ブスの、逆襲。

 「この辺、よく分かんないな。簡単に飲める場所、あるのかな?」


 馬場添とキョロキョロしながら飲み屋を探し歩く。


 「痛った」


 急に馬場添が目を押えながら足を止めた。


 横風が吹いたせいで、前髪の束が馬場添の目を掠ったらしい。


 馬場添は、店を出る前に紙ナプキンで顔も髪も拭いていたけれど、弟によって髪に付着したあんかけは固まってしまっていて、洗わない事には落ちそうにない状態だった。


 「馬場添、前髪切ってやろっか? 俺の店、行こうよ」


 サロンに行けば、顔も髪も洗えるし、前髪も切ってあげられる。さすがにあんかけまみれのままでいるのは気持ち悪いだろう。


 「ありがとう。でも遠慮しとく。今週末にいつも行っているところで切るから」


 『いつも行っているところ』…馬場添の、前も横も後ろもパッツリ一直線にカットされている日本人形の様な髪型は、どこで切られているのだろう。


 「馬場添っていつもどこで髪切ってるの?」


 「『BAR BAR 房江』。」


 馬場添の口から出てきた、突き抜けてレトロな店名。


 「…『バーバー フサエ』。」


 なんとなく、復唱。


 「房総半島の『房』に江戸の『江』で『房江』。」


 馬場添が丁寧に綴りを教えてくれた。


 「あ、『恵』の方じゃないんだ。…じゃなくて、何だろ。行った事も見た事もないけど、房江さんのベテラン臭がハンパない」


 「そうね。房江さんに比べたら、貝谷はまだまだ青二才ね」


 馬場添の口振りから、やっぱり房江さんは大ベテランらしい。


 「てか、青二才て。」


 そりゃあ、房江さんに比べたら場数も少ないだろうし、経験も浅い。でも、俺だってこの道十四年。腕にだって自信がある。


 「『BAR BAR 房江』って予約済み? 週末ならまだキャンセル出来るよな? 切らせてよ、馬場添の髪。普通に上手いから。めちゃめちゃオシャレに出来るから」


 『行こう』と馬場添の手首を掴み、引っ張ってみたが、


 「…オシャレ。別にオシャレじゃなくてイイし。オシャレ感、欲してないし」


 馬場添は嫌そうな顔をしながら、足を動かそうとしなかった。


 「じゃあ、馬場添のオーダー通りに切るから来いよ。今日のお詫びに切らせてって」


 「だから、さっき断ったでしょうが。しつこいな」


 馬場添は、どうしても俺に髪を切らせたくないらしい。


 「何だよ。そんなに俺の腕が信用出来ないのかよ」


 頑なに拒む馬場添が、俺の善意を無碍にしている様で若干イラっとする。


 「…オシャレにオシャレにって…」


 馬場添にとってはお節介でしかない俺の善意に、馬場添もイライラしだした。


 「は?」


 「美容師ってさ、私みたいなブスとかダサイ人間が入店したら、『何でお前みたいな奴がウチの店に来てるんだよ』って腹の中で思ってるでしょ? 透けて見えてるんだからな、こっちは‼ だから行きたくないんだよ、オシャレ感の主張が激しい美容室って‼ オーナーさんたちの件で店に呼ばれた時、正直行きたくなかったからな‼」


 遂に馬場添が本音を言いながらキレた。超卑屈。気にしていない様で、自分の顔が可愛いわけではない事を気にしていたんだな、馬場添。


 「確かにダサイヤツが来たら『ダセェな』とは思うけど、こっちにとっては『お金を落としてくれる大事なお客さん』だから『来るな』なんて思ってねぇよ。むしろ、両手広げてようこそ状態だっつーの」


