第35話「朴念仁と海」

 夏待ちの休日、少女たちは水着を選ぶ。

 成熟した女性になる直前の、青い果実を飾る花を探すのだ。

 などと、なかなかにポエミーなモノローグを胸中につぶやくぐらいには、真逆連児マサカレンジはハイテンションだった。だってハーレムだからね! おんなのなっかにー、おとこがひっとりー! そんな休日、水着売り場で荷物持ち待機なだけでウハウハだった。


「っべー、落ち着け。落ち着くんだ俺! こいつぁ……我が世の春が来たああああ!」


 水着を選ぶ周囲の客から、汚物を見るような視線が突き刺さる。

 だが、全く気にならない。

 目の前の試着室では今、美少女たちが水着に着替えているのだ。見えずとも、この瞬間に同じ空気を吸っている……連児が吸い込む空気は、間違いなくあの爪弾冥夜スマビキメイヤ柔肌やわはだに触れた空気なのだ。

 厳密にはそうでないかもしれないが、彼的にはそれが真実で現実、全てなのだった。

 そうこうしていると、カーテンレールを走る音が聴こえた。


「やっほー、連児! どう? どうよ、どうなのよ? もー、これにしよっかなあ~」


 真っ先に現れたのは、伊万里真璃瑠イマリマリルだ。その平坦でロリロリしい身体に、ピンクのフリフリが目立つ愛らしい水着を着ている。

 見た目だけなら小学生でも通じるが、彼女は中学生だ。

 そして、連児にはアウト・オブ・眼中だった。


「おーおー、ふむ! なに、いいんじゃなーい?」

「うっわー、すっごいおざなり! 全く心のこもってない言葉!」

「いや、さ……真璃瑠。お前の水着なんぞどうでもいい。つるぺただしな」

「あっ、ひっどーい! 需要あんだよ? おぢさんとかイチコロなんだぜー?」

「悪いな、真璃瑠……青少年の心には刺さらないぜ」


 だが、真璃瑠はさして怒ったようすもなく、ニシシと笑う。

 こうして見ると、結構かわいい気がする。

 いつも、どこか飄々ひょうひょうとしてて、変に割り切りがよくてサバサバしてるのが真璃瑠だ。だが、彼女の【再世修醒リクエイション】の力は、アトラクシアでも別格の強さを持つ。死んだ人間が生き帰り、壊された物が元通りになる。のみならず、再生する際の質量や形も思うままなのだ。

 ゆえに、真璃瑠は幹部待遇で、いつも冥夜の側にいるのだった。


「ま、でもこんなもんかなー? これ買お……この夏こそ、悩殺作戦で彼氏作らなきゃ」

「おいおい真璃瑠、おこちゃまが彼氏は十年早いぜ?」

「うっさいバカ! 中学生だってね、来年は受験だし、この夏しかないの!」

「え……来年、受験、だと……!? お前、ひょっとして」

「中学二年生ですがなにかー?」

「……ありえねえ」


 真璃瑠は、足元の自分のスニーカーを投げつけてきた。それを顔面で受け止めた連児に舌を出して、またカーテンの奥に消える。

 軽くカルチャーショックだった……小学生くらいだと思っていたいのだ。

 くつを元の場所に戻して、やれやれと連児は溜息ためいきを一つ。

 そうこうしていると、別の試着室のカーテンが開かれた。


「……少しきついわ。もう一つ上のサイズがないからしら。あら、連児君……ちょうどよかったわ」


 そこには、周囲の空気を粒子フォトンに変えて輝かせる、まばゆい夏の女神が立っていた。白いワンピースというのは、よほどの自信がないと着れない水着と聞いている。だから、白い肌にそれを身に着けた美貌を見て、連児は言葉を失った。

