1章-4

 歩道に出てしばらくしたところで、後ろから追いかけてくる者がいた。ティアだ。

「レオ先輩!」

 足は止めなかった。歩を進めながらレオは言う。

「あれが執行部員の仕事さ。生徒のエレメント悪用の阻止。ま、ストレス解消ってのもあるけどね。たまにああして暴れたくなるんだ。殺人鬼としては」

 後ろ手に軽く手を振る。

「監視役の前で暴れたのは失敗だったかな? でも君が今日のことを政府に報告することはない。さっき話があると言ったのは覚えてる?」

 ティアからの返事はなかった。だが構わず続ける。

「もし報告したらその時は君を処理する。これは警告だ。報告はするな。現場にもついてくるな。命がしければ黙って言うことを聞け。適当に虚偽きょぎの報告ができる程度の口裏は合わせてやる。だから君は何もせず、この学園で安穏と日々を――」

「今日のことで報告なんてしませんよ? だってさっきの先輩の行動は殺人鬼としてのものじゃありませんから」

「なに?」

 思わず足を止めた。振り向くと、少女はどこか見透かしたような笑みを浮かべていた。

「わたしの任務はあなたを監視すること。レオ・エンフィールドが殺人鬼さながらの反社会的な行動を取った時、政府にそのむねを報告することです」

「……ああ、分かっているよ。政府は俺を裁く理由がほしいんだ」

「でもさっきの先輩は殺人鬼なんかじゃありません。監視役だからこそ、わたしは公平にジャッジを下します」

 風が吹き、木漏こもれ日が彼女の瞳に差し込んだ。

 フィンランド系に多いが、グレイの瞳は光の加減で色合いを変える。

 ティアの瞳は新緑色の輝きを見せ、見透かすようにレオを見つめた。

「セミロングの彼女さんへのあの殺人鬼めいた行動、あれは――わざとですね?」

「…………」

「彼女さんが看板を落として大参事になりかけたこと、先輩が暴れたおかげで、皆さん忘れちゃったみたいです。それどころか、彼女さんを慰めてる人までいました。レオ先輩はわざとどろを被って彼女さんをかばったんですよね?」

「…………」

「どうして、そこまでしたんですか?」

 ティアの口調にはよどみがなく、声は確信を帯びていた。適当な言葉では誤魔化ごまかせそうにない。レオは観念し、ため息をこぼした。

「未来を変えたいって願いは……他人事ひとごとじゃないから」

 14歳の時、レオはウィンザーでパンデミックに遭遇し、未来を体験した。

 そこでたのは、時計塔の前で人々を惨殺ざんさつする自分。

 当時、ウィンザーで感染した者は観光客も含め、2万人いた。当然、なかにはレオに殺される未来を体験した人もいる。

 彼らは未来をくつがえすことを願った。その最も確実な方法は、簡単に思いつく。

 レオを殺すことだ。

 もしも学園に保護されなければ、レオの命はとっくに無かっただろう。

「俺は殺人鬼になる未来を視た。でも……そんな未来は御免ごめんだ。俺はだれも殺したくない。あんな未来は嘘だと信じたい。あのセミロングのも……きっとそんな気持ちなんだと思う」

「だから彼女さんの代わりに責められる役を買って出た、と……。不器用過ぎますよ」

 苦笑されてしまった。どうにも落ち着かない気持ちになり、レオは目をらす。

「……俺の目論見もくろみが甘かったせいもあるから。セミロングのエレメントが看板を落とすほどとは思わなかった」

 そう言いながらレオはおのれの認識を改めていた。

 ティアのことはぎょしやすい監視役だと思っていた。だが虚偽を見抜く力は本物だ。

「ちなみにあの彼氏さんと彼女さんはどうなるんでしょうか……?」

「ステージ破壊の責任は俺が持つ。罰則規定に反するとすれば、エレメントを彼氏に使ったことぐらいだよ。でもそれもやられた方が訴えなければ問題にならない。全部合わせてもせいぜい執行部からの厳重注意程度で済むと思う」

「あ、いえそっちではなくて……つまり、未来は」

「……難しいところだ。あの様子なら彼氏はやはり弟のためにアビーを訪ねると思う。結局はくっついて、レストランの未来視みらいしに繋がるのかもしれない」

「でも彼氏さんは彼女さん一筋だって言ってました」

「今日、その彼女にエレメントで攻撃されたけど」

「それは……」

「今日のことがきっかけでアビーになびいてしまう可能性もある。逆に今回の一件を乗り越えても彼女を選ぶなら、彼氏の覚悟は本物だ」

 未来は分からない。まだ、誰にも。

 少しだけ気落ちした顔のティアを一瞥し、レオはまた歩きだす。

「今日のことはこれくらいでいい。問題は次からのことだよ。君の行動は後先考えな過ぎる。実際の現場はこんなもんじゃない。次からはちゃんと俺の指示に従ってほしい」

「あれ? 先輩、さっき現場にはついてくるなって言ってませんでした?」

「君にも特技があるらしいから。使えるものは使う。それだけさ」

 途端、ティアの顔がぱあと輝いた。わざわざ大げさなポーズで髪をき、胸を張る。

「フフン、認めるんですね? このわたしがエリートだと!」

「別にそういうわけじゃないけど……」

「じゃあ、ちゃんと名前で呼んで下さい。ティアって。先輩、まだ一度もわたしの名前呼んでくれてないですよ?」

「そうだっけ?」

「そーですー」

 監視役と監視対象という関係は変わらない。だが確かに名前すら呼ばないというのは英国紳士として礼を失する。観念して、口を開く。

「ティア」

 すると彼女は心底嬉しそうに、

「はい、レオ先輩っ♪」

 まるで花が咲くように微笑ほほえんだ。

 それはとても魅力的な笑顔だった。しかし横向きに歩いていたせいで目の前の噴水ふんすいに気づかなかったらしい。

 レオへ笑みを送った直後、彼女は縁石えんせきにつまずき、ざっぱーんっと噴水に落ちた。

 ティアの「わひゃあ!?」という悲鳴を聞きながらレオは、

「……判断を早まったかな」

 ひっそりと頭をかかえた。




 その夜。女子寮の一室。

 ティアは明かりを落とした部屋で、ペンダントを手にしていた。

 転入時からつけている、銀細工のペンダントである。

 異例の転入だったため、ルームメイトはいない。

 一人きりの部屋でロケットを開き、ペンダントに向けて喋り始める。

 小声なのは、万が一にも聞かれてはならない会話だから。

「……はい、はい。順調です。まだ警戒されている節はありますが、なんとか打ち解けられると思います。予定通りです。任せて下さい」

 昼間の様子と違い、今のティアは人形のように表情がない。

 窓から差す月明かりのなか、少女は言った。

「殺人鬼エンフィールドの命は――わたしが終わらせます」















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これにて試し読みは終了です。

気になった方はぜひ本編も読んでみてください!





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