 「『お金落としてくれる大事なお客さん』て。さっきの私の褒め言葉返せや‼」


 俺の言い分に納得のいっていない馬場添。


 「褒め言葉? …あぁ。『流石、長い事接客業やってきただけあるわね』ってヤツ? ホラ、返してやったぞ」


 「うぜー。超うぜーな、貴様」


 馬場添はめちゃめちゃ嫌がっているけれど、馬場添の口から出た久々の『貴様』が、『あ、いつもの馬場添だ』と何となく楽しくなってしまった。


 「ねぇ、まじで切らせてって。てか、気にしすぎなんだよ、馬場添は。倉田くんなんか、七三のままウチの店入ってきたしな」


 今度は馬場添の背後にまわり、馬場添の背中を押して無理矢理歩かせる。


 「倉田はそういう奴なの‼ そういうの、全然気にならないタイプなの‼ てか、倉田の場合、顔がそこそこイケてるから、七三もそれほど変じゃなかったでしょうが‼」


 粘る馬場添が力いっぱいに大地を踏みしめ、その場に留まろうとした。


 「つか、もう店閉店してるから今行ってもスタッフ誰もいないし。周りの視線とかないから大丈夫だって‼」


 しょうがないから、馬場添の脇に自分の両腕を通し、抱きかかえての移動を試みると、


 「下ろせや‼ これ、暴行罪だからな‼ 刑法第二0八条‼ 二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処されるぞ、貴様‼ 警察呼ぶぞ‼」


 馬場添が宙で足をバタつかせ、暴れた。


 「俺が暴行罪なら、お前は傷害罪じゃ、ボケ‼ 貴様、毎日倉田くんを脅かしてるじゃねぇか‼」


 空中でジタバタする馬場添を、そのまま持ち運ぶ。


 「私の真似して『貴様』使わないでよね。真似っ子かよ。てゆーか、なんでそこまでして私の髪を切りたいのよ?」


 騒ぐ体力がなくなったのか、馬場添が足の動きを止めた。


 「真似してねぇわ。移っただけだわ。つか、お前の『貴様』じゃねぇだろうが。

 前髪邪魔なんだろ? あんかけまみれで気持ち悪いだろ? それに、俺だって、俺がどのくらい仕事が出来るのか見せたいの⁉ いっつも馬場添の仕事ぶりばっか見せつけられて、なんか癪だったんだっつーの‼」


 馬場添がおとなしくなったので、馬場添を地上に下ろし、馬場添の質問に答える。


 そう、本当は『馬場添の髪を切ってあげたい』というよりは『馬場添に自分を認めさせたい』んだ。


 いつも馬場添に問題を解決してもらってばかりだから、何となく自分が馬場添と同等でない気がしていたんだ。


 「…ふーん。じゃあ、お手並み拝見しましょうか。タクシー呼ぼう」


 馬場添が、自ら俺の働くサロンに行くべくスマホアプリでタクシーを手配した。


 「タクシー、何分で来る?」


 「十分くらい」


 『結構掛かるな』と言いながら、馬場添がポケットにスマホをしまった。


 「じゃあ、タクシーが来る前にあそこでつまみでも買おうぜ」


 小腹が減っているらしい馬場添に食べ物を与えるべく、コンビニを指差す。


 「だな。魚肉ソーセージだな」


 俺の提案に同意すると馬場添は、女子らしいとは言えない食べ物を求め、コンビニへ向かって行った。まぁ、そこが馬場添らしい。


 馬場添の後を追いコンビニに入り、魚肉ソーセージ・あたりめ・もろきゅうという渋いチョイスの食材を買い込む。三十四歳なんてこんなものだ。


 そして、タクシーへと乗り込む。サロンまでの車中、馬場添の横顔を見ながら馬場添に似合いそうな髪型を考える。最早、前髪だけではなく、全体的に切る気でいる。


 「ねぇ、馬場添。どのくらいまで切っていい?」


 胸くらいまでの長さの髪を、後ろでひとまとめにしている馬場添。ロングが好きで、伸ばしているのカモ。と思い、馬場添に尋ねると、


 「貝谷に任せるよ。プロなんでしょ? あ、でも一個だけ注文。私の毛先では遊ばないで頂きたい。『コイツ、イイ仕事しそうだな』的な感じに見える様にヨロシク」


 馬場添は、長さ指定はしてこなかったが、ザックリとしたイメージの注文をしてきた。


 仕事が出来る女風…。馬場添は、顔の造形こそ整ってはいないが、パッと見賢そう。実際、めっさ頭イイんだけど。馬場添の言う通り、毛先で遊び過ぎなければ大丈夫そう。やりたいように出来そうだ。