 現れた冥夜は、背後に手を回して尻の食い込みを直す。

 そうして、いつもの凍れる無表情で言い放った。


「連児君、ワンサイズ上を取ってくれるかしら。デザインは無難にこのあたりでいいと思うから」

「おお、おっ、おう! 待ってろ、ええと……こ、これか!」


 あたふたしながら、ハンガーが並ぶ一角から同じものを選ぶ。

 ちらりとタグを見てしまった。

 まるで、数値化した冥夜を手にとるような錯覚……彼女をかたどる曲線の数字を、アルファベットと数字で目撃してしまった。ぎこちなく渡してやると、無味乾燥な「ありがとう」の言葉が返ってくる。


「冥夜っ、似合ってるぜ! 綺麗だ!」

「当然よ。……なに? 気持ち悪いのだけど。あまり貴方あなたの視界に私をとどめないでくれるかしら」

「うわっ、容赦ねえ! バッサリ! でも、そんなとこが、俺は、俺はっ」

「はいはい、わかったわ。いいからもう少しおとなしくしてて頂戴ちょうだい


 そっけない素振りで、冥夜は再びカーテンの奥に消えた。

 そして、気付けば一連の流れを見ていた少女がケタケタと笑っている。

 それは、カーテンから首だけを出した佐倉菫サクラスミレの笑顔があった。


「えー、連児っち、だっさー! さいてー! ……ダメダメじゃん? 女の子はさぁ、められたいんだよ。特に、男の子にはさ」

「あっ、す、菫さんっ! 見てたんすか!」

「ぜーんぶ、見てました! もう、ダメダメのダメ、ダメ過ぎ! キング・オブ・ダメ!」


 痛烈つうれつである。

 だが、彼女はニマニマとにやけつつ言葉を続けた。


「じゃ、練習してみよ? いい? 今から見せるから」

「見せるからって」

「水着! いい? 褒めるんだよ? あらんかぎりの語彙ごいで、褒めちぎるんだよ?」


 そういって、菫はカーテンを開いた。

 オレンジ色のビキニ姿が、あらわになった。

 網膜に衝撃的な美しさを刻みつけられて、流石さすがの連児も思わず気圧けおされる。菫は特別グラマーでもないし、かといって過度にふくよかでもない。華奢きゃしゃな細身なのに適度にムッチリしてる冥夜とも違うし、ロリ・オブ・ロリな真璃瑠とも、ガリガリに中性的な榊昴サカキスバルとも違う。

 でも、等身大の普通の女の子の姿があって、連児には衝撃だった。


「あ、えと……はいっ、褒めます! 褒めさせていただきまっす!」

「うむー、よきにはからえー!」

「めっちゃかわいいっす! あと、エロス! っていうか、その……普通にかわいいんですけど。あ、普通じゃないです、普通に超かわいくて、すっごく綺麗っていうか!」

「ん、まあ……連児っちには期待してないからね。でも、ありがと。私はこれにするね」


 ばっさり言葉の刃で、連児はなで斬りにされたようだ。

 というか、女の子の水着姿というのは、どうやって褒めればいいのだろうか? かわいいと綺麗以外に、どういう言葉を選べばいいんだろうか?

 思わず考え込む連児は、自然と呟く言葉が漏れる。


「いやでも、ゲキムズだろ。エロいって言ったら、どうせ怒るんだしさ。でも、こぉ、いいよなあ……冥夜もいいけど、菫さんも。くーっ、生きててよかった!」


 このあと、荷物持ちにこき使われる。それでも、今のテンションなら2トンや3トンでも持てる気がした。兎に角、女の子の華やいだ休日に自分が御一緒してることが、たまらなく嬉しかった。興奮も興奮、大興奮である。

 とまあ、一人で盛り上がっていると、再度冥夜が姿を現した。


「サイズはいいみたいね。……まあ、こんなもんでしょう。昴? そっちはどうかしら、昴?」


 水着のままで備え付けのスリッパをはいて、冥夜は隣の試着室へと歩く。なぎさの天使といったおもむきで、白いワンピースの水着はよく見ればハイレグだ。Vの字ラインの鋭角は、そのまま連字のテンションを危険な領域へと放り込む。

