第33話「週末・オーヴァードライヴ」
今日も今日とて、アトラクシアの自称幹部である
今ではここが、こここそが秘密結社アトラクシアの中枢部だ。
エンプレス・ドリームこと
今も玉座にしどけなく座り、肘掛けの上でけだるげに書類を眺めていた。
「かーっ、平和だねえ……なんか面白いニュースは、っと。お? おおーっ」
携帯電話をいじっていた連児は、速報で流れてきたニュースに思わず身を起こす。
ソファに座り直して、連児は携帯電話を操作した。
「おうい、冥夜!」
「なにかしら」
「ニュース見たか? 東京湾に迷い込んだ
「そう」
「そうなんだよー、って、あれ? 興味ない? そっかー、残念だなー?
我ながらちょっと
冥夜は、カミソリのような視線で連児の笑みを切り裂く。いつもながら、眼帯を取った彼女は絶対零度の凍れる瞳だ。大きく切れ長で黒目がち、そして汚物を見るような、むしろ
冥夜はそのまま、自分の携帯電話を取り出した。
「
「あ、ああ。そう、だよ、なあ。お前の兄ちゃん、めっちゃヒーロー好きだもんな」
「ええ」
姉にしか見えないが、天輝は冥夜の兄だ。
ニュートラル・ウィルスによって驚異的な能力を得るも、その力に徐々に食い潰されている。もともと病弱な上に、どんどん衰弱してゆくのだ。
そんな兄を、冥夜が大切に思っているのを知っている。
彼の夢を叶えるために、冥府は彼以外のヒーローを駆逐することにしたのだ。
そして、連児は薄々勘付いていた。
天輝を唯一にして絶対のヒーローにした、その時には……もしかしたら彼女は、ヒーローに対する悪として戦い、敗れることを望んでいるのかもしれない。
「ま、そんなことある訳ねぇけどな」
こういうつれない態度、グッとくる。
全く相手にしてもらえないかのような、極限まで突き放した放置プレイだ。
連児は未だに、冥夜がガチで自分に惚れていると思いこんでいるのだった。
「しっかしなんだぁ? マイティ・ロウの野郎……動物愛護法違反って。鯨が勝手に迷い込んだだけで、なんの法にも反してねえと思うんだがなあ」
「んー、それはさあ、連児」
漫画のページをめくりながら、
「マイティ・ロウさ、あれって完全に『俺がルールだ!』の典型じゃない?」
「えっ、そうなの? 確か、法を破った奴に容赦しねえヒーローだよな」
「はーい、そこで連児君に問題です。ジャジャン!」
ノリのいい連児は、ありもしない早押しボタンへ身構えるポーズを取ってしまった。そして、真璃瑠は相変わらず漫画を読みながら喋り続ける。
「日本を始めとする民主主義国家が、基本的な仕組みとして持つ、行政、立法、司法……この三つがそれぞれ独立していることを、なんというか!」
「ピンポーン! ……三国同盟?」
「ブッブー! 答は三権分立。さらに問題っ! 行政、立法、司法のうち、法を解釈するのはどの機関でしょうか!」
「ピンポーン! そりゃ間違えようがないぜ……立法! だって、法って書いてあるからな!」
「ブッブー! 答は司法。外国には憲法裁判所っていう、憲法の解釈をする専門機関があるんだよ?」
なんでそんなに頭がいいんだ、リアル中学生。
もしやと思って、連児はちらりと玉座の方を見やる。当然だが、
昴に笑われている……肩が小刻みに上下している。
やっぱり、この中ではダントツに連児が頭が悪いらしい。
「真璃瑠よぉ、JCがあんまかわいげないクイズ出すなよ。もっと簡単な方がいいぞ? 例えば、そうだな……パリの首都はどこでしょう! とかな!」
「……連児さあ、なんていうか……その、つける薬がないタイプなんだねえ」
「しみじみすんなって、照れるだろ。で、なんだ? 薬がどうしたって?」
「んーん、なんでもない……およ? メールだ、誰だろ」
なんだかアニメソングっぽい着信音が響いて、真璃瑠は携帯電話を取り出した。
