ある医師の独白
ああ、なんと言えばいいのだろう。私は、向いてなかったのだろうか。カウンセラーなんて、やめておけばよかったのかもしれない。
本当は、もっと研究をしていたかった。現場よりも研究室が向いているのだ、私は。流れでなるような職業じゃあない。そう、分かっていたのに。
虚無感。無気力感。そんなものばかりが、生まれてくる。ああ嫌だ。なんだかとても、嫌なんだ。
A子は刑事責任から逃れられないだろう。A子自身にも、逃れる気はないようだ。罰せられて当然だと思っている。
罰せられてかわいそうだとは思わない。A子は理解しているし、C男は十分傷ついていた。罪に罰がなければ、社会は成り立たない。
ああ、なのに。何なのだろう、この無力感は。A子がいうように、私は同調してしまったのかもしれない。けれども、A子の気持ちがわかるのとはちょっと違う。
ただ、空しいのだ。この事件が、空しいのだ。
A子の友人も、C男も、もしかすると私ですら、A子の恋を信じている。
けれどもA子は恋をしない。私はA子の恋を信じているのに、A子は恋をしないだろうと信じてもいる。
普通なら、A子は恋をしているというのだろう。けれども、A子は恋でないというのだ。恋をすることが出来ない、と。
もしA子が恋をし、更にそれを恋と自覚していたら、A子は今ここにいなく、自殺した少年も自殺していなかったかもしれない。
もし、なんてありえないことを推論するだけで私は嫌いだけれど、でもなんとなくそのもしは実現したんではないだろうかと思える。
ああ、だからこそこんなに無気力感を覚えるのだろうか? でも、それは違う。
この無気力は、もっと別のところ。絶対理解できない、価値観の違い。
A子の価値観は、A子のものだ。第三者が恋と示しても、A子がそう定義しなければ、恋になるわけがない。A子の気持ちなど、A子以外にわかるはずないのだから。
ああ、恋の定義はなんだったんだろう。研究に没頭しすぎて職業病も災いして、別れた恋人を思い出す。
未練はもう無いが、当時は私なりに愛していた。私の愛はわかりづらいらしいが、それでも愛していた。
でも、恋人が自殺して、私はは復讐をするだろうか? A子の方がある意味情熱的だった。けれども彼女の情熱は、彼女いわく宗教に近いものだ。
友人を神とし、自殺した少年を天使と称したA子。
私にはそれが理解できない。理屈はいろいろつけられないわけでもないけれど、彼女の歌うような告白を聞いた後では、理解できないというしかない。
あんなに透明な歌を、私は聞いたことがないんだ。だから私は、その歌に魅せられて同調したように泣きたくなってしまったのかもしれない。
この透明な歌が狂気――ああ、それとも凶器といった方が正しいのか。とにかくそれがキョウキになる、そう理解したとたん恐ろしくも思えた。
C男はどれだけ怖かったのだろうか。同情してしまう。でも、A子を責めようとは思わない。
カウンセラーとしてなんて立派なものではない。罰せられることは当然だと思いながら、ただ私は責めることが出来ないのだ。
何が悪いとか、いいとかは元々つける性格じゃないし、それは私の職業ではやってはいけないことだ。今だって、そうする気はない。
けれど、悪いとか、良いとかじゃなくて。単純に、彼女が理解できなくて、怖い。人は理解できないものに蓋をする。今、その心理が私にもある。
A子と話すたびに、すれ違いを感じる。近づこうと言葉を変えても、するりとA子は身を捻る。しかもそれは、A子にとってなんでもない動作なのだ。A子は身を捻って逃げているつもりも、避けているつもりもない。A子にとって当たり前のことが、私にはムリなだけだ。
ああ、私に何が出来るのだろうか。訳がわからなくなりそうになる。既に訳がわからないのかもしれない。
分かることは、A子は恋をしていないし、恋から生まれた事件ではないこと。
そして、そのことはきっと裁判官にも弁護士にも検事にも理解されず、被害者やクラスメート、友人にさえ理解されないだろうということ。
分かることは、ただそれだけ。
ああ、やはり私は向いていない。こんなに空しく感じてしまうなんて。無気力に感じてしまうなんて。向いていないんだ、こんな仕事。きっと、そうだ。
もう、研究も現場も諦めて、田舎に帰って職につこうか。結婚をするのもいいのかもしれない。安定した、家庭を築こう。
そうすれば、こんな無力感は感じなくてすむかもしれない。素敵な考えだ。落ち着いたら、母さんに、電話しよう。
ああ、でも。もし子どもが恋を知らずに終わるなんていったら、私はどうやって恋を教えられるだろうか。
教えられぬまま、終わるのだろうか。
(了)
告白 空代 @aksr
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