釣り

ユーアート

第1話 釣り

 __一日目。


「いってらっしゃい」

 僕を見送ってくれる姉さんの柔らかな声。

 姉さんが右手を肩まで上げて、かわいらしく振る。

 そのしぐさを見るだけで幸せになる。


 姉さんは長い黒髪で、おっとりとした瞳、細い腰、きれいな手をしている。料理も上手。

 もし天使か人魚なんかが人間になれば、姉さんになるかもしれない。

 それくらい素敵だ。弟の贔屓目じゃあないと思う。

 

「行ってきます!」

 僕は元気よく挨拶をして家を出る。


 __ああ、今日も良い天気だ。

 

 行先は家の近くにある海。そこで波止場から豆アジを釣る予定だ。

 自転車の前かごに釣り道具と小型のクーラーボックスを入れる。竿は片手にもって、そのまま自転車を漕ぐ。


 自転車を5分くらい漕いでいると、すぐ海につく。

 波止場の先まで自転車で行って、豆アジを釣る準備をする。準備と言っても、豆アジ用の仕掛けを糸に付けるだけ。

 仕掛けが出来たら、餌のコマセをカゴにセットする。僕は準備ができると竿を倒して、仕掛けを海に落とした。

 

 豆アジ用の仕掛けは知ってるかな?

 豆アジ用の仕掛けは糸の一番下に、餌のコマセ……このコマセっていうのは小さいエビのことだけど、コイツを入れるカゴをつける。カゴの上の糸には、餌のコマセと同じようなピンク色の針が5,6本ついている。

 海にこの仕掛けを落とすと、餌のコマセがカゴから出て海に浮き上がってくる。これを食べに来た、豆アジなんかの小魚が餌と勘違いしてピンク色の針に食いつくっていうだけの単純な仕掛け。

 単純だけど、結構たくさん釣れる。

 

 コマセに魚が寄って来た。

 ピクピクと竿に小気味いい感触。……来た!

 当たったので、竿を上げる。豆アジは簡単に釣れるけど、それでも釣れると楽しい。僕はワクワクしながら、針先を見た。

 

「……え?」


 釣れたのは見たことのない魚だった。

 

 まず、その変な魚には目が四つある。

 真ん丸な目が四つ、不規則に頭についている。

 これだけでかなり不気味。

 四つ目魚はピンポン玉の様な丸い体をしていて、その体の色は赤と黒のまだら模様。もう、絶対こいつには毒があると確信できる配色だ。

 

「うわっ! 気色悪!?」

 

 反射的に、竿を大きく振って魚を海に飛ばす。

 運よく針先が魚から外れてくれた。不気味な魚は空に大きな放物線を描いて……ぽちゃん、という音とともに海の中に消える。


「はーはー……何だあれ?」

 あんな魚はホントに見たことない。テレビや図鑑でもだ。


「……あ、しまった。もしかして、あれって売れたりしたかも」

 冷静になった。

 よく考えると、珍しい魚には違いない。

 まあ、なんかの突然変異か、汚染水とかの影響で奇形になった魚かも知れないけど。捨てるには惜しかったかもしれないな。

 

「まぁいいか……。もともと豆アジ狙いだったし」

 捨てたものは仕方ない。忘れよう。

 うん、豆アジを釣って、姉さんに料理してもらう予定だった。姉さんの豆アジを使った南蛮漬けは最高だ。それに、たくさん釣って帰ると喜んでくれるし、僕のことを釣り上手だって褒めてくれる。

 

 気を取り直し、カゴに餌を入れる。

 竿を倒して、仕掛けをまた海に落とす。


 __ピクピク


 お、また来た。今日は調子が良い、よく釣れる日だ。

 

 竿を上げる。


「は?」

 

 不気味な四つ目魚がまた釣れた。それも、4匹。4匹も仕掛けにかかっている。

 

 ……なにこれ? この辺りってこいつらが大量にいるの? えええええ、気色悪いなー。もしかして、本当にどっかの工場から有害物質でも流れてるんじゃないか。


 とりあえず、姉さんに見てもらおう。それで、この魚については姉さんの判断に任せる。まぁ100パーセント通報するだろうけど。


 僕は、針から四つ目魚を取り外して、クーラーボックスにぶち込んでいく。

 触るのはいやだったけど、意外と触った感触は普通の魚と変わりない。

 

 魚を全部クーラーボックスに入れた。


 で、少し考えてみる。


 もしかして、だけど。此処には本当にこんな魚が大量にいるのかもしれない。

 …………確かめる方法は簡単。

 

 僕は餌をセットして、釣りを再開する。

 

 __ピクピクピク

 竿に当たりの感触!



