビルの影より現れたそれは、先ほどと同型の異形のクリーチャー……!
「こいつ……仲間が居やがったのか!」
再び矛を抜く。新たな怪異は二体、三体と姿を現わす。真横の顎門を開けば無数の牙が覗く。
囲まれる形となった彼らは最悪の事態に反吐を吐いた。
「お前、カララ。また変な事言ったんじゃないか!?」
「あ、アタシの所為? 知らないわよ、そんなの!」
狼狽する少年少女、迫る怪異の包囲網。誰もが挫け掛けた、その時。
「ーーさせるものかーー!」
漆黒の焔が火柱を上げる。怪異の姿が一体、また一体と飲まれ。
最後に残る怪異の姿を掻き消すその火柱の中より、黒き鎧が歩み出る。
「……あ、アレは……デーモンブリード……? いや、違う。なんだアレ」
生気を帯びた鋭角的な甲殻、凶々しい鉤爪、不吉を連想させる能面のそれは巌鉄の如き姿を露わにする。
「……悪魔、か」
知らず呟くフィリクスの表現は的を射ていた。光を総て呑み込んだが如く漆黒は悪鬼のそれだ。
畏怖の髄を集めたその姿は反面、穏やかな声を掛ける。
「間に合って良かった。ターヤジス、君なら大丈夫だと思ってたよ」
「な、まさか。君はレイ、なのか」
纏う凶気に似つかわしくない物腰柔らかな口調、しかしそれはターヤジスを愕然とさせ、他の者をたじろがせていた。
「そうさ。信じられないかも知れないけどね。僕の能力は少し特殊なんだ。もしかしたら君の方が理解があるだろうさ」
「おい、ターヤジス。あれと知り合いか?」
能面がフィリクスの方を向く。差し出す鉤爪は鋭利なまでに研ぎ澄まされている。
「はじめまして、だねフィリクス。僕はレイ。君を助けに来たんだ」
「俺を、助けに? どういう事だ」
と。何処からともなく、サイレンの音が響き渡る。騒ぎは間も無くこの場に駆け付ける様だ。
「……どうやらここまでみたいだ。
行こうか」
レイの周囲に黒い陰が渦巻く。螺旋を描き、天への道を繋げ始める。
「これに乗ってくれないか。僕の力なら君たちを安全な所に連れて行ける」
悪鬼を思わせる彼の誘い、
それを一歩退いたターヤジスが歩み出る事で応える。
「お前、行くのかよ」
「そうだフィリクス。まだ彼を完全に信用した訳では無いが、彼の庇護を受ける事が私にとって最善でもあるのでな」
青い外套を翻し陰へと進み、
ーー彼の下に着いた。
「君もおいでフィリクス。僕なら君の助けになれる」
「…………っ」
サイレンが鳴り響く。
歯噛みする様、フィリクスは当惑し。
「……くそっ、下手に捕まるよりはマシか……!」
「オッサン……?」
自らの制止を振り切り、ーー黒い陰の下へ。
「さぁ、行こう。
僕らを必要とする誰かのために」
陰は三つの人影を包み、天へと吸い込まれて行く。
やがて訪れたのは空虚なまでの静寂であった。
「……何なのよ、アレは……?」
残された者は唯、激闘の感慨も無いまま巡る数奇な運命に翻弄されるばかりである。
出展:『恋する悪の戦闘員』より
「真逆連児」
作:ながやん 様
出展:『アウトロ ヘッジホッグ』より
「カララ・レナード」
作:緑川赤城
魔導英雄譚 外伝 英雄跋扈 緑川 赤城 @gababa-bunco
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