1章-3

 お面を被って会場に入ると、色取り取りの露店が並んでいた。

 露店の一番目立つ場所には『求めている未来の内容』が掲げられている。

『私はレスリングの州大会で優勝していました。決勝までの決め技が分かる方、情報を』

『姉に子供が生まれてたの。1年後の赤ちゃんの名前のトレンドをどんどん教えて!』

『当方、ユーロサウザンズ宝くじの前三桁を視ている。残り二桁の未来を求む!』

 だいたいが丁寧な手書きだが、なかには軽量ディスプレイで表示しているものもある。

 ティアは実に楽しそうに露店をまわった。フライドフッシュを食べ、キャンディクラッカーを舐め、ジャパニーズ輪投げに興じたりもした。

 その姿は任務がどうのエリートがどうのと言っている時より、よほど自然だった。

 そうして次は『未来視みらいし占い』なる怪しげなテントに入ろうとした時、ふいに会場の奥で悲鳴が上がった。次いで散発的に光が舞う。

「えっ、なんですか、あの光!?」

 ティアが目を丸くし、レオはライオンのお面をズラして目をらす。

「喧嘩か何かかな。たぶん誰かがエレメントを使って暴れてるんだ」

「エレメントで!? 大丈夫なんですか、それっ」

「危険な場合もある。さっき執行部の話をしたけれど、ああいうエレメントを使った喧嘩を止めるのが執行部員の仕事なんだ」

「平和の監視役ってわけですね。先輩、じゃあ、早く行かないと……っ」

「あまり俺が出しゃばるべきじゃないんだけど……とりあえずは近くまでいってみよう」

 人通りをかき分けて進むと、ほどなくしてメインステージに出た。

 中央庭園の真ん中に仮設のステージが立てられ、舞台上に三人の生徒がいる。

 優男やさおとこ風の男子、セミロングの女子、ショートカットの女子である。

 セミロングの女子がエレメントを発動し、手から植物のつたを出していた。まだけが人などは出ていないようだ。

 ステージを囲む野次馬にまぎれつつ、レオは呟く。

「状況としては痴情のもつれ、かな」

「えっと、三角関係的なものでしょうか?」

「そんなところかな。このステージは恋人捜しの企画をやってたらしい。看板に『ロミオ&ジュリエット』って書いてある。定番のネーミングだよ」

 レオが指差す先には大きめの電光看板があった。『ロミオ&ジュリエット』という表示と、デフォルメされた恋人たちのマスコットが映っている。

「未来視で魅力的な異性に出逢うと、大概、躍起になって捜そうとするんだ。運命の恋人って感じで。そういうロマンチックな未来視体験は人気があって、テレビや雑誌で取り上げられることも多いんだ。総力を挙げて相手を捜し当て、ドラマチックな対面をさせたりとか。このステージはそれを生徒たちでやってたらしい」

「それでどうしてあんな状況に……」

「たとえば……ロミオは未来で素晴らしい恋人に出逢っていた。けれど、それが今現在となりにいるジュリエットとは別人だったとしたら?」

「あ……」

 レオの言葉を裏付けるように、ステージ上ではセミロングが声を荒らげていた。

「どうしてその女があなたの隣にいるの!? 絶対に会わないって、未来なんて関係ないって言ってたじゃない! うそつき! この大嘘つき!」

「ち、ちがう! 違うんだ! 頼む、話を聞いてくれ! ……ぐうっ」

 セミロングのつたが優男に伸び、ぐるぐる巻きにして締め付けた。ショートカットの女子はその横でおろおろするばかりだ。ティアが慌てた顔で袖を引っ張る。

「先輩っ、あの人苦しそうですよ!? だ、大丈夫なんですかっ」

「植物のエレメントってことは緑簾石りょくれんせき辺りか。殺傷力が高いものは見たことないし、大怪我をすることはないと思うけど……」

 ほかの執行部員がいないものかと、レオは周囲を見回す。一応、レオも執行部員の肩書きは持っているものの、実はあまり学園内で暴れないように言い含められている。

 ここも本来なら他の執行部員に任せるところだ。しかし生憎あいにく、知った顔がいない。

 そうしているうちにティアがごうを煮やした。

「わたしもエレメントの悪用を止める執行部員なんですよね? 困っている人をほうってはおけません。レオ先輩がいかないなら、わたしがあの騒動を止めてきます!」

「え? いやだけど……あ、ちょっと!」

 止める間もなく駆けていってしまった。だが実力を見きわめるにはちょうどいいかもしれない。ティアは小さな体で「すみません、通して下さいっ」と野次馬をかき分け、ステージ上へおどり出る。

