滋賀県民の野望

タカテン

滋賀県民の野望

「琵琶湖の水を堰止めると、京都・大阪が水不足で困る前に滋賀県のほとんどが琵琶湖に水没する」

 つい先日、このようなシミュレーション結果が世間に公表された。



 滋賀県民はとかく京都・大阪の人たちから馬鹿にされがちである。

 やれ滋賀作(滋賀の田舎者の意)だ、ゲジナン(滋賀の『滋』の字がゲジゲジしていることから車の滋賀ナンバーのことをゲジナンと呼ぶ)だのと、何かにつけて馬鹿にされる。

 もっとも我ら滋賀県民は琵琶湖の如く広い心の持ち主なので滅多なことでは怒らない。が、しかしそれとて限度がある。度が過ぎるおいたにはお灸を据えなくてはならない。

 だから我らは時に、彼らへ言い返してやるのだ。


 いい加減にしないと琵琶湖の水を止めるぞ、と。


 京都では宇治川、大阪では淀川と呼ばれる、これら大都市の水事情を支える大河川は、しかし元を辿れば琵琶湖から流れ出る瀬田川である。

 故に瀬田川を堰止めれば、宇治川も淀川も枯れ果てる。

琵琶湖が「近畿の水がめ」と呼ばれる由縁はまさにここにある。


 であるから、もちろんこの印籠を出された京都・大阪の連中はたちまち青ざめ、その場に土下座してそれまでの非礼を詫び、どうか琵琶湖の水をとめないでくださいお願いしますと泣いて乞うのだ。


 関西では日常的によく見かける光景である。


 

 が、今回のシミュレーション結果は滋賀県民の優位性を根本から揺さぶるものであった。

 おそらく京都・大阪の民はここぞとばかりに勝ち誇った顔を浮かべて言ってくるだろう。

 ああ、琵琶湖を止められるものならば止めてみろ。死ぬのはお前らの方だ、と。



 ならば我らも答えてやろうではないか。


 我らは湖の子。むしろ琵琶湖が広がるのは本望である、と!



 そもそも我らがこのシミュレーション結果を知らなかったとでも思ったか? 馬鹿め! この地(滋賀県)に生きる者は皆、幼き頃より琵琶湖について学ぶのだ。琵琶湖について滋賀県民が知らぬことなど、あるはずがなかろう!


 ああ、そうだ! 我らは琵琶湖のさらなる面積拡大の時の為に、様々な用意を既に長い年月をかけておこなってきている!


 例えば湖南地区の甲賀では、古から伝わる忍術・水遁の術を市民全員がマスターしており、小学低学年であっても最低三年は水の中での生活が可能と言われている。

 

 さらにいまだに「オダ」って名前を聞くと「ヤキウチノウラミ、ハラサデオクベキカ!」と怒り狂う、比叡山延暦寺ゆかりの者が多く住む湖西地区は、皆一見すると普通の一般市民に見えるが、その実全員山伏だ。

 琵琶湖が平地を飲み込んでも背後の比良山地で生き延びることが出来る。


 かつては豪雪地帯(最近は地球温暖化でそれほどでもない)だった湖北は、雪で一階が埋まっても大丈夫になっている建物が多いが、これは実のところ、雪よりも琵琶湖拡大による一階水没に備えてのものだ。


 そして何より驚くべきは湖東地区であろう。この地区の人間はなんと空を自由に飛ぶことが出来る。彼らは「鳥人間」と呼ばれており、夏には決して全国のお茶の間には放映できない『真・鳥人間コンテスト』なるものを催し、研鑽を続けている。


 これらに加えて滋賀県民は小学五年生の時に学習船「うみのこ」に乗り、一泊二日の船上生活を送る『琵琶湖フローティングスクール』が義務付けられている。これは琵琶湖で生活するための予行練習であることは言うまでもない(なお琵琶湖拡大による滋賀県水没の際にはミシガン級の船舶が何十隻も、まさに水面下にて用意されている)。



 この事実を知ってなお滋賀県民を馬鹿にするのならば、するがよいであろう。

 だが、いつまでも我らが我慢するとは思わないことだ。

 滋賀県民が「琵琶湖を止めるぞ?」と言う時、我らは常になんとも言えぬ甘い誘惑に誘われる。

 それは琵琶湖を堰止めた結果、我らを馬鹿にした京都や大阪の人々がミイラのように死に枯れることなんかではない。

 そんなのはほんの些細な、副次的なものにすぎないのだ。

 それよりも滋賀県民の心を擽り、誘うのは、


 もし瀬田川を止めたら我らの愛する琵琶湖がさらに広くなっちゃうぜ


 ということ。

 そう、我ら滋賀県民は琵琶湖さえよければあとはどーでもいいのである。

 それが滋賀県民というものである。


 おわり。

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