最終話「そして魔王は遅刻した。」

 幾本か蝋燭の折れた大広間。


 その席には甲冑を被った黒騎士、ダークエルフ、黒魔術師が並び、

 彼らの双眸には暗い光が宿っていた。


 そこにカツカツと足音を立て、疲れた顔で一人の男がやってくる。


 男は古めかしいマントを着込んで杖を持ち、その雰囲気はいかにも

 ラスボスと言った具合で、見る者を震撼させるオーラに満ちていた。


 そうして、男は一番奥の破れたビロードの椅子に座るとこう言った。


『すまないね。今日も定例会議の日であるというのに

 魔王である私が遅刻をしてしまって…なにせ、この城の中に

 どうやら侵入者があったようで、今は偵察中との事と…。

 まあ、事情はこれくらいにして、最終会議をはじめるか…』


 そうして次に魔王は沈痛な面持ちで、椅子に座る面々を見渡した。


 四天王…それは、魔王に仕えるという名目の

 種族も思想も別のいわば烏合の集を従える長たちである。


 本来ならば四人であるはずが、

 先の奇襲攻撃によって幹部を一人失ってしまっていたのだ。


『…全く、プアゾンには申し訳ない事をした。

 彼はアンデッドでありながら無類の動物好きだったからな。

 だからこそ、「身代わりの呪文」で自分の身を体にして、

 我々とこの子を…。』


 そうして、感傷に浸る魔王の懐から一匹の子猫が飛び出すと、

 机の上でころころと転がり始めた。


 その様子を見ていた魔王は、元気づけられたのか、

 前を向くと再び話をはじめた。


『まあ、過ぎてしまった事はしかたがない。我々は、彼の死と引き換えに

 生を得たのだ。さて…それでは会議を…。』

 

 そこまで話したところで、ふいにダークエルフのグレイが立ち上がり、

 魔王に向かって言った。


『いや、我々の陣営はこれ以上保たない事がわかっている…それと同じく

 我が輩はもはやあなたにお仕えする事自体が無意味だと感じている…

 ゆえに、暇をもらってもよろしいかな?』


 それを聞いて、魔王は静かに問う。


『つまり、もう貴君の助力は得られないということか?』


 すると、ダークエルフは静かにうなずいた。

 それと同じく、黒魔術師のアンゴルが立ち上がり、震える声で言った。


「こ…ここのところ幹部の死亡が相次いでおる。これは恐らく、この城に

 かけられた古き呪い…禍いの呪い…そう、この城は…呪われておる…!」


 その瞬間、一同のあいだで「え?今ここでそう言うこというの?」

 という微妙な空気がながれた。


 何しろ、ここは魔王の城である。

 呪いもへったくれもないのである。


 だが、魔王は一応空気を読んで流しておく事にした。

 なにしろ、アンゴルは今年で齢105歳を超える老齢である。

 お年寄りは労らなければならないのだ。


「だ、だからこそ、儂もしばらく暇をもらう。

 こ、こんなところに長くいてたまるものか!」


 そう言って、歩き出すアンゴルを魔王は止めなかった。

 同じく、グレイも歩き出す。


 そのときだった。

 目の前の黒騎士が自分の持っていた剣を抜くと、横一線!

 同時に二人を切りつけたのだ!

 床に倒れ伏すグレイとアンゴルを見て、魔王は思わず立ち上がった。


『な、何をするのだジェノバ!去る者は追わずという掟を忘れたか!

 床に広がった血のクリーニング代がいくらすると思っておるのだ!』


 そう叫ぶ魔王に対し、ジェノバは被っていた甲冑の頭部をはぎとると、

 その顔を魔王にさらして言った。


「いや、んなもん関係ないっしょ。…というか、親玉のあんたが死んじ

 まえば、こんな城はただの廃墟になるしかないしぃ?」

 

 そう言って光る剣を取り出す男に、魔王は顔を歪めた。

 長机の上にいる子猫はこの光景を見て、毛を逆立てる。


『勇者…もうこの広間まで来ていたのか…!』


 …ところどころ火傷の跡や返り血のようなもので汚れてはいるが、

 その顔は勇者で間違いない…魔王はその真実に鼻白んだ。


「…そうそう。一つ言い忘れていたが、アンタの部下のジェノバは既に

 俺が殺しておいたぜ?といっても、かなり強かったな。…なにせ、

 俺を除いた全員がそいつに倒されちまったからな。まったく、即死

 持ちの呪文を持った黒騎士ほどやっかいなものはいないぜ。」


 そう言って球のように甲冑の頭を指で回す勇者に魔王は静かに言った。


『そうか、貴様がジェノバを殺したのか…せっかくの、余の世継ぎに

 考えていたジェノバを…。』


 その問いに勇者は答えず、ただ小さく笑った。


「ま、そういうことだ。じゃあ、魔王。死んでくれよ。」


 そう言って、剣を振り上げる勇者に魔王は杖ですばやく受け止めた。


『…一つ、言い忘れた事がある。私がジェノバを世継ぎに選んだ理由。

 それは、「魔王となりうる特殊な能力を持っている」ことにある。』


 その途端、魔王の持つ杖から光があふれだした。

 勇者はその光景に顔をゆがめる。


「なに!?ジェノバと同じ力か…!?」


 しかしそれに対し、魔王は首を横に振った。


『いいや、私の能力に殺傷能力はない…私の能力…それは一人を対象とし、

 生まれ故郷に…貴様を生まれた状態に戻す力だ…!』


 そして、杖からまばゆいばかりの光があふれ出す。

 そうして、その光が勇者を包み込み、収束した瞬間、勇者の姿は影も形も

 失せていた。


 …大広間の中を子猫は念入りに点検する。広間には大きな長テーブルと、

 二体の死体と、魔王と呼ばれていた男だけがいる。その男にすりよると、

 子猫は抱き上げられ、よしよしと頭をなでられた。


『まったく、こまってしまったよ。勇者が一から出直すのは良い事だが、

 幹部もまた、一から集め直さねばならなくなってしまった。』


 そうして、男はため息をつくと、ほっとしたように猫をなでた。


『だが、お前が無事で良かったよ。これで一人ぼっちでは寂しいからな。』


 その言葉に、子猫は顔をあげると男を見つめた。


『ん?まずはお前が新しい幹部になりたい?…そうだな、考えておこう。

 でも、無茶はいけないぞ。勇者たちは残酷で卑劣だ。しっかりと鍛えて、

 彼らを迎え撃たなければならないのだからな…。』


 そうして、魔王と呼ばれた男は再び笑った。

 子猫は、それに応えるようにニャオンと鳴いた。

 そうして、勇者のふるさとである土地にまた一つ星が生まれたのである…。

 

 


 


 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十三幹部と魔王の城 化野生姜 @kano-syouga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