1章-2

 ジオウィング英国校には本校と分校がある。

 レオのいる本校はドーバー海峡から突き出すように作られた人工島だ。

 敷地はジオウィングの名が示す通り、一対の翼を広げたような形をしている。ライトサイドが研究区域、レフトサイドが商業区域となり、センターポイントの中央区域は生徒たちの居住拠点となっている。

 学園の性質上、ここにはヘリポートも数か所用意されている。

 レオは学園長室を出ると、程なくして第14校舎棟のヘリポートに到着した。

 ティア・ファーニバルの到着時間ちょうどである。

 セキュリティゲートにデバイスをかざし、認証許可を得て、屋上に出る。

 誘導員が着陸の準備に入っていた。彼らは学生ではなく、ジオウィングの職員である。

「生徒会執行部のレオ・エンフィールドです。転入生を迎えにきました」

 デバイスのウィンドウに身分証を投映し、誘導員に見せる。

 20代ほどの誘導員はレオを見て一瞬ぎょっとした。英国ではレオの顔は知れ渡っている。嫌悪感を表に出さない辺り、この誘導員はまだ良心的な方だ。

「……ご、ご苦労様です。まもなく到着かと。あ、ちょうどきました」

 誘導員が指差す先、ヘリが姿を現した。着陸許可の信号が送られる。

 ……と、ヘリの窓から紙束のようなものがバラバラと飛び散った。ホバリング中にも拘わらず、スウィングドアががらっと開く。

 少女が顔を出した。ティア・ファーニバルだ。年齢のわりに背は低く、おそらくレオの胸ほどぐらいしかないだろう。やはり顔立ちは美しい。しかし、

「……泣いている?」

「……みたいですね」

 少女は飛び散った紙束に手を伸ばし、あわあわしていた。プロペラ音でよく聞こえないが、泣き叫んでいる様子だった。

「……わた……の……転入……書類……コピー……ないのに……っ!」

 美人が台無しの取り乱し方だった。見ていると背後の座席にトランクが置いてあり、それがばたんと倒れた。ふたが開き、今度は下着が吹っ飛んでいく。

「ひゃああああああっ!?」

 パンツが飛び散り、悲鳴の質が変わった。プロペラ音をかき消すほどの大声である。そのまま真っ赤な顔で手を伸ばし、

「あ」

「落ちた」

 足をすべらせ、ティア・ファーニバルは真っ逆さまに落下した。

 だがレオも誘導員も、そしてヘリの搭乗員も慌てはしない。

 なぜならこの学園の生徒はすべて異能の覚醒者かくせいしゃだ。しかも彼女は英国政府からの監視役である。だいぶ取り乱してはいるものの、相当なエリートであることは間違いない。

