焼き鳥と、ビールと、ブス、再び。に馬鹿の再来。

 会話を挟みつつ、馬場添と焼き鳥を食べ進めていると、


 「兄ちゃん‼」


 何故かさっき帰ったはずの弟が舞い戻って来た。


 『チッ』


 弟の顔を見た瞬間に、『人間って、こんなに大きな音を立てて出来るんだぁ』と感心さえしてしまいそうなほどに大音量の舌打ちをブチかます馬場添。


 「おっ‼ まだいたな、ブス馬場添‼ 相談があるんだけど‼」


 そう言いながら俺の隣に座った弟に、


 「オイ、貴様の弟の神経、どうなってるんだよ。どの面下げて登場してるんだよ」


 馬場添が、怒りを通り越して驚愕に目を見開いた。


 兄の俺も口をあんぐり開いたまま、閉じられない。


 弟は元々、気持ちの切り替えが早くて、お調子者の節はあった。が、ここまでくるとサイコパスの域に行ってしまっている気がする。


 「ちょっと聞いてよ。まじで有り得ない話なんだけど」


 吃驚する俺らを余所に、弟が話を切り出した。


 『まじで有り得ないのはお前だよ。気は確かかよ』


 見事に馬場添とハモった。馬場添と心が通じ合ったと言うより、この言葉以外、それこそ有り得なかった。

 

 「さっきタクシーに乗ってたらさ、嫁から電話が来て、嫁の父親が飲み屋で倒れたらしくてさ、病院に運ばれて検査したら、すい臓癌で余命一か月らしいんだよ」


 そして、サラっととんでもない話をし出す弟。


 「何やってるんだよ‼ さっさと帰って嫁を支えろ、馬鹿野郎‼ 心細い思いをしているだろうに」


 弟の二の腕を掴み、椅子から立たせようとするが、


 「分かってるよ、そんな事‼ まだ続きがあんの‼ 最後まで聞けよ」


 弟が俺の手を跳ね除けた。


 「嫁、姉がひとりいるんだけどさ、まぁ、破天荒な人で。ていうか、かなり迷惑な人間でさ。今、三十五歳なんだけど、一度も働いた事がない様な女でさ。嫁の母親は早くに亡くなっているから、義父の遺産相続権は嫁と義姉だけなんだよ。嫁の父親、結構な地主で、高値の不動産を多数所有してるんだよね。義父が倒れた知らせは、実家に住んでいる義姉から嫁に来たんだけど、その時に『お父さん、遺言書に遺産の全てを私に相続させるって書いてくれた』ってほざいたらしいんだよ。そんな事、あるわけがないんだよ。だって義父、義姉の事を相当嫌っていたから。『自分の子なのに憎くてしょうがない』って言っていたくらいだし。仕事も結婚もせずにホストにハマって大金貢いで、その金は父親から巻き上げていたんだから、そう思っても普通だとは思うけどね。金を渡さなければ、こっちの命の危険を感じるほどに暴れるから、引きこもりよりタチが悪いって、嫁も嘆いてた」


