異世界に行ってきたババア

鹿角フェフ

異世界の噺



――おう、よしよし。今日も来なすったね。

 さち子はちゃあんとおっ母の言いつけ守って、えろう子じゃ。婆も誇らしいわい。


 ほれ、こっち来んさい。

 婆の膝に座って、さち子の好きな飴ちゃんもあるでな。

 よしよし、さち子はほんに聞き分けの良い子じゃて。


 ……それじゃあおっ母が買い物から帰ってくるまで、婆と遊ぼうわいな。

 さち子はなんぞやりたい事でもあるかの?

 はて? 話を聞きたいとな?

 婆の話なんて聞いてもなぁんも面白いことはないぞ、またぞろいつものゲームをすればよかろうて。

 なに? 小学校の宿題じゃと? そりゃあ大変じゃな! 婆もしゃきっと話をしてやらんといけんわい。

 じゃが、わしゃ爺さんの話しかできんわい、爺さんの話は……そうか、いらんか。

 困ったのう。せっかくさち子がこう言ってくれとるのに……何?

 異世界の話を聞きたいとな?


 ほうか……ほうか、異世界の話が聞きたいか。

 異世界の話は、婆あんまりしたくないんじゃがのう。

 他ではいかんか? そうか。

 しょうが無い子じゃてぇ、まぁそこまで言うのなら婆もちゃあんと話さにゃならんて。

 学校の宿題だもんね、大事だわいな。



 ……異世界はな、いかん。ほんにいかん場所じゃ。



 まずあそこは法則が全く違う。

 こちらでは非常識とされる事があっちでは当たり前に存在しとる。

 物理法則や化学法則はほとんど意味をなさんし、エネルギーなんて無から沸いてきおる。

 その典型的なのがドラゴンじゃな。図体もやることもなんもかんもが出鱈目じゃ。

 ドラゴンはほんに恐ろしいぞ。

 強いし、賢いし、でかいし、なにより旨い。

 けど生で食うのは流石にいけん。爺さんはドラゴンの肉で寿司を作ったんじゃが、生肉だったんでその後寄生虫に腹を食われよった。

 何が「日本の伝統的料理を振る舞いましょう」じゃ、そりゃあ腹も下すわ。

 しかもじゃ、異世界の寄生虫は生半可なもんじゃなかった。物理的に腹を食い破られたんじゃぞ、わしゃあそりゃあ笑たもんじゃ。

 まぁそんな傷も跡形もなく治せるのが異世界の凄いところなんじゃがな。

 なんでもかんでも日本と同じノリだとえらい目にあう。異世界はそういう場所なんじゃ。


 他にはな……魔王がおったな。

 魔王はいかんぞ。あいつはなんも考えとらん。

 世界を滅ぼすとか言いながら具体的なプランが無いし、行動力も無い。

 それだけならまだしも、政治力がないのが致命的じゃ。

 魔王が治める領地は弱肉強食の荒れた土地。と言われとるが、単に統治が出来とらんで皆が餓えとるだけなんじゃ、阿呆らしい理由じゃ。

 大体においてな。魔族は力至上主義じゃからオツムの方はからっしきなんじゃ。

 かけ算はおろか足し算すらできん。ありゃあ掛け値なしの阿呆じゃ。

 魔王は爺さんの口車に乗せられて連帯保証人になっとったが、相当むしり取られたと思うぞ。

 まぁ異世界の住民は総じて数学ができんから、算術に関しては小学生でも無双できるんじゃがの。

 どうやってそれで貨幣経済を維持しとるんか謎じゃが、まぁそれが異世界じゃて。

 無知は罪という言葉の典型的な体現じゃな、さち子も魔王のような阿呆になってはいかんぞ? もちろん、爺さんの様な詐欺師になってもいかん。


 そして……これが一番の問題じゃ。

 ――チート主人公じゃ。これがいっとうにいけん。

 あれはいけん存在じゃ。


 チート主人公はな、世界を救う。正義の存在だから、ちゃんと世界は救うんじゃ。