 頭の中でイメージを膨らませつつ、サロンに到着。


 タクシーを降り、ポケットから店の鍵を取り出し開錠すると、二人で店内へ。


 「ハイハイ。オシャレオシャレ。ブスにオシャレを押し売らないでくださいねー」


 などと言いながら、馬場添はサロンのインテリアをキョロキョロ見回すと、『落ち着かねぇわ』と眉間に皺を寄せた。


 「性格よじれ曲がってるな、馬場添。別にブスがオシャレしたっていいだろうよ。それに、ウチのインテリアは完全に自己満。お客さんにオシャレを求めてるわけでも、押し売っているわけでもない」


 若干ウチのサロンに来た事を後悔している様にも見える馬場添の手を引き、洗面台へ連れて行った。


 「洗顔料、どれでも好きなヤツ使って。基礎化粧品も、自分の肌に合いそうの適当にどうぞ。タオル、ココに置いとく」


 まず、脱皮でも始まるの? くらいに顔にパリパリに貼りつくあんかけを落としてもらおうと、洗顔に必要なものを用意すると、


 「ありがとう」


 馬場添は、何のためらいもなくゴシゴシと顔を洗い始めた。スッピンを見せる事を【この世の終わり】くらいの勢いで嫌がる女もいるというのに…。


 「はぁー。スッキリ」


 洗顔を終え、タオルで水分を拭き取る馬場添の顔を見て、何故馬場添が躊躇なく顔を洗えたのかを知る。


 タオルから見えた馬場添の顔は、洗顔する前と何ら変化がなかった。


 「馬場添って、毎日メイクしてる?」


 「一応、礼儀としてファンデは塗ってる」


 「だけ⁉」


 「何。」


 「イヤ…」


 そこまで化粧に手抜きをしている三十四歳が自分の周りにいない為、ただただ驚く。どうりで洗顔もあっという間なわけだ。


 「地盤が悪いところに家を建てないのと一緒。ブスに余計な事をしても無駄なのよ」


 成分などを良く見もしないで適当な化粧水を手に取り、自分の顔に叩きつける馬場添。


 自分の顔なのに、なんでもっと大事に扱わないんだろう。


 自分の顔を諦めてしまっている馬場添に、何かモヤモヤした。


 「じゃあ、次は髪を洗おっか」


 モヤっとしたまま馬場添をシャンプー台に誘導する。


 「お願いしまーす」


 馬場添が椅子に身体を預けた事を確認すると、そのまま椅子を倒した。


 シャワーからお湯を出し、馬場添の髪に当てる。太めでコシがある馬場添の髪質に、馬場添らしさを感じて、ちょっと笑いが込み上げた。


 「お湯、温度大丈夫? 熱かったり冷たかったりしない?」


 笑いを堪えながら、馬場添の髪を満遍なく濡らす。


 「大丈夫。気持ちいい」


 さっきまで店の内装に毒づいて馬場添が、リラックスしたように『ふぅ』と小さく息を吐いた。


 続いてシャンプー。弟がつけてしまった揚げ出し豆腐あんかけを丁寧に洗い流す。


 「かゆいトコない?」


 馬場添の頭を持ち上げ、後頭部も念入りに洗う。


 「右前頭葉。」


 入念に洗っているつもりだったが、馬場添にダメ出しを喰らってしまった。


 「かゆいところ指示されたの、ひっさびさだわ」


 指摘を受けた右前頭葉に、再度指を這わせ洗い直す。


 「私も言ったの初めてよ。『ココがかゆい』って訴えている人も見た事ないし。本当にかゆいところがあったとしても、指を差せるわけじゃないから『ココ‼』って説明し辛いのよね。大雑把な説明しか出来ないから、結果あんまりかゆみは取れないんじゃないか? 的な。相手が貝谷だから、試しに言ってみたんだけど、普通にその部分をもう一回洗うだけなのね。『かゆい』って言っているんだからボリボリ掻いてやればいいのに。この質問、何の意味があるの?」