 『やれやれ』と言いながら弟が『ふぅ』と息を吐いた。


 「だってさ、倉田」


 馬場添がテーブルの上に置いてあった自分のスマホに向かって話し出した。


 『今、引き返してますよぉー。もうすぐ鳥蔵に着きまーす』


 スマホの向こうから、倉田くんの切ない返事が聞こえた。馬場添は、俺の知らぬ間に倉田くんに電話を掛けていたらしい。


 「LINEで指示したもの、持って来た?」


 『持ってますよー。忘れたりしてこれ以上、馬場添先輩の機嫌を損なうわけにはいかないでしょー』


 今度は馬場添が、俺と弟をそっちのけで倉田くんと会話し出す。


 「倉田くん、何を持って来るの?」


 馬場添と倉田くんの話に割って入ってみたが、


 「貝谷の弟のせいで店に居辛いからもう出るよ。貝谷の奢りでいいんだよね? ごちそう様です」


 俺の質問には答えず、最後の一本の焼き鳥を食べ終わった馬場添は、鞄を肩に掛けて立ち上がった。


 過去にこんなにも謝意のない『ごちそう様』を聞いたことがあっただろうか。今の馬場添にあるのは謝意でなく殺意の方だと思う。


 「当然じゃないか‼ 精算してくるから、先に店を出てて」


 馬場添が支払いをしないのは当然としても、お前は払えよ、弟‼ と弟を睨みつつ、二人を店の外に出すと、ひとりでお会計を済ませた。


 「ごちそう様でしたー」


 お店には多大なる迷惑を掛けてしまったけれど、出来ることならまた来たいので、感じ良く挨拶をしながら店を出る。


 やはり、日本三大美味鶏盛りはお高く、予想以上の値段だったレシートを『クソが‼』と握り潰しながら馬場添と弟の元に向かうと、ちょうど倉田くんも到着した。


 「アンタの嫁、今病院?」


 俺の弟とは必要最低限の会話しかしたくないだろう馬場添が、弟に短文の質問を投げかけた。


 「多分実家にいると思う。父親の着替えとかを用意するって言ってたから」


 弟の答えを聞いた倉田くんが、


 「タクシー呼びまーす」


 スマホのアプリでタクシーを手配した。


 「え? どこに行くの?」


 馬場添と倉田くんがどんどん進めていく話について行けない。


 「貝谷さんの弟さんの奥様のご実家です」


 倉田くんは、俺の疑問に返答すると『タクシー、五分で来るそうです』と馬場添にスマホの画面を見せた。


 馬場添は、『はいよー』と倉田くんに頷くと、


 「アンタさぁ、さっきまで離婚だなんだって騒いでいた嫁の遺産相続を心配するって、何を考えているの?」


 俺の弟に白い目を向けた。


 「俺はただ、嫁の姉が尋常じゃなく嫌いなだけ」


 『そんな目で見るんじゃねぇ』と馬場添を睨み返す弟。


 「あっそ。一応教えておいてあげるけど、アンタの嫁が父親から相続する遺産はアンタたち夫婦の共有財産にはならないから、離婚時に半分もらえるなんて事はないからね。アンタの嫁が受け取る遺産はアンタの嫁だけのもの」


 馬場添が俺の弟に釘を刺す。


 「え? まじで?」


 嫁の財産は自分のものでもあると考えていただろう弟の表情が一瞬固まった。


 義父が倒れた時に自分に関係のない相続の話を持ち出し、嫁に遺産が入れば自分の生活も潤うとでも考えていただろう自分の弟を、弟の義姉と同等のモンスターだと思った。


 「てか、なんで弟の嫁の実家に行くの?」


 馬場添の狙いが分からず、再度疑問を口にする。


 「貝谷の弟は、義姉が義父の遺言書を偽造したと思っているらしいから、証拠を押さえに行くのよ」


 『タクシー、まだ?』と馬場添が黒目を左右に動かした。


 「証拠を押さえるって、押えたところで確認出来ないじゃん。遺言書って勝手に開封しちゃダメなんじゃなかった?」


 昔ドラマで見たのか、何かの本を読んだのか、はたまた誰かに聞いたのか分からない、うろ覚えの知識で馬場添に尋ねると、


 「そう。家裁で相続人の立ち合いの下で開封しなければならない。だから、開封はしない」


 馬場添が『貝谷のくせによく知ってたわね』と鼻で笑った。


 「だったら、どうやって…『タクシー来ましたー』


 馬場添の話を掘り下げようとした時、倉田くんがタクシーの到着を知らせた。


 「ほーい」


 馬場添がタクシーに乗り込んでしまった為、それ以上は聞けず、どうせ弟の嫁の実家に行けば全部分かる事だからと、無言で俺もタクシーに乗った。


 四人で弟の実家に向かう。


 弟が助手席に乗ってしまった為、後部座席に大人が三人でぎゅうぎゅうになりながら座るハメになり、これは馬場添の不快感を煽っていると察した倉田くんと俺は、身を寄せ合って小さくなり、馬場添のスペースを確保しながら、一刻も早い目的地到着を願った。