「そ、そこまでですっ。エレメントを解除して、その人を解放しなさい!」

 なんとなく予想した通り、不慣れな感じの警告だった。心なしか声もふるえている。

 セミロングがわずらわしそうにティアを睨んだ。

「誰よ、あんた? なんの権利があって私を止めるの?」

「英国校執行部員です! 今日からなんですけど!」

「はあ? 見習いか何か? そんなのがしゃしゃり出てこないで!」

「見習いでも執行部員です! 暴力はいけません。話し合いで解決しましょう」

 レオは野次馬のなかで「逆効果だ」と呟く。思った通り、セミロングが声を荒らげた。

「話し合いなんて山ほどしてきた! 私と彼はこれまでずっと話し合ってきたの! なのに裏切ったのは彼の方!」

 つたが締めつけを増し、優男が悲鳴を上げる。ティアは慌てた顔であたふたし、どうにか取っ掛かりになりそうな言葉を口にした。

「ひょっとして、お二人は恋人同士なんですかっ?」

 セミロングの表情がかげった。優男の悲鳴が止まる。蔦が緩んだようだ。

「……そうよ。私と彼は恋人同士。中等部のころからもう5年になる。……信頼し合える関係だったわ。どんなことがあっても二人いっしょだって誓い合ってた。だからウィンザーのパンデミックの時だって……救助がくるまで二人で励まし合って乗り切ったのよ」

 野次馬のなかでレオは苦笑した。

 未来視フェスタにいるだけあって、舞台上の彼女たちはパンデミックでも大きな痛手は受けなかったようだ。とくに怪我もなく『がんばろうね』とか言い合っているうちに救助がきたのだろう。もちろん本人たちにとっては一大事だったろうが。

「でも私たちの関係は徐々にすれ違っていった。パンデミックの時はおたがい口に出さなかったけど、やっぱり少しずつ……」

「何があったんですか……?」

「未来視よ」

 セミロングが泣きそうな目で優男を睨む。

「私はたの。彼は未来で……別の女と恋人同士になってた!」

 ティアが「え……っ」と口元を押さえる。

 セミロングは滔々とうとうと語った。

 彼女は未来でどこかのレストランを覗いていたという。そこには他の女と語り合っている彼がいた。レストランの外壁には南ブドウのつたがきれいに伸びており、それがまるで二人を祝福しているような気がして、今も目に焼き付いていると言う。