片手で操作しつつ、ようやく彼女は漫画から顔を上げる。
「ねね、連児ー? 今度の土曜日、
「なんだよ、誰からメールだ? 因みに俺は超忙しい。冥夜の買い物に付き合わなきゃいけないからな!」
そうなの? と真璃瑠が振り返った。
だが、冥夜はいつもの
「確かに私は土曜日、買い物に行くけど……連児君に同道を許した覚えはないわ」
「またまたー、知ってんだぜ? そろそろ夏の水着が欲しい頃だろ? な?」
「……昴」
すかさず昴が「はい、エンプレス・ドリーム様」と手袋を脱ぐ。
因みに今日の連児は残機に余裕があるが、だからといって簡単に殺されてはたまらない。慌てて口を
「なんかねー、
「ああ、菫さんかあ。ん、いいんじゃね? ってかお前等、随分仲良くなってねえか?」
「モチのロン! 菫ねーさんはねー、親切なんだ。服とかにも超詳しいしー」
「んじゃ、土曜はパーッと騒ぎますか。……ふっふっふ、気になるだろ、冥夜っ!」
チラリと連児は玉座を見やる。
先程までしていた仕事が片付いたのか、退屈そうに冥夜はタブレットでマインスイーパーをやっていた。それがまた、驚くほどに手が早く、思考時間ゼロでどんどん進めてゆく。
そして、画面から目を
「なにがかしら?」
「説明しよう!
「いいえ、ちっとも」
「強がるのはよせよ……モテる男は辛いが、俺の心はいつでもお前のものさ、冥夜」
今度はなにも言われていないのに、昴が再び手袋を外した。
そういえば昴も、友人である以上に冥夜を慕っている。二人は有名な御嬢様女子校でも有名な
ただ、昴はただただ忠犬として振る舞う以外に、冥夜への好意の示し方を知らない。
そして冥夜もまた、そんな彼女を下僕として愛し、時には言葉ではなく身体で応えることもあるとかないとか。
「どっちにしろ、連児君。その佐倉菫というのは、確か戦闘員108号のことね。戦闘員同士、親睦を深めてよりよいアトラクシアの構成員を目指して
「おいおい、嫉妬は見苦しいぜ?」
「連児君は見苦しい上に
「……ちょっと容赦ないな、だがっ! それがっ! イイ!」
連児は打たれ強い鋼のメンタルを持っていた。
冥夜は小さく
「
不意に冥夜は、再びタブレットを操作し始めた。
そして、細く白い指をスススと動かし、止めて、そして考え込む。
なにがあったのかと、訝しげに連児が見詰めていると……不意に彼女は顔を上げた。
「昴、今週末の土曜日は暇かしら」
「はい、エンプレス・ドリーム様」
「ならいいわ、
「は、はあ……なにに、でしょうか。あ、買い物か」
「それもあるけど……少し興味が湧いてきたわ。戦闘員108号……佐倉菫に」
その後のことは即断即決の欧州だった。
真璃瑠を通して冥夜は、自分達も一緒に行っていいかと訪ね、了承を得て約束を取り付けてしまった。
つまり、アトラクシアの幹部が普段通りの高校生として、菫と遊ぶことになったのだ。
この時の連児の
――
「さて、連児君。ごくごく一般的な高校生というのは、休日はなにをして遊ぶものかしら」
「そりゃ、お前さ、カラオケとかゲーセンとか……買い物もあんだろ?」
「ええ、少し」
「そうやって街をぶらぶらするだけでも楽しいもんさ」
冥夜は静かに「そう」とだけ言って、またマインスイーパーをやりだした。
そんな彼女のけだるげな表情を見やりながら、早くも連児は浮つき出す。
自分以外は全員、女の子。
しかも、全員違うタイプの美少女だ。その中にはノッポでガリガリな昴と、ロリっ娘丸出しな真璃瑠がいるが、アウト・オブ・眼中だ。
菫との再会も楽しみだったが、単純に冥夜とプライベートで遊べるなんてそうそうあるもんじゃない。
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