C男の主張
――俺は、悪くねぇよ。それは確かだろう?
あいつが佐藤のこと好きかも知れねぇって話は聞いてたさ。あの女、俺達男子とはぜってぇ目あわせねぇ癖に、佐藤とだけは挨拶するんだぜ? 好きじゃねぇって言う方がおかしいだろ。
佐藤? ……気持ち悪ぃ。あんなの聞く前だったら、いいダチだったけど、あんな目で俺のこと見てたってことだろ? 気持ち悪いにきまってる。突っ込まれてぇのか突っ込みてぇのかわからねぇけどよ、どっちにしろ、そういうことだろ? 性欲なく愛してるって訳じゃねぇだろ? 男なんてそんなもんだろ。俺じゃなかったとしても、普通ひくって。ひかねぇほうがおかしいだろ。
どんな奴等にも人権を、とかテレビで言ってたりするし、芸能人でもホモっているけどさ。まさかダチがそんなんだと思うわけねぇだろ。
線が細い女みたいな顔しているわけでも、オカマでもない。いわゆる普通の『スポーツ少年』だぜ? ありえねぇって。
……そうだよ。気持ち悪ぃって直接言ったさ。なんでって決まってんだろ? 気持ち悪いもん気持ち悪いって言うのがおかしいか?
俺は自分に正直だっただけさ。――まさか、死ぬなんて思ってなかったけどよ。
なんだよ、先生とやら。俺が傷ついてる? ホモが死んでよかったにきまってるだろ。気持ち悪いもんが減ったんだから。
傷ついてなんかいねぇよしつけぇなぁ!!
………。うっせぇ。そうだよ。気にしないほうがおかしいだろ? 死んじまったんだ。俺の言葉で、死んだんだ。
教師も周りも、俺がそんなこと気にするなんて思っていないさ。逆に清々してるって思ってる。だったらそう振舞った方が、楽だろ? なんで楽させてくんねぇんだよ。
なんで俺は、俺の事好きだとか抜かしたホモが死んだ程度で、こんないやな思いしなきゃなんねぇんだよ。
……大変だね、だ? 大変なのはとっくに分かってんだよ。佐藤が俺の事好きっていうことが既に、俺にはありえなかったんだから。
ありえないことが起こって、大変じゃねぇ訳ねぇだろ。しかも、死にかけたんだぜ? 大変じゃねぇ訳ねぇ。
先生、先生は殺されそうになったことなんてないだろ? ――聞きたいんだろ、そのときのこと。そんな顔してるぜ。
しゃあねぇな、ここきてから――ああ、もう一時間以上も経ってんのか。95分か。俺が怪我した時のこと、話出すまで待ったのは先生がはじめてだからな。
話してやるよ。俺のそん時の気分まで、な。かっこ悪ぃから、あんま教えたくねぇけど。先生なら、まあ話してやってもいいぜ。
なあ、先生。俺は、女ってもんはつくづく怖いもんだと思うね。好きな男のためにあんなことするなんて、普通ありえねぇだろ。
特に、あの女はアブねぇ。あの女、それまで佐藤以外の男子とは絶対喋ったことがなかった。これは誓えるぜ。絶対、だ。
その女が、俺に声をかけてきた。目を逸らしたまま、ただ小さな声で俺を呼び出したんだ。ぼそぼそ喋って、鬱陶しかった。存在がウザイ。絶対苛められるタイプだな。
人のいない部屋。放課後の呼び出し。うっかりすれば、それは告白シーンだ。
けれど俺は分かっていた。だって、そうだろ? あいつが喋っていた佐藤は、死んじまったんだ。そしてその原因は、俺だ。どうせ文句をいわれんだろうと思った。
俺は、それを避けたかった。佐藤が死んだのが俺のせいだと、正面切っていってきた奴はいない。――俺は、そう言われたくなかったんだ。
「佐藤君のこと、聞きたいんだけれど」
あの女は、うっすらと開いた目で俺の襟元あたりを見ながら、そう言った。目をあわせようと努力していることはわかったさ。だからこそ、俺は嫌だった。