 レオは胸中で納得した。おそらくそのイメージでエレメントが蔦になったのだろう。

 ティアは舞台上のセミロングへ、取り成すように口を開く。

「でもレストランで語り合ってただけなら分からないじゃないですか。ほら、彼氏さんは何か事情があってその女性とたまたま食事してただけって可能性も……」

 セミロングはどこか大人びた表情で首をふった。

「私と彼は恋人同士なのよ。この学園に編入してからちゃんと話し合ったわ。お互いの未来視について正直にね」

「それじゃあ……」

 ティアが視線を向けると、優男はつたに拘束されたまま目を逸らした。

「僕は……正直に話した。未来視で僕は確かにレストランの彼女と恋人同士だった。ニューイヤーの予定を楽しげに話してたよ。……でも!」

 優男が声を張り上げた。

「僕はそんな未来信じない! 僕が好きなのは君だけだ! あんな未来はくるもんか!」

 野次馬がどよめいた。レオはお面の下で嘆息たんそくする。

 優男が口にした言葉は、今も世界中で議論されている議題の一つだ。

 すなわち、未来視は現実になるのか。今現在の時間軸と地続きなのか。

 Xデーの2029年12月31日が近付き、今、世界中の誰もが期待と不安に揺れている。舞台上のセミロングが良い例である。

 優男の啖呵たんかを受け、ティアがセミロングに向き直った。

「彼氏さんがここまで言ってくれているのに、信じてあげないんですか!?」

「信じてたわよ! 私だって二人なら乗り越えられるって信じてた!」

 セミロングの声は悲痛な色に染まっていた。その指先がショートカットを差す。

「なのに、なんでこの女がここにいるの!?」

「……っ」

 ティアがはっとした顔で息を呑む。このステージの趣旨を思い出したのだ。『ロミオ&ジュリエット』。未来視で出逢った、運命の男女を捜しだす企画。

 ティアはおそるおそるショートカットの方を向き、

「あなたが彼氏さんの未来の……?」

 するとショートカットは大慌てで手を振った。

「違う違う! あたしが未来で逢った王子さまはアジア人だもん! あたしもこの企画の参加者だけど、そこの彼と恋人になんてならないって!」

「え? あ、あれ? 違うんですか……?」

 ティアが目を丸くし、野次馬にも戸惑いの空気が流れた。この場にいる全員が『ショートカットこそ優男の未来の女』だと思い込んでいた。だが優男は首を振る。

「僕が未来で逢った女性はアビーという名前だった。長い赤毛でね。ここにいるショートカットの彼女とは別人だよ」

「えっと、それじゃあ……」

 どういうことなんですか? という顔でセミロングを見る。彼女はすべて知っていた顔で、苛立たしそうに語る。

 彼氏が正直に『アビー』のことを話した後、二人は絶対にアビーに出くわさないよう努めることにした。

 彼氏は友人関係のすべてを清算した。一緒にいるのは彼女だけと覚悟を決めた。

 だが、それが上手うまくいっていたなら今の事態にはなっていない。

 案の定、セミロングは苦々しく言う。

「彼にそこまでさせたんだもの。私も人付き合いはやめたわ。……もっともお節介なルームメイトはなかなか離れてくれなかったけど」

 そこでショートカットがひょいと手を挙げた。

「そのルームメイトってのがあたしのことね」

「え? え? え?」

 ティアは混乱して目をまたたく。するとショートカットがややため息交じりに言った。

「この学園に編入してきたら、同部屋の子がぜんぜん人と関わろうとしないからさ。ふつうは思うじゃない? 『ああ、パンデミックでつらい目に遭ったのかな』って。だからできるだけ元気づけようとしてたわけ」

 セミロングが苛立たしそうにそっぽを向く。

「あんまりにもしつこいから、私は理由を話したわ。恋人との未来を勝ち取るために、私たちの未来にアビーという女を介入させないために、他人と距離を置いてるんだって。そうしたら――」

 ショートカットがひどく肩を落とした。

「いるんだよね。あたしの友達に……アビーってが」

「え……っ」

 ティアと野次馬が息を呑んだ。

 ショートカットが言うには、友人のアビーはロングの赤毛で、優男やさおとこのアビーと外見が完全に一致するらしい。セミロングはすぐにルームメイトの変更を申し出た。少しでもアビーとの距離を取るために。

「その話、彼氏さんには……」

「もちろん話したわ。彼は安心しろって言ってくれた。そこのルームメイトと彼に面識はなかったから、間違っても会ったりしないと約束もしてくれた。なのに……っ」

「……ああ、その通りだ。君と約束しておきながら、僕は今日こうしてルームメイトの彼女を捜しだした。アジア人の王子様の話は聞いてたからね。それをかたらせてもらった」

「どうしてそんなことを……」

 ティアのつぶやきに優男は決然と答えた。

「アビーに会わせてもらうためだ」

 途端、セミロングが叫んだ。

「やっぱりあなたは私のことよりアビーを……っ」

「違う! 僕が好きなのは君だけだ! 信じてくれ!」

「どう信じろって言うのよ!? あなたの何を信じればいいの!?」

 つたから光の粒子が舞い上がった。優男から骨のきしむ音がする。ティアがぎょっとして蔦をつかむが、無論その程度でエレメントは止まらない。

「やめて下さい! こんなことしても無意味です!」

「無意味でもこうしなきゃ私の気が晴れないの!」

 蔦が引っ張られ、優男は受け身も取れず、顔面を強打した。

「なんとか言ってよ! せめて……言い訳ぐらいしてよ」

 セミロングはもう涙声だった。優男が顔を上げ、ぽつりと呟く。

「……弟がいるんだ」

 セミロングの眉が不可解そうに寄る。なんで今そんな話を? という顔だった。だが優男は構わず続ける。

「弟もパンデミックに遭ったけど、異能に覚醒しなかった。だから今は学園の外にいる。弟は子供の頃から腎臓が悪くてさ。長くないって言われてたんだ。先週、また入院して、それで久々に電話したんだ。その時、初めてお互いの未来視みらいしの話をした……」

