02.従順インプット-side K
昼休み。弁当を食べ終えると教室の外へ出た。
自動販売機からコーヒーを取り出し顔を上げると、目の前に仏頂面の西崎が立っている。
いい加減、視線が痛い。
気付かない振りをして西崎の目の前を通り過ぎた。
ガコン。
「うわ、間違えた。甘いの飲めねーって……」
西崎の独り言が聞こえてくる。
彼の手の中には似合いもしないピンクの装丁のイチゴオレ。
「やるよ」
そんなつもりもなかったのに、俺は反射的に投げていた。
投げたコーヒー缶は綺麗な放物線を描いて西崎の方へ飛んでいく。
西崎は驚きながらも目の前に飛んできた缶を目測を見誤ることなくキャッチした。
「こんっ……!」
西崎が何か言いかけたが、俺が自動販売機の前に立つのを見てやめた。
「お前さ、何考えてんの?」
「気にしなくていいよ。俺も甘いものは苦手だから」
「そういうことじゃなくてさ、普段何考えて過ごしてんのお前」
「西崎に分かってもらわなくても俺は困らない」
途端に西崎の気配が殺気立つのが背中越しでも分かる。感情の起伏が激しい毎日を繰り返してることに疲れないのか、その方が俺には疑問だ。
ポーカーフェイスができるようになればもう少し上手くやっていけるだろうに。
「この間もそうやって通り過ぎていったろ」
「この間って?」
「階段で!」
西崎の語尾がどんどんキツくなる。言葉少なでも何のことかわかった。
ガコン。
「ヒューヒューとでも言って欲しかったのか?」
「紺野でもそういうこと言うのか、っていうかお前言うことがたまにオヤジくさい」
買ったコーヒーを一気に飲み干し、ゴミ箱に投げ入れる。
「昼休み終わるぞ」
「望月のことどう思ってんの?」
「どうって?」
「そのままの意味だよ」
「どうと言われても。もう少し要領良く動いてくれればいいのに、と思うよ。俺が迷惑するから」
こいつら似たもの同士だよな、と心の中で呟きながら教室へ戻る。ガンと壁を蹴る鈍い音と小さな呻き声を背中で聞きながら。
*
地面を叩く雨の音。
量はそれほどでもないが、すぐに止みそうにもない面倒くさい雨。
教室では一定間隔で紙がずれる音が響いている。それに混じって聞こえてくるのは時間潰しの読書を邪魔する「あー」とか「うー」とかいう呻き声。
「何やってんの」
姿勢はそのままに、首だけをその声の主へ向ける。
「何でもない、読書の続きをどうぞ」
望月は俺を見ずに返事をした。
「大きな声で唸ったり、シャーペン投げられたら気が散って仕方ないんだけど」
「う」
本を置き、彼女の側へ行くと机の上にはノートが広げられている。ノートにはびっしり隙間がない程字が敷き詰められていた。
「サッカーの練習メニュー? これ、いつも望月さんが考えてるの?」
「これもマネージャーの仕事だから」
ノートに視線を落としたままの望月が答える。
「これはまた、えらくスパルタなマネージャーだな」
非常に持久力の必要なスポーツだとはいえ、このメニューに最後までついていくのはキツイはず。
「一人で考えずにキャプテンと考えて決めたら」
「この間このことでケンカした」
俺は小さく息を吐く。気にせず望月は先を続ける。
「キャプテンに新しいメニュー取り入れようってこの間提案したらこっちが何も話さない内から"ダメだ"の一点張り。この間、練習試合の後片付けしてるときに聞こえてきたんだ。言ってたのは相手校の選手。"うちのサッカー部は詰めが甘い、やる気があるのか"って。持ってたクーラーボックス投げつけてやろうかと思った」
「望月が踏みとどまってくれて良かったよ。でなきゃマネージャーが原因で活動停止だ」
茶々を入れたつもりだが、熱が入っているのか望月の答えは違うもの。
「悔しいじゃん、そんなこと言われるの」
「それ言ったの」
「本人たちの耳に入れなくていいことだから」
ポンポン。望月の頭を軽く叩く。
「な、なに?」
「けど、そのメニューはさすがにきついと思うよ。素人目から見ても」
驚くほど自然に出てしまった手をすぐには引っ込められず。それでも拭えない気恥ずかしさをごまかす為に窓へ視線をやる。
静かに聞こえてくる水音。雨はまだ止まない。
「そ、そうやって甘い顔してるから対戦相手にあんなこと言われたの。もっかいキャプテンに言ってくる!」
望月がそう言って急に立ち上がった。まだ望月の頭に手を置いていた俺はバランスを崩しよろめいた。
「ごめん!」
それだけ残して望月は教室を出て行った。
俺の望月に対するイメージは“頑固で感情的”。そう刷り込まれてしまった。
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