あんだけ目を合わせたがらない女が、口をききたがらない女が、ここまで努力している。
それは俺を責めようとする意思の表れ以外何者でもねぇだろ。……正直、俺は続く言葉が怖かった。聞きたくなかった。
だから俺は、笑ってやった。あの女のしようとしていることが、とても馬鹿馬鹿しいことだということを教えるために、だ。
あいつがホモでキモイ事。今までダチだと思っていたのに、裏切られた気持ち。いろいろな事を、いろいろな言葉でベラベラ喋った。
あの女はそれをただ俯いて聞いていた。言葉が続かないことに調子付いて、俺は言っちゃなんねぇ事まで言ったんだ。
「佐藤は自殺したんだよ、自分のことキモイって認めていたから、自殺したんだよ」
それは俺に言い聞かせるモンだった。俺はそうだと信じたかった。けれどその瞬間、――先生は、信じてくれるか? 俺は、ものすごくいやな予感を感じたんだ。
あの女は、黙り込んだ俺をゆっくりと見上げた。
あの女の、あの目を見た瞬間、俺は、もう駄目だって思ったね。今でも、思い出すと冷や汗が出てくる。――嫌な夢まで見ちまう。
だせぇ。俺より20以上は低いちっさなやせた女だぜ? なのに俺は、その目に恐怖したんだよ。マジで、怖かった。
俺は、あの目を見た瞬間、――死ぬ、って思ったんだ。それなのに、逃げられねぇんだ。足がすくんで動けないなんて、本当のことだなんて思わなかった。
あの女は、に、っと笑った。目は、死んだみたいな色をしてたくせに、にっ、て唇の端で笑ったんだ。
ああ、終わった。そう思った瞬間、凄い勢いで大きな音がなって、その後ゴスッて音を聞いて、終わり。なんか漫画見てぇだな、こういうと。
すげぇ一瞬だったんだよ。終わったって思ったから脳味噌諦めちまってたのかも知れねぇけど。これで、あん時の話は終わりだ。
――俺は被害者なんだ。もう、そっとしていてくれよ。
……なんでそんなキモイキモイ言ったか、なんて馬鹿馬鹿しいこと聞くんじゃねぇよ。……! 先生、あんた、なんで、そんな。きも。エスパーみてぇ。
そうだよ。俺は、キモイって思ったけど、裏切られたって思ったけど、――キモイって本人に言うのは躊躇った。
こんな髪だし、態度だし、他の奴等はしらねぇしきづかねぇけど。俺は苦手なんだよ、口が悪いのは分かってんけど、本気で相手否定すんのは普通まずいだろ。
でも、言っちまった。理由なんて、馬鹿馬鹿しいほどくだらねぇ。だからこうして、嫌な思いして、嫌な夢見て、――後悔してんだろ。
俺は、俺は、――ミナのことが好きだったんだよ。あいつ、さばさばしてるしさ。俺を見ても怯えねぇし。
なのに、ミナは佐藤のことが好きで、佐藤は俺のことが好き? は? わけわかんねぇだろ!
ヤキモチやくどころか、なんでミナにヤキモチやかれなきゃなんねぇんだ? ありえねぇだろ。ありえねぇ。……そんな事かもしんねぇけど、本気でありえねぇんだよ!
そんで俺が佐藤に八つ当たりしたって、普通問題ねぇだろ? それくらいさ、普通だろ。……けど、あいつ死にやがった。俺に文句言えばいいのに、死んだんだ、クソ!
なんでだよ、なんで死ぬんだよ! 俺だって男に惚れられて、つれぇのに。好きな女がその男好きってのも辛いのに。あいつ、たった一言で死にやがった!
……キモイし、ダチだなんて思いたくねぇけど。俺にとってはダチで、俺の好きな女が惚れてる男だったのに! 死にやがった!
死んだら何もなんねぇだろ! お前のこと思って犯罪者にまでなる女だっていて、恵まれてんのになんで死ぬんだよ、ボケ!!
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