【3分キャンペーン】インスタント・ビジョン 3分間の未来視宣告

角川スニーカー文庫

プロローグ

|もしも未来を知ることができたなら。

 誰もが一度はそんなことを考える。もちろん実現することはない。時間というのは地続きで、未来は現在の延長にしかないのだから。世界中の誰もがそう思っていた。

 実際に未来を体験する、その時までは。

 感染する未来視みらいし――夢現譜症候群デイー・スコア・シンドローム

 この奇病が発見されたのは、2021年の中頃だった。

 夢現譜症候群に感染すると、人間の意識は未来へ飛ばされる。

 それがいつの未来なのかは程なくして明らかになった。

 西暦で2029年。

 月日は12月31日。

 時間は23時57分。

 そこから約3分間、感染者は未来の自分を体験する。

 多くの人はこれを奇跡だと感じた。

 たとえば、恋人たちは未来で幸せな家庭を築いていることを知り、結婚を決めた。

 たとえば、実業家は未来で成功者になっていることを知り、ハイリスクな投資をした。

 彼らにとって夢現譜症候群はまるで天からの祝福だった。

 しかしすべての人間が喜びを得たわけではない。

 未来視は感染する。

 望まない者にすら、未来を突きつけてしまう。

 たとえば、定年間際の警官は、未検挙のまま時効を迎えることを知ってしまった。

 たとえば、甥を救おうとした医師は、手術が失敗することを知ってしまった。

 明暗ははっきりと分かれた。

 幸福を知った者たちは、あの未来が訪れるように願っている。

 不幸を知った者たちは、あの未来を変えようともがいている。

 それぞれの想いが交錯するなか、Xデー――2029年12月31日が近づいてくる。

 物語はその3年前、一人の少年を主人公として始まる。

 彼はヒーローに憧れていた。強く優しいヒーローになりたかった。

 けれどその日、未来を突きつけられてしまう。

 お前は人類史上最悪の――殺人鬼になるのだと。

 Xデーの3年前、2026年2月。

 夢現譜症候群の存在はすでに世界中に知れ渡りつつも、まだ社会全体としての向き合い方が定まっていなかった頃。

 その日、14歳のレオ・エンフィールドはスクールバスに乗っていた。

 場所は英国のウィンザー近郊。ペンキの剥げかけた車体がハイウェイを走っていく。座席はすでにレオと級友たちで埋まっている。

「なあ、レオ! 誰を誘うかもう決めたのか?」

 そう話しかけてきたのは、栗毛にそばかす顔のブラウンだ。

 レオは窓際で日本のマンガコミックを読んでいた。顔を上げ、肩を竦める。

「誘うってなんのことさ、ブラウン?」

「決まってんだろ、週末のダンスパーティーのことだよ! 今さらとぼけるのはやめようぜ、兄弟」

 中等部ではこの週末、ダンスパーティーが開かれる。

 半期に一度のお祭りだ。英国紳士の卵としては、ぜひ麗しのレディを射止めたいところである。実際、スクールバスのなかはこの話題で持ちきりだった。

 真っ向から訊かれてとぼけるのも野暮である。レオは観念してコミックを置いた。

「正直、迷ってるんだよ」

「迷ってる? 誰を誘うかってことをか? ああ、分かるぜ。目移りしたって不誠実ってことにはならないさ。なんせ俺たちのまわりにいるのは素敵なレディたちばかりだ」

「それはその通りさ。彼女たちはみんなそれぞれ魅力的で美しい。でも俺が迷ってるのはそこじゃないんだ。つまりさ、俺が誘っていいのかってことだよ。ほら俺は……生粋の英国人じゃないから」

 そう言うと、レオは少し気まずい気持ちで身じろぎした。

 レオは日本と英国のハーフである。両親はすでに他界してしまったが、父からは黒髪、母からは青い瞳を授かっている。幼い頃の記憶しかないものの、両親のことは誇りに思っている。だが英国社交界を模したダンスパーティーとなると、生粋の英国人でないことに遠慮を感じてしまうのだ。