 窮屈な状態に耐える事十五分。ようやく弟の嫁の実家に着いた。


 タクシーの扉が開くと同時に外へ出る。


 弟の嫁の実家はかなり豪邸で、『城かよ』と驚きながら四人で玄関に向かい、チャイムを押した。


 「はーい。あ、来てくれたんだ。お義兄さんも。…こちらの方々は?」


 弟の嫁がドアを開けた。


 「夜分にごめんね。今、大変な時なのに…。こちらは、俺の高校の時のクラスメイトの馬場添と、馬場添の後輩の倉田くん。二人共、弁護士をしているんだ」


 弟の嫁に馬場添と倉田くんを紹介すると、『馬場添です』『倉田です』と、二人は名刺を差し出しながら弟の嫁に会釈をした。


 「…なんで弁護士さんが?」


 父親の事で頭がいっぱいなのに、呼んでもいない弁護士が目の前に現れて、戸惑いと不安の入り混じった、何とも言えない表情の弟の嫁。


 「遺言書の話、弁護士さんに聞いてもらったんだ」


 弟が馬場添と倉田くんがいる理由を説明すると、


 「今、そんな話をしている場合じゃないでしょ⁉ 早くお父さんの所に行ってあげないと‼ お父さん、生きてるのに‼ なんで遺産の話なんかしなきゃいけないの⁉」


 弟の嫁が涙目になりながら弟を睨みつけた。


 「アナタのお姉様は今どこに?」


 弟と弟の嫁が揉めているにも関わらず、そんな事など気にも留めずに、馬場添は【証拠を押さえる】ための質問を弟の嫁に投げかけた。馬場添にとって、弟夫婦の喧嘩などどうでも良い事なのだ。


 「…お風呂に入っています」


 他人様を無碍に出来ない性格なのだろう。弟の嫁は喧嘩を中断して馬場添に答えた。


 「お父様が倒れたという連絡を受け、病院に行ったら父親の余命宣告をされ、家に戻ってやることが入浴…。父親の入院準備をするのが、実家に暮らしている姉ではなく、結婚して家を出た妹…。

 アナタ、『お父さんは生きているのに遺産の話なんて』って言っていたけど、お父様が生きているうちに解決して安心させてやろうとは思わないの? 余命以上に生きる人だって、軌跡的に病気を治す人だっている。残念だけど、逆の人もいる。こんな事を言うのは申し訳ないけれど、軌跡が起こらなかった場合、問題を抱えたまま息を引き取らなければならない状況は、お父様にとって、とても辛い事だと思うわ。それがもし、自分の意志とは全く違う方に進んでいる問題だったなら、尚更に」


 「……」


 馬場添の言葉に、弟の嫁が唇を噛みしめて俯いた。


 「アナタのお姉さん、お風呂は長い方?」


 それでも馬場添は弟の嫁に話し掛け続ける。


 「…はい」


 「アナタ、お姉さんのパソコンのパスワード、知ってる?」


 「…はい」


 父親の生死と遺産の問題が一気に降りかかり、疲弊状態の弟の嫁は、もはや相槌しか打たなくなってしまった。


 「そう。良かったわ。最悪、パソコンを初期化しないと立ち上げらない事態になったら、出来なくはないけど面倒臭いなと思っていたから。

 大丈夫よ。そんなに時間は掛からない。すぐに解決させるから。問題がひとつ消せたら、少しでもいい笑顔を作ってお父様に会いに行けるでしょう?」


 馬場添が弟の嫁の頭を撫でると、弟の嫁が頷きながら涙を落とした。


 「アナタのお姉さんがお風呂から上がる前に、さっさと証拠を掴むわよ。アナタのお姉さんの部屋はどこ?」


 馬場添が弟の嫁を急かす。


 「家にも上げずに玄関で…。お茶も出さずに申し訳ありません。どうぞ上がってください。姉の部屋はこっちです」


 弟の嫁が急いで人数分のスリッパを用意した。


 「スリッパなんかいいのに」


 弟の嫁に『気を遣わないで』と声を掛けると、


 「とんでもない。お客様ですから」


 と首を左右に振った。


 「…私、やっぱりアンタの嫁の味方だわ。いい子にしか見えないもの。アンタには勿体無さすぎる。ていうかアンタの嫁、見る目が無さすぎる」


 馬場添は、お客でもないのにしっかりスリッパに足を通す弟に嫌味を言うと、


 「急ごう」


 と倉田くんの背中を押した。


 弟の嫁に案内された部屋に入ると、早速自分の姉のパソコンにパスワードを入力し、立ち上げる弟の嫁。


 弟の嫁に『どうぞ』と席を明け渡された馬場添が、『倉田』と倉田くんを呼び、倉田くんをパソコンの前に座らせた。


 「一体何をする気なんだよ」


 馬場添と倉田くんの意図は、俺だけではなく、おそらく弟も弟の嫁も分かっていない。


 「遺言書の偽造がなされているとしたら、それは手書きではない。誰かの字を真似て書くなんて、そう簡単に出来ないからね。おそらくパソコンで打ち込んだものに、アナタのお父様の実印を押したものと思われる。実家で暮らしていたなら、自分の父親の実印の在り処を知っていても不思議じゃない」