 ……………………結局、この後追加で60匹くらい釣れた。勿論釣れたのは四つ目魚だ……大量だった。

 小型のクーラーボックスにはこれ以上はいらない。釣りはこれで切り上げることにした。

 

「あーでも、どーしよーあんまり釣れるから釣りすぎちゃったけど、やっぱり不気味だよなー」

 クーラーボックスの中は不気味な魚で一杯。赤と黒が目に痛い。

「……やっぱり全部捨てるか?」 

 でも、ボウズで帰るのは僕の沽券に係わる。僕は釣りの上手い男で通っているのだ、……主に姉さんにだけど。


 クーラーボックスの中を見ながら考える。


「うーん、まあいいか。姉さんなら悪いようにしないだろう。うん、このまま持って帰ろう」

 姉さんは絶対的な僕の味方だ。僕が困っていたら必ず助けてくれる。当然僕も姉さんを信用している。うん、姉さんならこんな不気味な魚を持って帰っても……褒めてくれるかもしれない。

 

 僕はウキウキしながら自転車をこいで家に急ぐ。



「ただいまー!」

 家について、大声で挨拶をする。

 

 パタパタとスリッパの軽い音。

「おかえりなさい、そらさん。今日は何を釣ってきたの?」

 姉さんが出迎えてくれた。


「うーん、実はこれなんだけど……ちょっと不気味で」

 僕はクーラーボックスを開ける。赤と黒の世界、それと大量の4つ目と目が合う。


「ああ、4つ目アジ。この時期は美味しいね。空さん、南蛮漬けにしようと思うけど、いいかしら?」

 姉さんが不気味な魚を見ながら言う。


「……え?」

「あら、どうかした?」 

「い、いや、姉さん。これ…………食べるの?」


「うん? いつも食べてるじゃあない」 

「え! いつも!?」

 姉さんは何でもないように言う。けど、絶対にこんな変な魚食べたりしてない!

 僕が混乱していると……

「じゃあ作るわねー」

 姉さんが楽しそうにクーラーボックスを台所へ持っていく。


「え? えええええ。どうゆうこと?」

 まさか本当にあれを食べるのか? いや、何かのドッキリ? もしかしたら、姉さんの悪ふざけかも。でも、真面目だしなぁ。そんなことしそうにない。


 僕が居間で考えていると、姉さんが料理を作ってきてくれた。

「はーい。出来たよー」

 テーブルの上におかれたのは、冗談でもなく不気味な魚。きちんと南蛮漬けにされていた。

 僕がそれを見ていると、姉さんがご飯をよそってくれる。付き物は豚汁。ホカホカでとても美味しそうだ。ご飯と汁物については。

「さぁ、召し上がれ」

 ニッコリと笑いながら姉さんが勧めてくる。


「い、いただきます」

 なんだか訳がわからないけど、豚汁を啜ってみる。

「どうかしら?」

「うん。美味しいよ」

「そう、良かった。南蛮漬けはどうかな?」

 …………きた。

 まじでこの不気味な魚を食べなきゃいけないのかな? ああ、姉さんの目はマジだ。悪ふざけしてる様子はない。

 僕が箸をつけるのを躊躇っていると、姉さんが何でもないように南蛮漬けに箸を伸ばす。


「あ!」

 思わず僕は声をあげてしまった。


 そのまま姉さんがパクっと不気味な魚を食べる。

「どうしたの、美味しいよ?」

 姉さんが不思議そうに言う。

 それでも僕は、食べるかどうか…………迷う。


「……もしかして、私のご飯食べるのはイヤ?」

 ウルウルとした瞳でそんなことを言う姉さん。……これは、ダメなやつだ。破壊力がヤバイ。


「ち、違う違う! いやあ、そう言えばいつも食べてたよねこれ! ははは!」

 いつも食べていた、そう思い込め。うん、全然見覚えのない赤黒の配色だけど、いつも食べていた!