 そんなレオの心情を汲み取ったのか、ブラウンは「お前ってやつは……」と大げさに首を振った。同時に背後の座席から太っちょのチャーリーが顔を出した。彼はチョコレートを一かじりし、

「ジェニファーが『レオにはエキゾチックな魅力を感じる』って言ってたよぉ。あとローリーも『レオは誰を誘うのかしら?』って気にしてるみたい」

「それ本当かい、チャーリー? 俺、信じちゃうよ!?」

「嘘なんて言わないよぉ」

 目を丸くするレオに、チャーリーはチョコレートだらけの口でにかっと笑う。

 ブラウンも八重歯を見せ、「やったな、兄弟!」と肘で小突いてきた。

「細かいことなんて気にすんな。レオは立派な紳士で、俺たちの立派な仲間だ。それがただ一つの真実さ」

「ありがとう、ブラウン、チャーリー。こんな素晴らしい友人たちに囲まれて、俺はなんて幸せ者なんだ」

 レオは二人と熱く握手を交わし合う。女性陣からの評価ももちろんだが、みんなのなかにちゃんと自分の居場所があることが誇らしかった。

 会話を聞いていた他の男子たちも集まってきて、作戦会議が始まった。一人はみんなのために、みんなは一人のために。全員で最高のダンスパーティーを迎えるため、それぞれに知恵を出し合う。

 皆、なんの疑いもなく信じていた。今日の先に明日があり、週末にはダンスパーティーを迎え、平和な日々は続いていくと。当たり前の毎日を積み重ね、自分たちはいつか大人になるのだと。

 この瞬間までは。

「え――?」

 それは唐突に起こった。

 歌が聞こえた。まるで讃美歌のように荘厳で、鎮魂歌のように哀しい歌だ。

 同時、レオの視界は光に包まれた。まるで魂を焦がすような、強い光だ。

 するとスクールバスの景色が消え、レオの意識は遙か彼方へ飛ばされた――。



 ――意識がどこかに到達した。

 レオは視界が回復したことに気づく。しかしそれはスクールバスのなかではなかった。

 ロンドンだ。時計塔が見えたことで、レオはここがロンドンなのだと認識した。

 バスの天井は夜空に変わり、スプリングの軋む座席はどこかへ消え、いつの間にかテムズ川沿いの道路に立っていた。

 変化はそれだけではない。

 目の前に群衆がいた。ロンドン市民だ。これといった統一性はなく、老人も若者も子供もいる。その老若男女、全員が鬼気迫る表情でレオへと向かってきていた。

 なんだこれ? 何がどうなってるんだ!?

 周囲を見回そうとした。だが首が動かない。体が言うことをきかなかった。かと思えば突然、手足が勝手に動き出した。まるで体と意識の連結が外れてしまったかのように。

 自由のきかない右手には長剣が握られていた。

 それを見て、意識だけのレオはぎょっとする。

 中世の騎士が使うようなロングソード。

 星屑をちりばめたような銀色で、刀身には流線形の溝がある。長剣全体が淡く輝き、光の粒子を放っていた。

 だがレオを驚かせたのはそこではない。

 血がついていたのだ。レオの握る長剣は、べっとりと血に濡れている。

 そして右手が長剣を振るった。

 眼前にはちょうど若い男が迫っていた。背広を着た、ビジネスマン風の男だ。彼はスーツケースを振り上げ、レオに殴り掛かろうとしていた。

 長剣が軌跡を描く。レオ自身の意志に関係なく、鮮やかな斬撃が放たれる。

 男が斬られた。肩から腹まで思いきり斬り裂かれてしまった。

 肉を斬る生々しい感触がくる。自由はきかないのに、感覚だけはある。レオの意識は嘔吐しそうになった。だがそれは意識だけの感覚に過ぎず、肉体は嘔吐どころか、次の標的に狙いを定めている。

 中年の女だった。アップル・マーケットで買い物でもしていそうな、どこにでもいるご婦人だ。彼女は麦で編んだバッグを提げ、ワインの瓶を振り下ろしてくる。

 レオの肉体は素早く避け、婦人の胸を斬り裂いた。

 また肉を斬る感触がきて、血飛沫が舞う。

 次に向かってきたのは、杖を持った老人。その次はヘッドホンを首に掛けた若者。

 レオの肉体は流れるような動きで、次々に斬り殺していく。

 レオの意識は声にならない悲鳴を上げていた。

 やめろ、やめてくれ! 俺はこんなことしたくない! なんなんだよ、これは!?