「エレメントが飛行型とかなら問題は……」

 ないだろうし、とレオは言いかけた。だが、

「きゃあああああっ!? た、助けて下さあああああい!」

 ティア・ファーニバルは思いっきり助けを求めてきた。

 ヘリポートのふちで一瞬目が合い、そのままひゅーっと落下していく。

「おいおいおい、冗談だよな!?」

 さすがに慌てた。スウィングドアを開くくらいだから、てっきり飛行能力があるのかと思いきや、そんなことはなかったらしい。

「転入早々、転落死なんて勘弁してくれ! どんなエリートだよ!?」

 レオはヘリポートの縁へと駆けだし、右手をかざした。すると光の粒子が集まり、輝く鉱石が現れる。表面には十字の模様があり、全体が淡く光っている。

 異能の源――エレメントである。

 覚醒者は各々が固有のエレメントを宿しており、それを媒介に異能を発揮する。

 レオの場合は、この十字石だ。

 各エレメントには二段階の形状がある。しかし今は一段階目の鉱石状態で十分だった。

 レオの全身に力がみなぎった。異能に付属する効果、身体強化である。

 ゴムタイルの縁を地面方向へ蹴った。一瞬で少女へ追いつく。

「つかまれ、ティア・ファーニバル!」

「――っ!? は、はいっ」

 しがみついてきた少女を抱き締め、校舎の壁を蹴った。壁が陥没かんぼつし、直角に方向転換。

 そこには第13校舎棟が建っており、レオは彼女を抱いたまま教室の窓へ突っ込んだ。

 ガラスをぶち破ってごろごろと転がる。石膏の壁にぶつかってようやく止まった。

 少女に外傷がないことを目視で確認し、「ききいっぱつ……」とぼやく。

 学園の窓ガラスは特殊素材なので割れてもダマになる。おかげで切り傷もない。

 十字石を消し、腕のなかに目をやった。

「大丈夫か?」

「は、はい。おかげさまで……あの、ありがとうございました。九死に一生です」

 レオの腹の上で、少女はもぞもぞと体を起こした。

 長い髪がさらりと肩から落ちる。やはり、はっとするほど美しい。

 ……涙と鼻水でだいぶぐしゃぐしゃになってはいるが。

 まだ支給されていないらしく、英国校の制服ではなかった。首には私物らしいペンダントをつけている。綺麗きれいな銀細工の逸品である。

 少女はこちらの顔をまじまじと見てきた。透き通るようなグレイのひとみだった。そして少女は今さらのように「あ」と声を上げた。

「レオ・エンフィールド……さん? ですよねっ」

「ああ、俺がレオ・エンフィールドだ。君はティア・ファーニバルだね?」

 少女はこくこくと高速で頷く。当然ながらこちらのことはすでに知っているようだ。

 そして勢い込んで顔を近づけてきた。

「あ、あのっ、覚えてますか!? わたしは昔、あなたに――」

「俺に? なに? おそらく君とは初対面だと思うけど……」

 訊き返した途端、少女ははっと我に返ったような顔をした。

「あ、いえ、えっと……はい、そうです、完全に完璧に完膚なきまでにわたしたちは初対面ですっ」

 先程よりさらに高速で頷くティア・ファーニバル。ひどく挙動不審である。

「どうでもいいけど……とりあえずは体の上からどいてくれると助かる」

「へ? ああ、すみませんすみませんっ!」

 抱き締められているような格好にようやく気づいたのか、真っ赤になってあたふたと立ち上がる。美少女然とした見た目と違って、ずいぶんと落ち着きがない。

 それからティアはわざわざ深呼吸をして息を整えると、遅れて立ち上がったレオに対して、キリッと表情を改めた。

「わたしはティア・ファーニバル。あなたを監視するために英国政府から派遣されてきました。以後は同じチームのメンバーとして行動し、あなたの一挙手一投足を監視します。あなたは特務捜査官として様々な権限を与えられているでしょうが、もしもそれに乗じて反社会的な行動を取っていれば、即座に政府へ報告しますからそのつもりでいて下さい」

 フフン、という感じで髪をはらう。

「わたしの目は決して欺けませんよ? なぜならわたしは英国政府に育て上げられたエリートですから!」

 ばーんっと効果音でも鳴ってそうなドヤ顔だった。レオはなんとも言えず首をかしげる。

「えーと、じゃあヘリからダイブしたのもエリートの作戦か何か?」

「あ、いえ、それは転入書類が飛ばされちゃって、身を乗りだしたらパイロットさんがドアを開けてくれちゃって……」

「一般人は覚醒者を超人みたいに思ってるから、無防備に身を乗りだしたらパイロットも気を利かせると思う。でも転入書類ならデータがあるはずだけど」

「えっ」

「紙媒体の書類なんて形式上だけだから、あとでいくらでも印刷できる」

「そんな、じゃあわたし、なんのためにこんな目に……っ」

「率直に無駄だったとしか……」

「無駄っ!?」

 思いきりショックを受けるティア。だが現実を認めたくないらしく、またフフンと髪をはらう。しかし微妙にぷるぷるしていた。

「し、仕方ないです。特別に教えてあげますね? ヘリから落ちたのは実はあなたの言った通りわざとです。あれはあなたの良心と実力を見極めるため、あえてやったことなんです。つまりあなたはまんまとわたしのペースにめられたというわけで――」

「そうだ。これ返しておくよ」

 レオはひょいと左手を上げた。途端、少女の頬がボッと沸騰する。

「それは……っ」

 パンツである。

「ダイブした時、目の前を舞ってたんだ。余裕があったから回収しといたんだけど……まあ、あのまま行方ゆくえ知れずになるよりはマシかと思って」

 指の間で摘まみ、ぴらっとかざす。右からクマさん、ウサさん、キリンさんである。

「み、み、み」

「み?」

「見ないで下さあああああいっ」

 飛びつくようにパンツを回収。まんまとレオのペースに嵌まっている。

 なんかぎょしやすそうな監視役だな……、とレオは思った。

 