 優男は引き裂かれそうな声で言った。

「弟は未来で移植手術をして元気になってた。その腎臓の提供者が……アビーだ」

 セミロングの顔が引きつった。ティアも呆然と呟く。

「そ、それってつまり……っ」

「きっと僕がアビーに出逢うことで提供者になり、手術は成功するんだ。僕は弟の未来視を実現したい。だから……っ」

 だから、今日こうしてアビーへの手掛かりを捜し当てた。恋人との約束を破ってでも。

 会場はすでに静まり返っていた。野次馬たちも誰ひとり口を開けない。

 張り詰めた空気のなか、セミロングの壊れたような呟きが響いた。

「は、はは……未来が追いかけてくる。どこまで逃げても追いかけてくる……っ」

 髪を振り乱して叫んだ。

「私たちは未来から逃げられないの――っ!?」

 エレメントの蔦が嘆きを表すように増殖ぞうしょくした。ステージの柱を叩き、床を削る。

 レオはくちびるを噛んだ。彼女の絶望は、レオの抱える絶望と同じものだったから。

 蔦によってステージが見る間に破壊されていく。捕らわれていた優男も引っ張られ、宙を舞った。さらには蔦を握っていたティアまでも空中に放り出されてしまう。

「正気に戻って下さい、彼女さん! このままじゃあなたの彼氏さんが……っ!」

 自分も放り出されながら、ティアはセミロングと優男を案じていた。優男は蔦に絡まれてエレメントを出せないらしく、ティアもヘリの落下から分かるように空中での安全策を持っていない。そしてセミロングにはもう誰の声も届かなかった。

「もういい! もう何もかもどうでもいい! 消えて! 全部私の前から消え失せて!」

 完全にエレメントが暴走していた。つたはもはや大樹のように茂っており、その一端が仮設ステージの天幕に激突した。吊りパイプが外れ、『ロミオ&ジュリエット』と表示された電光看板が野次馬たちの頭上へ落ちてくる。