 意識の悲鳴を無視し、肉体は惨殺を続けていく。

 視界の端に、また時計塔が映った。

 針が示すのは、11時57分。

 空に星が見えるので、正しくは23時57分だろう。

 その瞬間、レオは理解した。

 これは未来視みらいしだ。

 感染する未来視、夢現譜症候群デイー・スコア・シンドローム

 その概要は教育機関や政府広報によって学生たちにも周知されている。

 この奇病に感染した者は、意識を2029年に飛ばされる。さらに正確に言えば、飛ばされる先は2029年が終わる直前、つまりは12月31日23時57分。

 肉体が言うことをきかないのも当然だった。この肉体は意識のレオではなく、未来のレオが所有するものなのだ。

 状況に説明をつけることはできた。だがその理解がさらなる混乱を生じさせる。

 俺はなんでこんなことしてるんだ!? こんな人殺しみたいなことを……っ!

 こうして視ているだけで、すでに惨殺体は二桁を超えていた。

 23時57分以前からこの凶行を行っているとすれば、一体どれだけ殺しているのか見当もつかない。

 意識が愕然としている間も肉体は惨殺を続けていた。

 今、斬り殺したのは若い女。髪留めをつけた、ポニーテールの女だった。女は斬られると、助けを求めるように手を伸ばし、レオのシャツを掴んだ。

 レオが着ているのはどこかの学校の制服だった。女が倒れるとシャツが破れ、レオの素肌が露わになる。その胸には傷跡があった。

 左胸から右わき腹にかけて一直線の傷。すでに古傷のようで血は出ていない。

 14歳のレオにこんな傷跡はない。やはり今視ているのは未来なのだ。

 時計塔の針が進んでいた。時刻は23時59分。

 夢現譜症候群で飛ばされるのは3分間。この未来視はあと1分で終わる。

 するとその時、レオが叫んだ。意識のレオではない。肉体の所有者、未来のレオだ。

 その叫びは、迫ってくる群衆に向けられていた。

「邪魔をするなッ! 俺がスクルドを殺さなきゃ終わらないんだッ!」

 凄まじい怒気をはらんだ声だった。湿気を含んだロンドンの大気が震えるようだった。

 意識のレオには、未来のレオが何を考えているかは分からない。

 未来に飛ばされた意識はあくまで傍観者でしかない。未来の自分の思考は読み取れないのだ。それが夢現譜症候群の特徴である。だが感情だけはおぼろげに伝わることがある。

 レオは未来の自分の感情を感じ取っていた。

 煉獄のごとき怒り。そして激しい焦燥。

 未来のレオは何かに追い詰められていた。追い詰められながら、無数の人々を惨殺している。

 何があった!? 未来の俺に何があって、こんなことになったんだ!?

 レオは混乱の極みに達していた。

 時計塔の針が進む。2029年を終わらせるように、二つの針が重なっていく。

 そして、視界が再び光に包まれた――。



 ――意識が旅を終え、レオははっと目を覚ました。

 もう右手に長剣はない。確かめるように手のひらを何度も握る。

「動く……。ちゃんと動く。俺の、今の俺の体だ」

 そう認識した途端、腹部に痛みが走った。思わず呻いてしまう。

 シートベルトが腹に食い込んでいた。レオはようやく自分の置かれた状況に気づく。

 スクールバスが横倒しになっていた。

 景色が90度倒れ、車体の左側が床になっている。

 レオは右の窓際に座っていたので、今やここが天井になっていた。転げ落ちなかったのは幸いだが、シートベルトで宙吊りになっている。

 なぜこんなことに、とは思わなかった。学校の特別授業で学んだ通りだ。

 夢現譜症候群で未来に飛ばされている間、肉体は意識という主人を失って、気絶状態になる。運転手がレオ同様に感染し、意識を失ったのだろう。そのせいでバスが横転してしまったのだ。感染したのはレオだけではなかったらしい。