 それに姉さんもコイツを食べてしまった。よし、姉さんと一緒なら死ぬのも怖くないさ!


 __パクっ

 不気味な魚を食う!


 「ん、あれ? 美味しい?」

 南蛮漬けは旨かった。いや、味としては僕がいつも食べている豆アジの南蛮漬けと同じだ。美味しい。あと、足が痺れたり、意識が遠くこともない。


「もう、意地悪なんだからぁ。あれ、美味しいって、ひどいな~」

「ごめんごめん、いや、ちょっと僕が勘違いしてたと言うか、何とか言うか……ああ、本当に美味しいな。この南蛮漬け、ははははは」

 食べていると、その内にこれこそがいつも食べていた南蛮漬けに思えてくる。……いや、ごめん。僕は今嘘をついた。全然思えてこない。



 __二日目。


 田舎で、夏休みにすることと言えば釣りくらいしかない。僕はそう確信している。

 だから、今日も波止場に来た。

 昨日と同じで豆アジを狙う。


 もう、あんな不気味な魚は釣れないだろ。

 そう言えば、あれを食って1日経っても体調不良にはならなかった。元々毒がなかったのか、姉さんの調理法が良かったのかは不明。


 __ぴくぴく

 お! 来たな。竿に当たりの感触。……でもずいぶんと弱い。

 針には掛かってるはずだけと、これは豆アジとか昨日の四つ目より弱い。食べられそうな魚じゃあないな、とあまり期待せずに竿を上げる。


「は?」


 __妖精が、釣れた。


「え? なにこれ」

 いや、見ればわかる。針の先にくっついているのは緑色の妖精。小さな女の子の形で、背中にはトンボに似た二対の羽がある。

 それが、針の先で暴れている。

 よく見ると右の太ももに針が食い込んでいて……外れないようだ。

 

 妖精と、近くで観察していた僕の目が合う。妖精は僕に気づくと、暴れなくなって……何と言うか、しょんぼりとした様子になる。

「だ、大丈夫?」

 話し掛けてみると、妖精は首を左右に振った。

「僕の言ってること、わかる?」

 今度は、首を上下に振る。

 すごい! 妖精って人間の言葉が分かるんだ!

「話せたりはしない?」

 妖精は首を左右に振る、残念だ。

 あ。妖精なんて初めて見たから興奮しちゃったけど……この子怪我してる。

「あー、痛いよね? 今外すからちょっと待ってて」

 釣り道具から、ニッパーを取り出す。

 針には、かえしがあるから先ず針先を切らなくちゃ。そのまま強引に抜くとこの子の太ももがヤバイことになる。

 ニッパーの根元で針を切る。

 ゆっくりと太ももから針を抜いていく。

 針を抜いたら傷口から青色の血がでてきた。

 持っていたタオルで傷口を押さえる。

 これで少しはマシになった。


「ごめんね。釣りをしてたんだけど、まさか妖精が釣れるなんて思わなかったよ」

 妖精は僕の言葉を聞くと、恥ずかしそうに俯く。


「あー。どうしようか? 家に来れば消毒液とか絆創膏あるけど、人間用だしなー。よし。このまま逃がしてあげるよ」

 珍しいけど、こんな可愛い妖精をどうこうするつもりもない。意思の疎通もできるし、怪我もさせちゃったし、逃がすことにする。


「あー……海の中にいたってことは、海に投げれば良い?」

 僕が声をかけると妖精は慌てたように首を左右に振る。

「あれ? 海はイヤ? あ! 投げるのがダメなのかな?」

 妖精は左右に首を振る。

 うーん。どうしたいのかわからないな。もしかして、怪我してるからすぐには海に帰りたくないのかも。傷口がしみそうだし。

 じゃあ、僕がここにいない方がいいかな。妖精の好きにさせてあげよう。

「ごめんね、怪我させて。僕もう帰るよ、そのタオルは要らなくなったら捨てといて良いから。あとは好きにしてね」

 僕が荷物をまとめて、自転車に乗り、走り出そうとすると。

 僕の顔面にタオルが飛んできた。

 見るとタオルの中には妖精がいてプルプルと震えている。

 