 馬場添の狙いは、遺言書作成データを見つける事らしい。


 「そんなの削除してるに決まってるだろうが」


 『バカかよ、アナログババアが』と弟が悪態をついた。自分から馬場添を頼ってきたくせにこの態度。どうしてこんな振る舞いが出来るのか、全く理解が出来ない。


 「それは想定内です。ですので復元ソフトを持参しました」


 倉田くんは『馬場添先輩は、バカでもアナログババアでもありません‼』と言うと、弟に向かって『もう喋ってくれるな』とばかりに唇の前で人差し指を立てた。


 馬場添が倉田くんにLINEで指示した事は『復元ソフトを持って来い』だったようだ。


 「もしソフトを使ってダメだったとしても、倉田はパソコン大好きIT小僧だから余裕で復元出来る」


 馬場添が『頼んだぞ』と倉田くんの肩に手を置くと『頑張ります‼』と倉田くんがキーボードに手を置いた。


 「はい、ありました」


 あっと言う間にデータを復元させた倉田くん。やっぱ、最近の若者はパソコンに強いなぁと感心していると、


 「私の部屋で何をしているの⁉」


 風呂からあがった弟の姉が部屋に入ってきてしまった。


 コレはヤバイとザワつく俺らとは違い、


 「こんにちは。弁護士の馬場添泉と申します。勝手にお部屋に入ってしまい、申し訳ありませんでした。アナタが偽造したお父様の遺言書のデータも押さえられましたし、私共はもうお暇します。おやすみなさいませ」


 馬場添は至っていつも通りふてぶてしかった。


 『行くよ』と馬場添に言われ、ぞろぞろと部屋を出て行こうとする俺らを、


 「ちょっと待て‼ ひとのパソコンを勝手に盗み見ておいて、『おやすみなさいませ』じゃねぇよ‼ 犯罪行為だろうが‼」


 弟の義姉が呼び止めた。


 「プライバシー侵害の事? そんな事を言い出したら離婚裁判なんて成り立たないわ。離婚裁判なんて、被告のスマホを勝手に見て、LINEのやり取りやら写真やらをスクショしたヤツとかが立派な証拠になっているから。まぁ、訴えたいならどうぞ。アナタがやった遺言書偽造からしたら、可愛いもんだしね」


 馬場添がクルリと振り返った。


 「でも、違法に獲得された証拠から得られたものに、証拠能力はないはずよね?」


 弟の義姉が不敵な笑みを浮かべた。


 「アナタ、さっきの私の話、ちゃんと聞いてた? それじゃあ離婚裁判なんか成立しないって話したばっかりじゃない。

 アナタの言っていることは刑事裁判の時の話でしょ。民事では、毒樹の果実を食べても死なないの。証拠能力は消滅しないの」


 馬場添が笑い返す。


 「…遺言書偽造をしたら、私の取り分はどうなるの?」


 馬場添に責められた弟の義姉から出た言葉は、謝罪ではなく自分の相続分の心配だった。弟の義父が実子なのにも関わらず憎む理由が理解出来る。


 「相続欠格。民法第八九一条第五号、相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者は相続人となることができない。

 つまりアナタの取り分はゼロ。アナタのお父さん、不動産以外の財産だってたくさんあったんじゃないの? 仮にアナタのお父さんが遺言書に【財産の全てを次女に相続させる】と書いたとしても、遺留分の相続権はアナタにもあったのよ。それだけでも相当な額だったと思うわ。なのに余計な事をするから、アナタは一円も相続出来なくなった。アナタさぁ…馬鹿なの?」


