ブスの、逆襲。の余談。



 午前九時。仕事に行く準備をしていると、充電コードに繋げ、フローリングの上に転がしていたスマホが音を立てて震えた。


 光るディスプレイには『倉田くん』の文字が。


 親指で通話ボタンをタップし、耳に当てる。


 「おはよー、倉田くん。今、仕事中なんじゃないの?」


 『馬場添先輩が‼ 可愛くなったんですけど‼』


 倉田くんは、俺に挨拶を返してくれず、兎に角驚きを伝えたかったらしい。


 「惚れんなよー」


 『何を言っているんですか。無量大数%ないです』


 「無量大数? 何ソレ」


 『十の六十八乗です。十の八十八乗という説もありますが』


 倉田くんの言っている事は難しくて分からなかったが、倉田くんが馬場添に惚れる様な事は、どんな事が起ころうとも有り得ないという事だけは伝わった。


 『馬場添先輩可愛くなった事件に驚かないと言う事は、やっぱ貝谷さんの仕業だったんですね』


 倉田くんは、俺に報告がしたかったわけではなく、確認をしたかったらしい。


 「そう♪ イイ腕してるだろ、俺」


 『今日、開店早かったんですか?』


 「イヤ。むしろ今から出勤」


 『……え。』


 倉田くんは、馬場添が可愛くなった事よりも、その経緯を察した今の方が仰天している様だった。


 『昨日、あの後二人でどんだけ飲んだんですか?』


 「倉田くん、泥酔したからって馬場添の事、お持ち帰りする?」


 『無量大数%ないです』


 「そっくりそのまま泉にお伝えするわ」


 倉田くんのあんまりな言い方に、ちょっと意地悪を言ったつもりが、


 『やめて下さい。僕をこの世から抹消したいんですか? てゆーか、え? いぃーずぅーみぃぃぃいいい⁉ 馬場添先輩を‼ あの、馬場添先輩を『泉』呼び⁉ 待って待って‼ 昨日、僕らが帰った後の数時間で何が起こったんですか⁉ 何がどうしてそうなるの⁉ 時空が歪んでるの⁉ 何なの⁉ 貝谷さんが、馬場添先輩と…ドMなんですか⁉』


 うっかり馬場添を名前呼びしてしまったせいで、逆に恥ずかしい思いをするハメに。


 「それな。俺にもよく分かんないんだよ。後悔は全くないんだけどね。説明が出来ない。もう、自分が信じられない」


 『僕も、貝谷さんが信用出来ない』


 「オイ、コラ」


 『嘘嘘。でも、勇気ありますよね。だって、馬場添先輩ですよ? 絶対浮気とか出来ませんよ。そんな事しようものなら、確実に抹殺されますよ。馬場添先輩ならやりかねませんよ。本当に』


 倉田くんは、俺を祝福してくれているのか、はたまた『やめとけ』と忠告しているのだろうか。


 「ちょっと前にさ、浮気して元カノと別れててさ、俺。前に馬場添に頼んでいたんだよね。『今度俺に彼女が出来たら、馬場添に紹介させて』って。『そしたら浮気とかしなくて済むから』って。だからいいんだよ。その彼女役が馬場添になっただけだから」


 『ポジティブー。ドMとポジティブって紙一重だったんですね』


 電話の奥で、倉田くんが笑った。


 「オイ、コラ」


 『嘘です嘘です。怒んないでくださいよー。そんな事より、馬場添先輩の事、宜しくお願いしますね。たまに『人間の形をした鬼なのかな?』って思うくらい恐ろしい人だけど、僕の尊敬する大切な先輩なので。ケンカとかされて僕に当たられても辛いので、どうか末永く仲良くして下さい』


 倉田くんは、何だかんだ俺と馬場添の事を応援してくれているらしい。


 「まぁ、ケンカはするかもだけど、別れはしないんじゃん? 馬場添が俺から離れたがらないっしょ」


 『ひゅー♪』


 「だって、俺がいなきゃ可愛くなれないじゃん、アイツ」

 


 俺が馬場添を必要とする様に、馬場添にだって俺が必要。




 おわり。

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