「ブラウン! チャーリー! みんな、大丈夫か!? 返事をしてくれ!」

 宙吊りのまま声を張り上げた。しかし返事はない。周囲の座席は無人だった。どうやらレオだけが運よく宙吊りになったらしい。螢光灯が割れていて見通しもきかなかった。

 だが床になっている方向におぼろげに人影が見えた。座席から投げ出された級友たちが折り重なっているのだ。

「とにかく助けを呼ばないと……っ」

 レオはひじ掛けを掴んでシートベルトを外し、天井側になった窓を開ける。枠がひしゃげていたが、どうにかこじ開けることができた。

 プレーリードッグのように窓から這い出し、バスを脱出。

 横倒しになった車体に立って、周囲を見回す。そしてレオは絶句した。

「そんな……っ」

 悲惨な光景が広がっていた。

 ハイウェイ中の車が衝突事故を起こしている。玉突き状態で潰れ、なかにはガソリンで炎上している車もあった。ハイウェイには悲鳴と怒号が木霊している。

 だが悲劇はそれだけではない。レオたちがやってきた方向、ウィンザーの街からも黒煙が上っていた。ハイウェイと同様の事態が街にも起こっているのだ。

「パンデミックが起こったんだ……」

 通常、夢現譜症候群の感染力はそれほど強くない。風邪などと大差なく、一人二人の感染者が出ても先進国ならばすぐに対応できる。

 だがその定石は時折、巨大な悲劇によって覆されてしまう。

 一斉感染のパンデミック。

 これが起こると、最悪、街一つがまたたく間に未来視に飲み込まれる。街中の人間が一斉に意識を飛ばされ、事故や災害が多発し、凄まじい数の死傷者が出てしまうのだ。

 実際、過去のサンフランシスコ大感染では14万5000人、パリ大感染では60万人近い死傷者が出ている。

「やばいやばいやばい、どうすればいいんだ……っ!?」

 パンデミックが起こった時点で、外部からの助けは望めない。二次感染を避けるため、確定安全ラインの24時間が経過するまで外部の救助隊は入ってこない。

 ウィンザーのレスキュー隊は街のなかで手一杯だろう。ハイウェイに救助はこない。

「誰かっ、誰か助けて下さい!」

 レオは大人たちへ助けを求めようと、サイドミラーに足を掛け、バスから降りた。

 その直後のことだった。背後で閃光が瞬き、バスが爆発した。

 ガソリンが漏れ出ていたのだろう。爆風に煽られ、レオはアスファルトの上を転がる。

 擦り傷だらけになって顔を上げた。

 馴染んだスクールバスが赤く燃え上がっていた。

「嘘だろ!? こんなの嘘だよね!? ブラウン、チャーリー、みんな……っ!」

 レオの眼前で炎は無慈悲に燃え上がる。突きつけられたのは、級友たちの明確な死。

 死。

 それを思った瞬間、記憶が揺さぶられた。

 未来で視た光景が、脳裏にフラッシュバックする。

 殺到する群衆。斬り刻んだ肉の感触。山のような惨殺体。

「ぐっ……ッ!」

 堪らず、その場で嘔吐した。現在と未来。二つの絶望に呑まれ、レオは胃のなかのものをぶちまける。

 と、背後で声がした。他の車の生存者たちだった。

「ちくしょう、なんでこんなことに! あっちのバスも燃えてやがる。おい、もういい。帰還するぞ!」

「しかし護送対象がまだなかにいます!」

「放っとけ! 奴に関わってたら命がいくつあっても足りん!」

「でもガソリンが……っ」

 ガソリン。その言葉にぞっとし、振り向いた。二人組の男が車を捨てて去っていくところだった。護送車らしき黒塗りの車だ。車列から離れ、一台だけハイウェイの端に激突している。底面からガソリンが漏れ、水たまりを作っていた。