「え? もしかして、僕についてきたいの?」

 妖精はウルウルとした瞳で、頷く。

「僕は自分の家に帰るだけだよ? 塩水とか木とかはあんまり無い場所だけど、来る?」

 妖精はウルウルとした瞳で、頷く。

 そういう目に弱い僕は、妖精を家に連れて行くことにした。


「ただいまー!」

「お帰りなさいー」

 パタパタというスリッパの音と共に、姉さんが出迎えてくれる。

「姉さん! 見てほら、ほら、妖精だよ!! すごいでしょ本物なんだ!」

 僕は肩に留まっている妖精を姉さんに見せる。

「あら! すごいわ、さすが、空さんね。あ、……玄関のドアが開けっぱなしよ?」

 あ、確かにドアを閉めるの忘れてた。でもそんなことより、もっと妖精に驚いてほしいなぁ。

 __バタン

 振り向いて、ドアを閉める。


 すると急に僕の肩に手が伸びてきた。驚いて振り返ると、姉さんが右手で妖精を握りしめている。

 「キーキー」

 妖精は苦しそうに鳴く。

 そのまま姉さんは左手を使って妖精の頭を捻った。


 __グキッ


 という音が聞こえた気がする。

「ね、姉さん! 何やってるんだよ!!?」

 妖精の首は酷く、曲がって……しまった。

 もう動かない。

「あら、どうかしたの? 逃げられないようにしただけよ?」

「逃げられないようにしたって……」

「それにしてもすごいわ~。さすが空さんね。警戒心が強い妖精を釣ってくるなんて。待っててね早速料理するから」

「り、料理?」

「うん。妖精の肉は珍味でしょ、寿命も延びるしね」

 姉さんは訳の分からないことを言いながら台所へ歩いていく。首がプラプラしている妖精を持って。

 

 ……その日の夕食はナマコ酢だった。いや、少なくとも見た目はそれに似ている。……味も、似ていた。だからアレはナマコ酢だ。




 __三日目



「はぁ。姉さんがあんなことするなんて」

 ショックだ。珍しい妖精を見つけて、連れて帰って、姉さんを驚かせて、それでみんなで仲良く暮らしていく……そのつもりだったのに。

 何故か妖精は昨日の夕しょ……いや、止そう。忘れるんだ。


 姉さんがいる家に居ずらかった僕は今日も波止場に来ていた。

 で、釣りをしている。

 ここに来れば釣りをする、条件反射みたいなもの。

 でも、今日は何かを釣るつもりは……あまり無い。

 その証拠に針はすごく大きいヤツを使っている。ここいらに来るような魚じゃ食い付けないサイズだ。もっと外洋の大型の魚用。

 それをつけて波止場で釣りをする僕。他の釣り人がいれば眉をひそめる光景だ。

 餌は……今朝姉さんが出掛けるときに渡してくれた良く分からない肉団子。大きいから小分けにして使ってね、と姉さんは言ってたけど。僕はその肉団子を丸々一個、針につけて釣りをしている。

 その内小魚が肉団子をつついて食べ尽くすだろう。

 全部無くなったら帰ろう。今日はボウズで良い。

 

 そんな調子で糸を垂らしてぼー、としていたら。


 __グンン!!


 何だ!? すごい当たりがきた! 竿か引き込まれそうだ。

 糸が大きく左右に振れる。

 こんな大物、当たったことがない! いや、待て何処かで似たような当たりがあったような?

 待て待て、考え事してる暇はない!


 とにかく大物だ!!! 

 このままじゃ糸が千切れるか、竿が持っていかれる!