 だが、絶対零度の視線で連児を切り裂きつつ、冥夜は昴の試着室に首を突っ込んだ。


「あら、いいじゃない。昴、素敵よ。それになさい」

「あ、え、いや! あの! エンプレスドリーム様、これは! ち、ちっ、違……ダメです! こんなの着て歩けません!」

「プールサイドや浜辺を歩くくらいなら、いいと思うのだけど。綺麗よ、昴」

「はうぅ……あ、ありがとう、ござい、ます……そ、そんな」

貴女あなたはもっと、自分に自信を持たなきゃダメね。でも、本当に綺麗……うらやましいわ」


 そう言って、冥夜はカーテンを開く。

 そこには、競泳水着風のワンピースを来た昴の姿があった。連児よりもすらりと高い長身に反して、女性的な起伏の皆無なその姿は少年のようだ。だが、羞恥しゅうちに真っ赤になっている顔は、普段の怜悧れいりな迫力がまったくない。

 昴はまるで、本当に年頃の乙女になってしまったかのように恥じらっている。

 思わず連児は、言葉を挟んでしまった。


「いいじゃんかよ、昴! かっけーよ! お前さあ、胸がないとか気にし過ぎだって!」

「えっ? あ、ああ、うん……そう、かな。ありがとう。でも」

「でも、じゃねーって! なんかさ、女の子には女の子の格好良さがあるよな! お前がそれを受け入れるかどうかは別にして、シュッとしてるし、すげえ格好いいぜ!」

「ッ! ……そんな、恥ずかしい。でも、その、やっぱり……あり、がと」


 気付けば、試着を終えた真璃瑠や菫が着替えを終えていた。

 買い物は決まったらしいが、昴の美貌に思わず連児は言葉が熱くなる。今まで彼女を、異性として意識したことがなかったからだ。エンプレス・ドリームこと冥夜の守護者にして、絶対無敵の一撃必殺を誇る最強の特醒人間……【骸終一触ワンタッチ】の能力に敵はない。

 だが、昴は冥夜に恋心を寄せている。

 同性愛だが、彼女が遠慮がちなのは背徳感と罪悪感が理由ではない。

 あくまで昴は、夢幻の女皇帝エンプレス・ドリームを守る暴力装置たらんとしているのだ。


「昴さ、なんか、格好いいぜ! 本物の水泳選手みたいだってか、その、なんだ……おい冥夜! お前がなんか言えっ!」

「昴、好きよ。今年は一緒に海にいくこと、いいわね?」


 シュボンッ! と昴は真っ赤になった。そのまま湯気をくゆらし、よろよろと試着室の中に崩れ落ちる。自分の言葉に無自覚な冥夜はでも、それだけでは終わらなかった。

 試着したきわどい水着姿のまま、店内を歩いてメンズコーナーに向かう。


「連児君、貴方は水着を選ばないのかしら? ……これとか、悪くないと思うのだけど」


 衝撃が連児を突き抜けた。

 なんと、自分のために冥夜が、水着を選んでくれたのだ。

 普段からは考えられぬ歩み寄り、互いを阻む見えない壁の分厚さが、この時ばかりはやわらいだ気がした。キロがメートルになった、それだけ壁が薄くなった気がした。


「ちょ、おま……いやー、参っちゃうなあー! てか、でも? なんつーの? 似合うって冥夜が言うならなあ」

「悪くないと言っただけだわ。まあ……強いて言うなら、面白いわよ。これになさい」


 こうして連児は、試着して全員を爆笑を浴びたあとで、水着を買った。今年の夏はこれで決めるぜ! とばかりに、。勿論、冥夜には単純に滑稽こっけいと思う以外の他意はないのだが……不思議と全員の荷物を引き受けた連児は、この上なく上機嫌で買い物を終えるのだった。

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