 翌日の放課後、ティア・ファーニバルに呼び出された。

 場所は学園内の一角、煉瓦れんがの敷き詰められた広場である。レオがいくと、ティアは花壇のブロックの上で仁王立ちしていた。何やら気合いが入った顔でキリッとしている。

「きましたね。時間ぴったり。殊勝しゅしょうな心掛けです。褒めてあげます」

「ひょっとしてずっとブロックの上で待ってた……?」

「エリートですから!」

 ばーんと胸を張るが、エリートまったく関係ない。どうやら形から入る性格らしい。

 昨日も感じたが、どうも彼女は表情の豊かすぎるところがあった。

 黙っていればはかなげな美人なのに、動いたり喋ったりすると途端に子犬めいてくる。おかげで貫禄かんろくも何もなかった。

「今日きてもらったのはミーティングのためです。曲がりなりにもこれからチームとして行動していくわけですから、色々と意思統一が必要です」

「ん。確かにそれは同感だけど」

「理解が早くて結構です。じゃあ、教えて下さい。わたしたちは何をするんです?」

「……まさかそれも知らずに派遣されてきたと?」

「む。そんなわけないじゃないですか。あなたが先輩としてきちんとリードできるのか試してるんです。わたしの任務はあなたの監視ですが、転入してきた以上、学園の仕事もちゃんとこなします。もちろんそれについてはあなたの方が先輩ですから、ちゃんと立ててあげるつもりです。だからきちんとこれからのことを教えて下さい。レオ先輩」

「先輩かぁ」

「あ、わたしのことは特別にティアって名前で呼んでいいですよ。どうです、このふところの深さ。さすがエリートですよね? ね?」

「まあ、なんでもいいけど……」

 確かに彼女はジオウィングにきたばかりなので説明する必要はあった。一応、納得し、レオは気持ちを切り替える。

「じゃあ、まずは基本的なところから話そう。この学園の目的は分かる?」

「当然です。ジオウィングは夢現譜症候群デイー・スコア・シンドロームの原因解明のために存在しています」

 ティアはブロックの上でまた胸を張る。レオは苦笑しつつ「その通り」とうなずいた。

 ジオウィングの設立当初、かかげられていたのは『覚醒者かくせいしゃとなった若者たちの保護』だった。だが現在は状況が変化し、『夢現譜症候群という現象の解明』こそがジオウィングの存在理由となっている。一般の職員も学園内には大勢いるが、現象解明の主体となるのは覚醒者たる学生たちである。

「割り振られる仕事は、異能の適性によって色々ある。多くの生徒はチームを組み、複数人で任務に従事しているんだ。俺のチームはまあ俺だけなんだけど」

「今日からはそこにわたしも入るわけですね。大船に乗ったつもりでいていいですよ」

「そりゃ助かるよ。俺のチームの役目は特務捜査。果たすべき使命は、感染源かんせんげんの特定だ」

 パンデミックの拡大傾向から『現象を広めている主体』、つまりは感染源が存在することは確定的だとされている。だがそれが何かまでは分かっていない。

 夢現譜症候群デイー・スコア・シンドロームについてはまだ謎ばかりである。

 たとえば、なぜ未来視みらいしなどという現象が発生するのか。

 未来視の内容は、そっくりそのまま1年後に実現するのか。

 パンデミックという巨大な悲劇を回避する方法はないのか。

「一刻も早く感染源を特定し、未来視の謎を解明する。それが俺たち特務捜査官の使命なんだ」

 現在、ジオウィングの生徒数は各国合計で約10万人。エレメント特性や実績によってランキング付けがされており、特務捜査官はその上位メンバーから選出される。

 序列が高いほど危険な現場への派遣率も高くなり、レオのチームに組み込まれたティアは、自動的にレオの序列と同じ扱いとなる。つまり末期的に危険な現場ばかりである。

「君にその覚悟と実力はあるか?」

「フフン、誰に言ってるんですか。ドンとこいですよっ」

「……いい返事だ」

 昨日のダイブなんてなかったような返事である。

「なら、これを渡しておくよ」

 レオは制服のポケットから腕輪うでわ型のデバイスを取り出し、ティアへ手渡した。

「ジオウィングの研究所が開発したデバイス。通信機能やネットワーク機能はもちろんエレメントの制御補助など、色んなサポートをしてくれる。君のデータは入れてあるから身分証明にも使える。学外では特務捜査官、学内では執行部の身分を証明できるんだ」