 馬場添が、『別にどこもかゆくないから普通に洗って』と、執拗に馬場添の前頭葉を丁寧に洗う俺を笑った。


 「『ボリボリ掻いてやればいい』って、お客さんの頭をそんなぞんざいに扱えるわけないだろ。それに『かゆいところありませんか?』は頭皮にシャンプー剤とか薬剤が合っているかそうでないかの確認の意味もあんの。会話繋ぎのテンプレ質問だと思ってただろ、馬場添」


 馬場添の前頭葉のかゆみが嘘だった為、馬場添の頭に乗った泡にシャワーを当て、隅々まで洗い流す。


 「バーレーたー」


 馬場添があっけらかんと笑った。


 今まで、俺の知らない事を馬場添が知っているのが当たり前で、その逆があるなんて思いもしなかったから、なんか不思議で、馬場添が俺の仕事に関して質問してきた事が、興味を持たれている様で嬉しかった。


 倒していた椅子を起こし、馬場添の髪をタオルドライすると、馬場添とカット台へ移動。


 馬場添にカットクロスをかけ、濡れた髪をドライヤーで乾かす。


 馬場添の髪を撫でながらドライヤーの風を当てていると、急に馬場添の首の力が抜け、馬場添の頭が前に倒れた。


 「馬場添?」


 「……」


 馬場添の顔を覗くと、馬場添の小さな目はしっかり閉じられていて、気持ちよさそうに寝息をたてていた。


 …馬場添、仕事忙しいみたいだし、疲れているんだろうな。


 馬場添をこのまま寝かせてあげたくて、起こさない様にそっと馬場添の髪を扱う事に。


 馬場添の髪を乾かし終え、


 「さて、切りましょうかね」


 ドライヤーを置き、ハサミと櫛に持ち替える。


 「毛先は遊ばず、出来る女風…」


 馬場添が言っていた事を思い出しながら、馬場添の髪を梳かす。


 長さはあまり変えずに行こう。お気に召さなかった場合、切りすぎるとリカバー出来ない。毛先は…遊ばない程度に、ちょっと軽くしよう。今のままだと重過ぎる。前髪は…目の上くらいの長さにして流してみようかな。とりあえず、全体的に軽くしよう。今の重めの毛量は、オシャレっ子がすればモード系だけど、馬場添だとモッサリでしかない。馬場添に『オシャレ感はいらない』と言われたけれど、オシャレ大好きな俺としては、その意見だけはシカトしよう。


 「よし‼」


 イメージした髪型を目指して、いざカット。


 カラーリングやパーマをしていない馬場添の髪の毛は健康そのものだった。そこにリズミカルにハサミを入れ、動かす。


 一通り切り終わっても、眠ったまま目を覚ます気配のない馬場添。


 「…コテで毛先巻くのは、毛先で遊んでいるうちに入んないよな? 散らせてないし。巻き込んでいるわけだし」


 なんだかもっと馬場添の髪を弄ってやりたくなって、今度はコテを取り出し温める。そして、馬場添の毛先を綺麗にゆるくローリング。


 「…顔もやっちゃう? イイ歳こいてファンデだけっておかしいっしょ」


 なんかもう止まらなくなってきて、馬場添が起きない事をいいことに、化粧道具も引っ張り出した。


 馬場添の顔に下地を塗って、上からファンデを重ねる。馬場添の目は小粒だから、太めにアイラインを描いてもケバくはならない。ガッツリめにアイラインを引き、薄めの唇には淵をオーバーしてグロスを塗る。


 マスカラ塗ったら起きるかな。メイク中に目を覚まされて文句言われても面倒だしな。どうしようかな。つけまにする? さり気なく目尻だけとか…。イヤ、でもしっかりアイライン描いちゃってるし、マスカラ必須でしょ。