 けどな、それ以上に女を囲いよる。美人とみれば手当たり次第じゃ。それがいかん。

 気がつけばハーレムじゃ、女っ気がなかった奴が、明日にはもう女を何人も侍らせながら街を練り歩いとる。

 チート主人公は女が大好きなんじゃ。


 さち子も気をつけないかん。

 特にさち子の様なめんこい子はダメなんじゃ。一瞬でハーレムに加えられてそりゃあ毎晩くんずほぐれつのサタデーナイトフィーバーじゃ。

 年齢的にもロリ枠で実にグッドじゃ。……何? 青少年保護法? 異世界にあるわけなかろうて。

 まぁ別にロリじゃなくてもめんこい子はすぐにチート主人公のターゲットじゃがな。

 わしも危うく夜のうふふイベントでエターナルフォースブリザードじゃったが、爺さんが気障ったらしい台詞を吐いている隙に玉を蹴って事なきを得た。

 今でも夢に見るわい。ほんに恐ろしい出来事じゃった……。おぼこじゃったしの。

 まぁ、爺さんにとっても悪夢じゃったらしいがな! ほっほっほ!


 何? 許してやったのかとな?

 まぁ許してやったわい。マジ泣きしながら土下座で謝られたらしゃあなかろうて。

 それに、調子に乗っとったが悪い男ではなかったからのぅ、爺さんは。

 下半身の節操の無さは魔王もどん引きするほどじゃったが! ほっほっほ!

 さち子も気をつけいよ。チート主人公はな、基本的にええ男なんじゃ。下半身の緩さに目をつむればの。

 それに一緒におったら情が湧く。それがいっとういけんのじゃな。


 ……え? 私はそんな簡単に好きになったりしないじゃと?

 ほっほっほ! そういう話じゃないんじゃ、よぉく聞きんさい。

 チート主人公は女を惚れさせる力を持っとる。これは誰もが持つ誰も知らん能力じゃ。

 もしかしたら、いや、本人達も知らん。もちろん惚れた女もじゃ。

 特にたいした理由もなく惚れてしまうんじゃ。まるでハーレムを作らねばならぬと天の神様が采配するようにな。――神様も女なら惚れてまうから全く見当違いの話かもしれんがな。

 ともかくチート主人公には惚れてまうんじゃ。それが運命であり必然なんじゃよ。

 もっとも、爺さんはそんなもんが無くても気の優しい男じゃったがの。

 コミュ障で引きこもりじゃったが、他人への思いやりだけは無くしとらんかったんじゃ。


 まぁええ……そういう訳で、異世界に行った主人公は大抵お手軽に異性をゲット出来るんじゃ。ボールを投げれば自分に惚れる女に当たる勢いじゃからな。

 ポ○モンも真っ青じゃな。

 そういえばポ○ットモンスターという名称は海外ではアレを意味するらしいぞい。

 異世界のポ○ットモンスターは女子にとってはまさしくモンスターじゃがな。

 だから女子は異世界に気をつけねばいけん。

 あっと言う間にどうしようも無くなるからの。


 もっとも、異世界に行ったら女子だって簡単に男をゲットできるからお互い様なんじゃがの。

 イケメンも権力者も、俺様系もショタも、選びたい放題じゃ。

 いい男が揃っとるぞ。それが異世界じゃからな。

 さち子は――そうか、ショタがいいか。

 その歳ですでにショタ狙いとは、業が深いのう。流石爺さんの血を受け継ぐ子じゃて。


 まぁ安心しんさい。

 どんな変態的な趣味でも異世界は受け入れてくれる。

 異世界はいけん場所じゃが、良いところもある。何でも許されるのが異世界の良いところじゃ。


 じゃから、さち子も異世界に行ったらショタをちゃんとゲットするんじゃぞ。

 なぁに、その時は婆が念話で一から十までやり方をレクチャーしてやるわい。

 ちゃんとショタを堕とせるかどうか不安じゃて?