「執行部?」

「生徒会執行部のこと。俺のチームに入ったことで、君も自動的に所属することになる。仕事については追い追い説明しよう」

 とりあえずはデバイスの操作方法を教え、そのまま自主訓練に移行することにした。

 ジオウィングでは一般的な教育課程とは別に、任務やエレメントごとの訓練課程も組み込まれている。レオの場合はそこからさらに自主訓練することが多く、ティアにも付き合ってもらうことにした。

 というのも早急に彼女の実力を知る必要があった。あまり考えたくはないが、昨日のようなミスが頻発ひんぱつするようであれば、本当に現場で死にかねない。

「よし、訓練開始だ」

「ラジャーです。わたしについてこれますか、レオ先輩っ」

 ……と、元気な返事がきたものの、予想は悪い方に当たった。

 彼女はどうにも政府のエリートとは思えない実力だった。

 まず運動能力が高くない。準備運動として走り込みを始めたところ、最初の10キロで力尽きてしまった。本人はぜーぜー言いながら「せ、先輩の体力が異常なんです……っ」と目を白黒させていたが、非常時には様々な要因で体力気力が削られる。平時に10キロ程度は流せないと色々厳しい。

 またティアは妙に世間知らずなところがあった。

 世界情勢をあまり理解しておらず、それどころかエレメントの知識も妙に乏しい。

「エレメントって形状が二段階あるけどさ」

「?」

 走り込みの後、ティアにスポーツドリンクを買い与えて、そばの歩道で休憩している。

 世間話がてらエレメントについて話したところ、首を傾げられてしまった。

「……えーと、君も覚醒者なんだよな?」

「もちろんです。何当たり前のことを言ってるんですか」

 レオはいぶかしく思いつつ、座っていた縁石えんせきから立ち上がり、手をかざす。

 光の粒子が集まり、輝く十字石が現れた。

「君も知っていると思うけど……これが第一段階、鉱石の状態。俺の場合は十字石。他にも孔雀石くじゃくせき氷晶石ひょうしょうせき、石英、ルチルとか、人によって鉱石の種類は異なる。これは各々の未来が反映され、結晶化したものだと言われてる」

「わたしのエレメントもこんなふうに石になってます。でも第二段階なんてないですよ?先輩はひょっとしてここからまた変わるんですか?」

「俺はというか、だいたいみんなそうなんだけど……。第二段階は鉱石以外の形に変化するんだ。形状は人それぞれで、より未来を暗示したものになっている。そして異能は第二段階でこそ、真の力を発揮する」

「むむ、それはさすがのわたしでも興味深いです。ちょっと第二段階にしてみて下さい」

 ティアが身を乗り出して十字石を見つめてくる。どうやら本当に知らないらしい。だがレオはエレメントを二段階目にせず、十字石を光にかえした。

「あれっ? なんで消しちゃうんですか?」

「あまり人に見せたいものじゃないんだ。俺の未来はほら、なんていうか……」

 こちらの言いたいことを理解したらしく、ティアは「……あ」と呟いた。だがそれでも少し残念そうだった。

 あまり一般的ではない反応である。そもそもこの英国では誰もがレオ・エンフィールドに嫌悪感を持っている。ましてやレオのエレメントを見たがる人間などいるはずがない。

 そういう意味で彼女の頓着のなさは監視役に適したものかもしれない。

 だがティアの運動能力の低さ、知識の乏しさにレオはかなりの不安を覚え始めていた。

 この少女を捜査に同行させれば、本気で死にかねない。

 現場には連れていかず、置いていくべきだ。もちろん本人は承服しないだろうが……。

「ティア・ファーニバル」

「むむ、名前で呼んでいいって言ったんだから、ちゃんとティアって呼んで下さい」

「そんなことはどうでもいいんだ」

 意識して声を低くする。置いていくと言ってもおそらく彼女は納得しない。

 だから脅してでも説得する。レオはわざと表情を消した。

「レオ先輩?」

 雰囲気が変わったことに気づき、ティアが首をかしげる。

 だがその時、路地から音楽が流れてきた。サンバのような軽快なミュージックだ。

 その音に乗って、着ぐるみたちが現れる。ライオン、ウサギ、猿、犬、馬、盛りだくさんである。ライオンが華麗に一回転し、周囲に声を張り上げる。

「はいはーい、今日は月に一度の未来視フェスタだよ~。中央庭園でやってるから未来を待ってる良い子はどんどんきてね~」

「わ、かわいいっ。先輩先輩っ、なんですかなんですかあれっ。何かのお祭りですか?」

 ティアの興味が一気に移った。思いきり出鼻をくじかれ、レオは肩を落とす。

「……未来視フェスタ。学園の名物で、毎月やる学園祭みたいなものだよ」

 もともとはフランス校の情報交換会がもとだった。

 夢現譜症候群デイー・スコア・シンドロームに感染すると、人は自分の未来を体験する。だがそれはたった3分間の未来でしかない。少しの未来を知れば、もっと知りたくなるのが人情だ。