 慎重に馬場添の瞼に指を置き、半分くらいこじ開けながらマスカラを塗る。


 馬場添の眠りは深く、全然起きなかった。


 血色が良く見える程度にチークも入れて、決して太眉を狙ってワザと放置していたわけではないだろう、ボサボサの眉毛を整えて。


 フェイスパウダーで仕上げて出来上がり。


 完璧に出来上がったのに、馬場添は依然起きず。


 折角心地よさそうに寝ている馬場添を、無理矢理起こすのが可哀想で、そのまま寝かせてやろうと、音を立てない様に静かに道具を片した。


 自分も一服つきたいし、起きたら馬場添も飲むかなと思い、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れる事に。


 ドリップされるコーヒーを眺めていると、次第に店内に香ばしい良い匂いが広がった。


 その匂いが馬場添の眠気を覚ましてしまったのか、馬場添がムクっと上半身を起こした。


 「すまん。寝てしま…え? おぉぉぉおおお⁉」


 前のめりになって鏡を覗いては、鏡の中の自分に驚愕する馬場添。


 驚きすぎている馬場添からは、それが良いリアクションなのか、悪い意味での驚きなのかが分からない。


 「どうっすかねぇ?」


 丁度出来上がったコーヒーをコーヒーカップに注ぎ、馬場添のいるカット台に持って行く。


 「…凄い。別人だ」


 俺が持ってきたコーヒーに目もくれず、鏡に張りつきまじまじと自分の顔を凝視する馬場添。


 「気に入った?」


 「うん」


 馬場添が、何故か薄ら目に涙を浮かべて返事をするから、こっちまで良く分からない感情が込み上げる。


 馬場添だって女の子。『ブス』と言われて嫌じゃなかったワケがない。可愛くなりたかったはず。『可愛い』って言われたかったに決まっている。


 俺は高校時代の馬場添しか知らないけれど、ずっと色んな人間にブスブス言われていた馬場添。俺も言っちゃってたし。


 馬場添は強いから。負けないから。言い返すから。何を言っても平気なんだと思ってた。そんなわけないのに。


 馬場添は、ずっと傷付いていたのだろう。


 「ブスに化粧をする事は余計な事なんかじゃないよ。馬場添、可愛くなったじゃん。化粧を『詐欺』っていう奴もいるけどさ、化粧している側からすれば、騙す気なんかサラサラないわけで、『勝手にお前が騙されたんだろ』って話じゃん。そういう奴らは勝手に言わせておけばいいんだよ。馬場添も、もっと張り切って可愛くなるべきだと思う。俺は」


 ポンポンと馬場添の頭を撫でると、


 「しかし、もったいないなぁ。明日、倉田に見せて驚かせたいのに、帰ってお風呂入ったらブスに戻ってしまう」


 馬場添が悔しそうな顔を鏡に映した。


 「凄いだろ、俺様の腕。つか、これくらいのメイクなら簡単だから馬場添にも出来るよ。教えてやろっか?」


 だから、折角俺の技を伝授してやると言っているのに、


 「無理。私、頭が良い分絶望的に手先が不器用なのよ」


 馬場添はこの期に及んでまでも、自分の頭の良さを自慢しながら断った。つか、頭が良くて器用な人間だってたくさんいるだろうが。東大、器用な美人がいっぱいいただろうよ。


 何なんだよ。諦めんなよ、ブス‼


 「…じゃあ、明日もメイクしてやろっか?」


 俺は、何を言い出しているのだろう。


 「アンタ、早起き出来るの? 私の方が始業時間早いでしょうが。私の為にワザワザ早い時間に店開けてくれんの? くれないだろうがよ」


 「くれねぇな」


 「ホラ、見ろ」


 馬場添の白い目が刺さる。


 「……だから、俺ん家泊まれば良くね? そしたら、馬場添が出てった後に二度寝出来るし」


 「……貴様、正気か⁉」


 馬場添が白くした目を大きく見開き、目や耳から血を吹き出しそうに顔を真っ赤にさせた。


 「……自分でも自分が信じられないほどに、正気」


 だって、明日も馬場添の喜ぶ顔が見たいと思ったんだ。

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