 安心せぇ、どうせ異世界のショタなんて女以上に快感に弱いから、ちょっとアレをこうしてそうするだけでアヘ顔ダブルピースのビデオレターじゃて。

 ステータスで言うところの快楽刻印と屈服刻印がレベルマックスじゃ。

 さち子のショタっ子ハーレムも夢ではないのう。


 これさち子。そう眼をぎらつかせるのはやめい、あと涎を拭くんじゃ。

 そうそう、それでよか。ギラついた女は敬遠されるからの。ベッドの上、ショタが不安気におどおど上目遣いでこちらを見つめてくるその瞬間まで牙を隠すんじゃ。

 それまでお淑やかで頼りになる年上のお姉さんを演じるんじゃぞ。

 それが秘訣じゃ。


 それでまぁ、逃げ場を塞いだらあとはもうこっちのもんじゃ。

 ショタのまだ未熟なショタをショタしてショタすればもうさち子しか見えんようになるわい。

 話は変わるんじゃが、バナナは店に並ぶ前は青いままで収穫して国内に輸入するらしいのう。

 それが一番おいしく頂く秘訣らしいとな。

 なんか思いださんか、さち子? そうかそうか、さち子もそう思うか! ほっほっほ!


 ああ、笑った。これほど笑うたのは久しぶりじゃ。

 ――むっ、そこにおるのは誰かいな? ……おお! とし坊じゃなか! よぉ来なすった。こっちよりんさい。

 ささ、さち子お姉ちゃんと一緒に婆の話でも聞きなさいな。


 何の話をしていたかじゃって?

 なぁに、たいしたことは話しとらん。

 バナナの鮮度管理と国内流通の話について話をしておったんじゃ、のう、さち子。


 そういえば、とし坊は将来の夢はあるかいのう?

 さっきまでさち子と夢の話をしとったんじゃ、とし坊の将来の夢も婆に聞かせてくれんかのう?

 ちなみに、さち子の夢はバナナ農家じゃ。立派なバナナを育てるんじゃて。

 青い青いバナナじゃ。

 何も知らん、何も経験しとらん、羨望と淡い恋心だけで出来とる甘いバナナじゃて。

 ほっほっほ。さぞかし美味しかろうて。

 これこれさち子、笑顔が眩しすぎるわい。夢と希望に満ちた表情でとし坊にバナナの素晴らしさを語ろうとしなさんな。

 悟られてはいかん、教えたばっかりじゃぞ?

 ええ、それでええ。いざその時までは牙を隠すんじゃ。

 ああ、すまんすまんとし坊、なんでもありゃせん。こっちの話じゃ。


 それで、とし坊は何になりたいんじゃ? 爺さんと一緒でチート主人公かのう?

 別に構わんが、爺さんみたいになってはいかんぞ。相当に女で苦労したからの。

 なに? とし坊はユーチューバーになりたいとな!

 それはまぁ、えろう大きな夢じゃのぅ。

 最近人気の、皆を楽しませる素晴らしい仕事じゃて。

 うんうん、よか、よか。

 じゃあそんなとし坊に、一つ婆から言葉を贈ろうかいな。


 ――面白くない奴が面白い奴の尻をを追っかけても永遠に追いつけないんじゃ。

   面白い奴の真似をして人気者になりたいという発想が、すでにクソ面白くないわな。


 あんれ、泣いてかけだしてもしたわ。

 おーい、とし坊! とし坊やーい! 駄目じゃな、戻ってこん。

 ふぅむ、悪いことしたのぅ。じゃがユーチューバーはそんな甘い仕事じゃないんじゃ。

 小さな土俵で圧倒的な先達と戦うのは、それはそれは絶望的なことなんじゃがな。

 とし坊もあの程度で根を上げているようじゃ、ユーチューバーになっても意味無く住所晒してデリヘル呼ばれるのが落ちじゃろうて。

 ほんに因果な商売じゃて、ユーチューバーは。


 さて、異世界の話に戻ろうかいな。

 言うても異世界の事については粗方語ってしもたのう。

 あとは――爺さんの事ぐらいしかないわい。

 む? 爺さんの話でも良いとな?

