ENDING

 探偵は、未解決の事件、あるいは現在進行中の事件に強くコミットし、そこに後戻りできないほどの深い痕跡を残す。時には、結果としてより悪い方向に事件を決着させてしまうことさえある。外部から本質を観測するはずの装置が、むしろ主体的に事象に関わり、結果をねじ曲げてしまう。それが探偵の常だとするなら、私はこの先どのような態度で事件に臨めばいいのか。

 あの日、P公園に現れたA子は罪を犯していないA子だった。そこに私の力は何か働いたのだろうか。私を消すことに失敗したC警視は、殺人および恐喝の容疑で逮捕された。C警視の供述どおり郊外の貯水池からB子の遺体が発見され、世界Yの人々によるB子の二度目の葬儀が行われた。

 やはり一度死んだ人間が生き返ることはなかった。シュレーディンガーの猫は死が確定し、他の可能性は消失したのだ。

 しかし、もし私にもう少し違うアプローチができていたなら。もし私が、A子もB子も生きている世界Zを見つけ出す技量を持ち合わせていたなら。私はもう少し胸を張ってこの仕事を続けていけただろうか。

 いや、すでに確定した過去の世界について思い悩むのはやめよう。私たちは不確定な現在という、とてもファンタスティックな時制の中に生きているのだから。

 私はデスクから顔を上げ、ソファに寝そべりながらタブレットでネットショッピングに興じるA子の美しい横顔を眺めた。(Fin)




 ※量子論の解釈についてはニュートンプレス社の「みるみる理解できる量子論」を参考にしました。

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さよならシュレーディンガーの猫 夕方 楽 @yougotta

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