SCENE12

 C警視は、ゆっくりと歩みを止めると、一呼吸おいてからしゃべりはじめた。何かこれまでとは別人のようだった。

「ああ、ヘッポコ探偵にしてはよく健闘した、とも言えるし、やはりヘッポコ探偵はヘッポコだった、とも言えるな。確かに最初はご指摘どおりアンタを、殺人を犯した方のA子に関わらせ、A子の発見確率の波をアンタが言うところの世界Xに収縮させるのが目的だったよ。ところが、ある日私は偶然に、生きているB子、つまり世界YのB子にばったり出会ってしまった。そのとき私は考えた。私の人生を左右する一大事を、あんな冴えない探偵の技量に委ねていいのか。いくら私が舞台装置を整えたところで、ヤツは思いもよらぬ行動で私の意思とは正反対の結果を引っ張り出すかもしれない。その確率はどのくらいか。今更この私がサイコロを振るなどということがあっていいのだろうか。そんなことは到底許容できない。だから私は、もう一度B子を殺した」

 ざわざわと音を立てて冷たい風が吹きつけ、C警視は私から視線をそらせた。その視線の先には、さっき私が見つけた鳥が止まっている木の枝があるようだった。C警視はあの鳥の名前を知っているだろうか。私は理解した。

「つまり、僕が出会うのは、もはやどちらのA子でもよかった。僕がなんとか策を見出そうと考えあぐねたこの何日間かは全くの無駄だったというわけですね。どっちの世界に収縮しようと、B子が死んでいるという結論は同じ。あなたはただ、一刻も早くA子の存在の不確かさにピリオドが打たれ、さっさと事件が解決しさえすればよかった……」

 いつのまにかC警視の手には拳銃が握られ、もちろん銃口は私の胸に向けられていた。警察官が拳銃を持っているのはあまりに当たり前すぎたためか、私には驚く理由が見つけられなかった。

「もう、やめて」

 その時、背後から若い女の声が響いた。A子の声を聞いたことはなかったが、それがA子だということが私にはすぐに分かった。ホールドアップのまま首だけ振り返ると、写真のイメージより小柄でかわいらしいA子の姿があった。

 おまけに、C警視と比べてずっとマトモで頼もしそうな警察官たちが、いつのまにか私たちの周りを包囲していた。

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