 仕方ないから聞いてやるって?

 ほっほ! えらいディスられようじゃのう。それでこそ爺さんじゃて!


 爺さんはな、それはそれは典型的なチート主人公じゃった。

 コミュ障で引きこもりで、自分に自信の無い小物だったくせに、異世界に来たとたんにやけに饒舌で自信家に変身。

 上から目線で説教するわりには、自分の事は棚の棚の上にあげる。

 それでもって女には正直じゃ。

 上も下もストライクゾーンが広うて、下半身で物を考えて下半身で喋る男じゃった。


 そんな爺さんじゃが顔は良かった。

 あと金と力と権力はごまんと持っておった。

 だから女が山ほど来おった。

 当時は本当に誇張無く山ほど連れて来おったんで思わず「ぶっ殺すぞ」って言ってしもうたし、実際三回ほど殺してやった。

 すぐに生き返らせることが出来るのが異世界の良いところじゃな。

 日本では考えられんことじゃ。

 ……まぁ、それでも女が増えることはあっても減る事はなかった。

 全部が全部、爺さんの一番になろうと眼をギラつかせる女狐じゃ。

 それだけいろんな物を爺さんは持っとったからのう。

 中身はコミュ障で引きこもりで、自信が無い、気の弱い小市民じゃというのに。

 そこに気づいた女はおらんかった。


 ええか、さち子。

 異世界はいけんところなんじゃ。あれは夢じゃ。

 夢は覚めるんじゃ。

 異世界で成功した者も、異世界に夢を託す者も、異世界に活路を見いだす者も。

 全部全部夢なんじゃ、いつかは消え去ってしまうものなんじゃ。


 女どもが爺さんに見ていた夢は覚めてもうた。

 爺さんがこっちの現実の世界に帰ってきて、それで綺麗さっぱり消えてもうた。

 金は使えば無くなる。

 力は歳と共に衰える。

 権力は新しい野心に負ける。

 老いはいろんな物を持って行くんじゃ。


 あれほどご主人様ご主人様と五月蠅かった羽虫どもも、気がつけばいつの間にか皆いなくなってもうてた。

 いまは何処で何をしとるかも知らん。

 案外どこぞの男の上でまた腰を振っとるかもしれんがな。

「一生愛す」なんて言葉ほど、軽い物はこの世にはないんじゃ。

 まぁ、婆の知ったことじゃなか。

 夢が覚めるとはそういうことじゃからな。


 さち子。

 異世界には気をつけんさい。

 浮かれず、惑わされず、本当に大切な物を見つけんさい。

 さち子のそれが何かは婆にも分からん。

 じゃが、注意深く、そして一生懸命探しとったらきっと見つかる。

 婆はなんとか見つけたからの、けっこうギリギリじゃったがな! ほっほ!

 まぁ婆もこれで異世界では相当にデキる女じゃったから、当然じゃて。


 さっ、これで婆の話は終わりじゃ。

 ためになったかの? 小学校の宿題はできそうかの? ほうか! それは良かったの。

 婆も話して良かったわい。


 おや?

 この声は……ほっほっほ。爺さんが呼んどるわい。

 また糞でも漏らしたんかのう?

 もう相当にボケが来とる。身体も弱っておるからいつお迎えがきてもおかしくないわな。

 おお、丁度おっ母も帰って来たようじゃ。

 さち子や、わしゃ爺さんの世話せにゃならんから、おっ母のところへ行っといで。

 爺さんは婆のご主人様じゃからのう。もう何も分からんなっても、糞漏らすようになっても、それは変わらんのじゃ。


 ……ん? どうしたさち子?


 なんで婆は最後まで残って爺さんの面倒を見ているかだって?

 ほっほっほ! さち子にはまだ難しい話かもしれんねぇ。

 じゃが、一つだけ言えるのは。


 ――婆の勝ちだったってことじゃのう。



                         了

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