 馬場添が弟の義姉に、可哀想な人を見る目を向けた。


 「…冗談じゃないわ。お父さんが死んだら、どうやって生きていけばいいのよ」


 弟の義姉は、この期に及んでまでもする心配は、父親ではなく自分の事だった。


 「親の金で今まで楽して生きて来て、何を楽してババアになっているのよ。どうやって生きるのかって、働くしかないじゃない。経験も何もない三十五歳を雇ってくれる会社なんてそうそうない。希望の仕事に就ける可能性はかなり低い。だけど、選り好みしなければ職はある。難しく考えなくとも生きて行かれるわよ。アナタには【金持ちの娘】というプライドがあるかもしれないけれど、案外周りはアナタの事を羨ましがっていないと思うわ。【健康体なのに働きも結婚もしない、ホストに入れあげる可哀想な女】に見えている可能性大よ」


 今日も絶好調な馬場添の毒舌を、


 「すげぇな、あのブス。言いたい事を全部言ってくれてありがとうだわ。胸がすくわー」


 と、弟が大絶賛しながら、相変わらず馬場添をブス呼ばわりした。弟の胸はすいていようとも、何でこんな人間になったんだ、弟よ。と、兄の胸は痛い。


 「はい、これで話は終了。お父様のいる病院へ急いで」


 馬場添は、弟と弟の嫁の背中をポンポンと叩くと、


 「アナタも行くのよ。家族でしょ」


 と、悔しいのか悲しいのか怒っているのかは分からないが、顔を真っ赤にして立ち尽くす弟の義姉の手首を引っ張った。


 「…パジャマで行けるわけないでしょ。着替えてから後で行く」


 弟の義姉が馬場添の手を払った。


 「そう。まぁ、好きにすればいいわ。ただ、当たり前の事だけど、謝罪はいつでもは出来ないから。受け入れる人間がいなければ意味がないから。空を見上げて『ごめんなさい』とか言いながら涙流す、漫画みたいな事するの、やらない方がいいわよ。寒いから」


 馬場添の狙いは遺言書偽造を暴くことで、弟の義姉の親子関係などどうでも良いのだろう。


 馬場添は、適当且つふざけた事を言うと、部屋を出て行った。


 弟の義姉以外の人が家の外に出ると、病院向かうべく、弟の嫁がガレージから車を出した。


 弟が助手席に乗り込むと、窓を開けて俺らにペコっと頭を下げる弟の嫁。


 「ねぇ、アナタ。本当にこの男が旦那でいいの? だってコイツ…『オイ‼ やめろ‼』


 馬場添が弟の嫁に何かを言い掛けた時、何かを察した弟が慌てて止めた。


 「お前、弁護士だろうが‼ 守秘義務どうした⁉ 何でもかんでも吹聴してんじゃねぇよ‼」


 弟が運転席側の窓まで身を乗り出して馬場添に抗議。


 「それは、依頼者の秘密を守る義務でしょ。アンタ、依頼者じゃないでしょ。アンタから一銭も貰ってないし。あぁ、どうしよう。止まらない。私、お喋りなのよ。喋り出したら止まらないのよ」


 『あのね』と馬場添が弟の嫁に近づいた時、弟が運転席側の窓を閉めた。


 「何ですか?」


 と窓越しに弟の嫁が馬場添に首を傾げると、


 「私はいつでもアナタの味方って話‼」


 と弟の嫁に聞こえる様に大きな声で答えた馬場添が手を振った。


 弟の嫁は笑顔を頷くと、再度会釈をして病院へと車を走らせて行った。

 

 弟夫妻を見送ると、


 「三人共、家の方向違いますよね? タクシー、三台呼びましょうか?」


 倉田くんがポケットからスマホを取り出した。


 「イヤ、私はいいや。小腹が減ったからこの辺で何か食べてく」


 馬場添は、焼き鳥を食べた後にひと働きしたせいで、またお腹が空いてしまったらしい。


 「飲み直すか。倉田くんも行く?」


 俺は別に空腹ではなかったが、弟のせいで馬場添と話し足りなくて、もう少し一緒に喋りたいと思った。


 「僕は帰ります。眠たいです」


 『付き合い悪くてすみません』と言いながら目を擦る倉田くん。子どもみたいで可愛い。


 倉田くんは自分の分だけのタクシーを手配すると、それに乗って帰って行った。

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