 無数の悲鳴が木霊こだました。誰かがエレメントを使えばどうにかなっただろう。だが未来視フェスタの参加者は安穏とした生徒ばかりで、とっさに動けた者はいなかった。

 ただ一人の例外を除いては。

 それはライオンのお面をつけた、執行部員。

「第二段階、破滅の紅旗ブレイド・デザイア――解放」銀光がほとばしった。一条の斬撃ざんげきが空高く伸び、電光看板を真っ二つに斬り裂いた。

 刹那、空中に長剣を構えた執行部員の姿が現れる。

 斬撃が疾風のごとく放たれ、電光看板が一瞬にしてばらばらになった。もう落下しても害にはならない。

 輪ゴムが外れ、被っていたお面が宙に舞った。ティアがはっと声を上げる。

「レオ先輩……っ!」

「あまり手間を掛けさせないでくれ、後輩」

 空中でティアのえりを掴まえ、確保。優男の方もヒュンッと蔦を斬って解放する。

 優男はそのまま落下したが、寸前で鉱石を出していたので、おそらく大丈夫だろう。

 そして、レオはステージ中央にドンッと着地する。ティアもぽてっと尻餅をついた。

 野次馬が今までで一番のどよめきを上げた。助かったことにではなく、この場に現れたレオを見て。まだ蔦をうねらせているセミロングが悲鳴を上げる。

「な、なんでこんなところに出てくるの……っ!?」

 叫ばれるのは、悪名高き通り名。


「殺人鬼エンフィールド、『時計塔の殺人鬼ヴイクトリア・キラー』……っ!」


 それはこの英国で最も忌むべき者、レオ・エンフィールドを示す名である。

 彼は2029年12月31日、ロンドンの時計塔前で史上最悪の大虐殺を敢行する。

 男も女も関係なく、老いも若いも区別なく、すべてを斬り捨て血の海に沈めていく。

 その様子はテレビクルーに中継され、英国民の多くが未来視で『殺人鬼エンフィールドの惨劇をている自分』を体験している。

 そうして付いた通り名が『時計塔の殺人鬼ヴイクトリア・キラー』。

 レオは未来の殺人鬼として英国中から忌避きひされている。だが現代社会の法律は『未来でおかす罪』には対応していない。

 ティアが監視役として派遣されたのはこれが理由である。英国政府は法で裁けぬレオのあらを見つけようとしているのだ。

 また、英国校が本校と分校に分かれているのもレオが原因である。未来でエンフィールドの惨劇に関係する者は、すべて分校に送られている。

 無論、そうまでして未来の殺人鬼を保護していることに批判は集まる。

 毎月のように抗議や脅迫文が届き、マスコミからの突き上げも後を絶たない。それにもかかわらず、ジオウィングがレオ・エンフィールドを保護しているのはひとえに彼の有用性にある。

 ジオウィングがようする10万人の覚醒者中、レオが位置するのは――序列2位。

 彼はほぼ最強クラスの覚醒者なのだ。

「英国校執行部レオ・エンフィールド。エレメント不正使用の容疑でお前を確保させてもらう。大人しく投降しろ。さもなくば実力行使に出る」

 威圧的な口調で宣言し、長剣を舞台へザンッと突き立てる。そのひとみは冷たく、殺人鬼の名に恥じぬすごみを持っていた。セミロングは震えながら、精一杯手をかざす。

「何が投降よ……っ! 嫌よ、絶対に嫌!」

 両手が輝き、蔦がむちのように迫ってきた。

「反抗の意志を確認した。これより威力制圧に入る」

 レオは長剣を抜き、脇目も振らずに駆け出した。蔦が目前にくる。だが銀光が走り、一瞬にしてバラバラになった。セミロングが「そんな……っ」と目を見開く。

 辿り着いた。レオの左手がセミロングの胸倉を掴む。

「ひぃ……っ」

 引き倒し、背中から床に叩きつける。体全体で倒れたので見た目ほどの痛みはないはずだが、野次馬たちから「ひどい……っ」と声が上がった。レオは顔色一つ変えない。

「投降しないなら、こちらも容赦する必要はない」

 長剣をかかげた。切っ先は喉元を狙いすましている。セミロングの顔が青ざめる。

「う、うそ……嘘でしょ!?」

「嘘だと思うか? お前の目の前にいるのは――殺人鬼だぜ?」

「い、いや、いやぁぁぁぁっ!」

 セミロングが悲鳴を上げ、野次馬たちは絶句し、レオは笑みを浮かべて長剣を振り下ろす。だがその腕へ、

「駄目です、先輩!」

 ティアがすがりついてきた。切っ先はセミロングの頬すれすれに突き刺さる。

「……ちっ、外したか」

 レオはそう吐き捨てると、セミロングから手を離し、長剣を光にかえした。

 セミロングは心ここに在らずで震えている。レオはそれを一瞥いちべつし、

「後ほど執行部の人員がお前を訪ねる。素直に答弁するんだな。そうすりゃ停学程度で済むだろう」

 腕にくっついているティアを振り払い、レオは去っていく。

 後に残ったのは、ステージ上に散らばった電光看板の残骸ざんがい。長剣を突きつけられ、今も震えの止まらない女子生徒。悠々ゆうゆうと去る、傍若無人な殺人鬼の背中。

 それらの光景を目にし、野次馬の一人がぽつりと呟いた。

「……なんか、横暴じゃね?」

 声は波紋はもんのように広がり、盛大なブーイングへと変わった。

「殺人鬼のくせにでかい顔するな!」

ひどすぎるわ! 女の子がかわいそう!」

「英国の面汚し! この国から出ていけ!」

 みな、口々に殺人鬼エンフィールドを罵り、石やゴミまで投げられた。

 だがレオ本人はどこ吹く風といった様子でふてぶてしく笑い、中央庭園を後にした。

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