第34話「ひさびさの彼女」
夏は来た。
それは、今この瞬間だ。
初夏の訪れを感じる土曜日の朝、
勝手にもう、親しい仲間達との休日はデートになっていた。
「ふっ、今日も朝日が
行き交う人達が
女子と楽しく過ごす休日など、連児には初めてである。
いいね、青春だね! これってもう、フラグだね!
駅前の時計塔の前で、今にも連児は踊り出しそうだった。
そんな時、彼の背後に人の気配が立つ。
「……連児。なに、してんの」
「お? おはようだな!
そこには、私服姿の
やはりというか、やっぱりパンツスタイルだ。モデルもかくやという長身の昴は、ジーンズにTシャツとラフな格好だ。だが、すらりと痩せたそのスタイルは、長くて細い脚が際立って見える。
因みに連児は、カーゴパンツに薄手のパーカーという、これまた適当な着合わせだった。
季節はまだまだ初夏、そして頭の中は
「おはよ、連児。……なんか、変じゃないかな、私」
「んー? どしてだ? 強いて言えば、その手袋はよせよな」
「いや、これは」
昴の
いつだって、昴は手袋を欠かさない。
それを外す時、誰かが死ぬ。
連児なんかは、スナック感覚でホイホイ殺されたりしてる。
「せめてな、昴……手袋するなら、こぉ、ほら、あるじゃねーかよ」
「な、なにが」
「指抜きグローブにしろよ、それならファッションとして通じるからよ!」
「……えっ、本気で言ってる?」
「めっちゃ格好いいじゃん、指抜きグローブ。あ、でも待てよ……手袋する意味がねえな、それじゃ。触られたら死んじまうか。うーむ」
クスリ、と昴が笑った。
バカ、と小さな
思えば、いつも
あのマイティ・ロウとて、倒しきるだろう。
殺意を込めた手が、彼に触れられればだが。
そんな恐ろしい能力を持っていても、行き交う誰彼が振り向く美形の少女が昴だ。そして、視線を彼女に突き立てる者達の半分以上は、彼女が女の子だと気付いていない。
「で、連児だけ? エンプレス・ドリーム様は」
――エンプレス・ドリーム。
夢幻の女帝、その名が連児達アトラクシアの
その冥夜だが、まだ姿を見せない。
連児が一番楽しみにしているのは、私服姿の彼女だ。
住んでる場所も学校も違うので、プライベートで会うことは
元気な声が響いたのは、そんな時だった。
「ちーっす、連児っち! ……おんやぁ? そこの彼がメールにあったお友達だねぇん?」
すぐそこで一緒になったらしく、
もはや完全に意気投合して、二人は十年来の親友同士みたいに親しくなっていた。
「よっすー! 昴ちゃんもオツオツー!」
「あ、うん……お疲れ、様。真瑠璃」
「あとは冥夜ちゃんだけだねー? みっずぎー、みっずぎー、こっとしのみずぎー!」
「真瑠璃も、水着……かっ、買うんだ」
「あったりめーよぉ! なんかさー、中学のスク水? だっさいのー! もうやだー」
今日も真瑠璃は元気で、いつもと変わらぬ屈託な笑顔だ。それを見たら、少し昴も緊張がほぐれたらしい。
そう、今になって連児は気付いた。
昴は
そういえば確かに、組織や学校と関係なく、彼女が冥夜と会うことは珍しいのかもしれない。そう考えると、途端に昴のことが可愛くなってきた。
昴は、冥夜に
そして、それを知ってる冥夜は彼女に優しい。はっきりと気持ちに応える素振りこそ見せないものの、随分と深い仲だと聞いていた。
「まっ、そんな冥夜は俺にベタ惚れなんだけどな!」
「ちょっとちょっと、連児っち。あのさあ」
「ん? なんすか、菫さん」
「そこのイケメン君……ねね、連児っち。君、馬鹿でしょ? なんでこぉ、好きな子も一緒に来るのに、顔面偏差値東大レベルのイケメン君連れてきてんのって話!」
後半は菫は、声を
あ、そうかと連児は手を叩く。
「ああ、昴なら女っすよ。女子ですって」
「へ? そなの? ……それってさ、やばくない?」
「やばい、というと」
「くっそー、脚は細いし背は高いし、美形……あーし、ああいう中性的なの、けっこークんのよね。ツボる」
「あ、でも昴は――」
昴は真瑠璃と、どうしようもないことを話しながら笑ってた。
少しぎこちなくて、飾らない笑顔……いいじゃんかよ、ヘッ! と、
そして、そんな和やかな空気に、風が吹く。
この世には、場にいるだけで空気を動かす人間がいるのだ。
「ごめんなさい、少し遅れたわ。私で最後のようね」
なんて
連児は振り返るなり、後光が差す中へと抱き着いた。
もちろん、現れた冥夜は最小限の動きでそれを避ける。植え込みの中にダイブすることになったが、全く嫌な思いをしていないのが連児の鋼のメンタルだった。
そして、改めて目を見張る。
私服の冥夜は今日は、とても意外性があって、普段以上に綺麗に見えた。
「冥夜っ、おっ、おおお、おお!」
「どうかしたかしら、連児君。……頭でも打った? ごめんなさい、徹底的に打ち
「はーい、いただきました! 今日も冥夜の
「そういうの、やめてくれる? 気持ち悪いの、心底ね」
だが、連児は嬉しかった。
今日の冥夜は、
思わず連児は「イェス! オゥ、イェス!」とガッツポーズを取ってしまった。
だが、菫は腕組み首を
「あれー? あーし、どっかでこの子、見たような……えっと」
「おはようございます、エンプレス・ドリーム様」
「昴、外ではいいの。冥夜って呼んで頂戴」
「は、はい……冥夜様」
「様、はいらないわ。さん、はい」
「め、冥夜」
「ええ、それでいいわ」
菫は「ああーっ!」と大声で飛び退いた。
そう、彼女はこの距離で接することは初めてだろう……眼帯をした黒髪の少女が、秘密結社アトラクシアを統べる夢幻の女帝、エンプレス・ドリームなのだ。
戦闘員108号こと菫は、目を白黒させて、次の瞬間には混乱の中で手を上げた。
「えと、えと……ディー・ドリームッ!」
「あら、ええと……佐倉菫さん、ね。戦闘員108号の」
「は、はいっ!」
「今日は
冥夜が
ふざけて真瑠璃も「ほいほーい、ディー・ドリーム!」と元気がいい。つられて連児まで、同じポーズでお馴染みの忠誠を叫んだ。
行き交う人達の噛み殺した笑みが、すぐ耳元に聴こえてくるような気がした。
「全く、しょうがない人達……ま、いいわ。先に買い物を済ませましょう。昴」
「えっ? あ、はい、あの……ええっ!?」
「あら、嫌? 迷惑かしら。私はこうして昴と歩きたいのだけど」
冥夜は、昴の腕を抱きながら歩き出した。
それを見送る菫が、まだ状況を理解できず口をパクパクさせている。手短に連児は、この三人がアトラクシアの幹部だと教えてやった。ついでに、自分もその一人だという、思い込みに近い妄想も付け加える。
「はあ……連児っち、凄いじゃん。あーし、前にチラッと面接かなんかで」
「そ、冥夜が俺達の
「しかも、あれ……あっ、よく見ればあの子! いつもエンプレス・ドリーム様の横にいる人じゃん! ……なんか、めっちゃ強いんでしょ?」
「なーに、触られると死ぬだけだ」
「
元気よく走り出した真瑠璃を追って、菫も駆け出す。
その手は連児の手を、本当にさり気なく握ってきた。
普段から、
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