 より多くの未来を知る方法は存在する。単純に『自分と関連する未来を体験した誰か』を捜せばいい。ネット掲示板に片っぱしから書き込んでもいいし、新聞の広告欄で情報提供を求めてもいい。最近では企業が未来視のマッチングビジネスも行っている。

 そんななか人気が高いのは、イベントへの参加だ。未来の情報交換をメインにしたイベントは大きな街なら定期的に開催されている。顔を合わせて話せるので、信頼性も高い。

 ジオウィングの場合は、フランス校が始めたのがきっかけだった。開催回数を重ねる度に規模が拡大し、露店ろてんや出し物までするようになった。すると日本校やアメリカ校が真似しだして、各国に広まった。ここ英国校でも月に一度は開催されている。

 基本的に学園内の顔ぶれは同じなのだが、状況が変わって今まで参加しなかった生徒がやってくることもある。情報交換会としての役割は意外に大きい。

「……もっともこんな楽しげに情報を求めるのは、幸せな未来をた側だけなんだけど」

 陽気な着ぐるみたちを眺めつつ、レオはぽつりと呟いた。

 不幸な未来を視た者たちは、もっと鬼気きき迫っている。安穏あんのんなやり方には早々に見切りをつけ、もっとアンダーグラウンドな方法に切り替えることが多い。

 このフェスタにいるのは、Xデーをのんびり待つことを許された、幸せな者たちだ。

 ティアはレオの呟きには気づかなかったようで、着ぐるみたちへしきりと手を振っている。

「あのあの先輩っ、ちょっとだけフェスタを覗いてみませんか?」

「いや、いいのかそれ。君、俺の監視役として派遣されてきた身だろ」

「学園の内情を知っておくのも任務のうちです」

 えへん、とまったく悪びれなく胸を張る。レオは頭をかいた。

「分かった。なら俺は外で待ってるよ。でもあとで話があるから、一通り見たら戻ってきてほしい。会場はそこの路地の先だから」

「え、先輩はいかないんですか?」

「俺がいったら空気がこおる」

「だったらこれをかぶっていけばいいです。はい、どうぞ」

 ティアがぱっと何かを差し出してきた。紙製のお面だった。日本校辺りから流れてきた文化だろう。デフォルメされたライオンに耳かけ用の輪ゴムがついている。

「さっきの着ぐるみさんがくれたんです。これを被れば大丈夫ですよね?」

「なるほど……顔を隠せる配慮なのか」

 参加者のなかには秘密裏ひみつりに未来を知りたい者もいる。そういった生徒のための配慮だろう。これは知らなかったので、つい感心してしまった。

 だとしてもいくわけにはいかない。指で『あっちで待ってる』と示し、背を向ける。

 だがすぐにカクンッとつんのめった。振り向くと、ティアが上着のすそをつかんでいた。

「先輩もいきましょうよ……」

 まるで捨てられた子犬のような目で見つめてくる。何やら罪悪感を起こさせる目だ。

「……あのさ。君は監視役で、俺は監視対象。俺たちはある意味、敵対関係じゃないか」

「……どうしてもダメですか?」

「いやどうしてもってわけじゃないけど……ただ、論理的じゃないというか」

 レオが困っていると、それに気づいたのか、上着の裾がはなされた。

 ティアはちょっと泣きそうなぐらいの顔でみを浮かべた。

「やっぱりダメですよね。公私混同ですし。ごめんなさい、困らせちゃって……」

 そのまましゅんと肩を落としてしまう。さっきまでの悪びれない感じが鳴りをひそめていた。そんな殊勝な顔をされると、レオの良心は針のむしろである。

「……分かった。10分だけなら」

「やったーっ! そうこなくっちゃですっ」

 一転して全身で喜びを表現するティア。パタパタしたしっぽが見えそうである。

 なんなんだろう、このは……と思いながらライオンのお面を受け取ると、早く早くとばかりにそでを引っ張ってくる。

「先輩先輩っ、なんだか美味おいしそうなにおいがしますよっ、ほら早くっ」

「分かった、分かったから……っ。引っ張らないでくれ」



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