 それは避けたい。

 僕は全力で目の前にいる相手と戦う。想定外の相手だ。糸もそんなに太くない。

 糸が切れそうな時は少し弛め、竿を振る。潜り込まれそうな時は竿を立てて逃がさない。

 先ずは相手を弱らせなくては。


 ……今までの経験、体の動きを駆使して半時間ほど格闘した。



 結果として、


 __人魚が釣れた。


「はぁーはぁーはぁー」

「はーはーはーっゲホゲホっ」

「はぁーはぁー……あなた、やるわね?」

「はーはー……え?」

 目の前に人魚がいた。僕と同じくらいの年齢に見える。

 ぱっちりとした瞳の可愛い子だ。

 下半身は魚で……上半身は、裸。

 目のやり場に困る。

「まさか、この私が釣り上げられるとは思わなかった」

「あ、ごめんなさい」

「誉めてるのよ?」

「……あ、どうも」

 誉められた。なんだか嬉しいな。


「じゃあ、連れていって」

「へ?」

「あなたの家に連れていってよ」

 人魚が足を、足で良いのか? ピチピチさせながら言う。

「な、何で?」

「私を釣ったでしょ。責任とって」

「せ、責任?」

「そうよ、常識でしょう? きちんと面倒見てよね。あ、ちゃんと家事とかはやってあげるわ」

「え、その足で家事出来るの?」

「何も知らないのね。陸で暮らせばその内人間の足になるわよ」

「そ、そうなんだ」

「そうよ、じゃあ宜しく~」


 自転車に二人乗りして家に帰った。

 背中に当たる感触がヤバかった。マジでヤバかった。


「ただいまー!」

 パタパタ、「お帰りなさい~」

 いつもと同じように、姉さんが出迎えてくれる。

「姉さん! 見てよ、ほら!! 釣りしてたらこの子が、人魚が釣れたんだ。ねえ、一緒に暮らしてもいいで……」


 あれ? 姉さんが、笑っていない。いつも柔らかな笑顔を僕に向けてくれるのに。いや、たまに困った顔や、悲しそうな顔はする。でも真顔なんて始めて見た、かも。


「空さん、ちょっとその子と話があります」


「え?」


「キミ、空くんって名前なんだ。ああ、奇遇ね。空くん私もそこの女と話があるの」

「あの、話って一体……」「いいから、少し外で遊んできて」「うん、空くん。そうしなよ、直ぐに済むから」

 

 姉さん達に言われて、僕は外に出た。

 逆らっちゃいけない気がした。

 でもどうしよう?

 このまま外にいたらダメたって予感もする。

 どうしよう、どうしよう。迷う迷う迷う、僕は家から出てしばらく考えていたけど……やっぱり、家に戻ろう!

 

 僕は家に引き返した。


 玄関のドアを開ける。


 ……あれ? 一面が、真っ赤。


 姉さんの腕が千切れていて、あの子の頭が離れていて?

 あ、れ? なんだこれ? 夢でも見てるのかな。生臭い匂いがする、いつも嗅いでいるような、嗅いだことのないような? 生臭い匂いがする? これって一体……

「あらダメじゃない? 早すぎるわよ、空さん。もう少し遅く帰ってくれないと」

 血塗れの姉さんが言う。


「あ、ああ。うん、ごめんなさい?」

「じゃあ、もう少し待っててね。今日の夕食はお刺身にするから」

「うん、あれ? でも姉さん腕が……」

 無いけど、それでどうやって?

「大丈夫よ、そのうち生えてくるから。ふふふ心配してくれてありがとう」

「あ、いや。どういたしまして?」


 良く分からない、良く分からないけど何かが手遅れだった。

 だから僕は家を出た外で時間を潰すことにした、……釣り以外で。



 ___???日目



 僕は今日も釣りをする。

 良い魚を釣って姉さんに料理をしてもらう。

 それが僕の楽しみ。

 空を見る。

 夏の暑い日。

 赤い赤い真っ赤な空、緑色の雲が少し浮かぶ。

 __ああ、今日も良い天気だ。


 でもいつからだろう、確か空は青色だった。そのはずだ。うん、自分の名前だからそれは覚えている。

 でも今は赤い。


 いつからだろう、僕の世界は少しづつおかしくなっている。

 

 忘れてしまったことも多い……気がする。


 でもいいか。家に帰れば姉さんがいる。うん、……それならいいか。


 僕は今日も釣りをする。

 

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