 あちらもいつ爆発するか分からない。なのに、レオは気づいてしまった。スモークの張られた窓、その奥に――小さな手が見えることに。

「あ、あ、あ……っ」

 震えながら周囲を見回す。誰かに気づいてほしかった。しかし誰もが目の前のことに手一杯だった。ハイウェイはすでに事故車と怪我人で溢れていて、動ける者はとうに救護をしている。今、あの護送車へ助けにいける人間はいなかった。

 ただ一人、レオ・エンフィールドを除いては。

「ああ……っ、ちくしょう!」

 駆け出した。今にも爆発しかねない護送車の窓に張りつき、なかを覗く。

 天井が折れ曲がり、座椅子が複雑に絡み合っていた。手はその奥から伸びている。

 わずかに顔が見え、レオは一瞬息を呑んだ。

 まるで絵画から抜け出てきたような美しい少女だった。

 艶めいた長い髪。陶磁のように白い肌。

 触れれば消えてしまいそうなほど、儚げな少女だった。

 目が合った。

「……て、手をこっちに! 急いで!」

 上半身を護送車へ突っ込み、手を伸ばした。

 少女は助けがきたことに驚いたようだった。目を丸くし、だがすぐに首を振った。

「……いいんです。わたしは、もういいんです」

「何がいいんだよ!? ガソリンが漏れてるんだ! すぐに爆発するぞ!?」

「順番がきたんです。今度こそわたしの番。だからわたしはもうここで……」

 言っている意味が分からなかった。ひょっとすると、彼女も絶望的な未来を視てしまったのかもしれない。だがそんなのはレオも一緒だ。限界まで手を伸ばし、叫んだ。

「君は今、生きてるんだろ!? だったら生きなきゃいけないんだよ! どんな未来が待っていようと、みんなの分まで生きていかなきゃいけないんだッ!」

 少女の瞳が大きく揺れた。まるで言葉がどこか深いところへ届いたように。

 細い手が恐る恐る伸びてきた。

 ほぼ同時、聞こえてきたのは、火花の散る音。引火した、とレオは直感する。

 少女の手が触れた。温かかった。命を感じた。

 死ねない。この手を握っている限り、俺は死ぬわけにはいかない……っ。

 そう心で叫んだ瞬間、手のひらに光が生まれた。光は十字の刻まれた鉱石に変わり、そのままロングソードへ姿を変える。未来で視た、あの長剣だった。

 少女が驚きに目を見開く。

「あなたは……っ」

 応えている暇はない。なんでこんなものが出たのかも分からない。だが全身に力が漲っていた。未来の自分のように体が鋭く動いた。周囲の座椅子を斬り裂き、少女を抱いて護送車を飛び出す。

 ほぼ同時、爆発が起こった。轟音と突風に吹き飛ばされる。

 少女を守るように抱き締め、アスファルトの上を転がった。

 ごろごろと転がってようやく止まると、長剣が弾けるように消えた。

 腕のなかで少女ががばっと顔を上げる。どうやら怪我はないらしい。

「あの、だ、大丈夫ですか!?」

 透き通った瞳が護送車の炎に照らされ、琥珀色に揺れていた。

 レオの青い瞳を空とするなら、大地の稲穂のような琥珀色だった。

 返事をしようとすると体中がズキズキと痛んだ。呼吸するのも辛い。だが少女が泣きそうな顔をしているので、どうにか口を開く。

「……大丈夫。俺、未来でも生きてたから。だから死なない。きっと死ねないんだ……」

 なんとかそう絞り出し、気を失った。



 次にレオが目を覚ましたのは、24時間後。救助隊に搬送されている最中だった。

 あの少女の姿はなかった。レオには緊急保護プログラムが適用され、すぐにある特殊な学園へ保護されることとなった。

 あの少女がどうなったのか。今もレオには分からない――。

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