9

「……まだ、いたか、そういえば」

 さっきまで明るかった空間が、徐々に薄闇に包まれ始める。

 リオの行使したパウェルによって強化された炎は、先ほどとうってかわって、小さなものになっていた。そして、その奥に、残された四体のウルフ。

(さすがに、この状況で四体は……)

 倒せない。

 リオが操れるパウェルも微々たるものだ。しかも、先ほど行使したせいですぐには使えない。

 まさに、絶体絶命、というべき状況。

 その刹那、ウルフが一斉に低く構えをとり――飛びかかってきた。

 殺られる。

 そう思った、時だった。


「とまれ」


 凛とした声が、響き渡り――

 ウルフたちが、リオの眼前で、見事に凍り付いていた。

 文字通り、氷漬けだった。何の変哲もなかった地面から太い氷が生え伸び、飛びかかろうとしていたウルフのうち二体が凍っていた。

 残りの二匹は身の危険を察知したのか、後ろに下がっている。

「危ないところだったな」

 かつかつと誰かが歩み寄ってくる。

 薄暗くてよく見えないが、声からして女のようだ。しかも、それほど歳ではない。自分と同じくらいかもしれない。

「大丈夫か?少年」

 ゴオッと地響きにも似た音がした。

 先ほどまで小さかった火が、一瞬で大きく広がった。

「う、わ――」

 あわてて炎から逃れようと数歩退く。

 その様子を見てか、突然現れた人物は声高く笑った。澄み切った、無邪気な笑い声だった。

「案ずるな。あの炎はわたしたちを焼かない」

 そこで、リオは初めて相手の顔をまともに見た。

 ゆるくウェーブのかかったショートカット。その耳で揺れるイヤリングも、髪も、瞳も、全てが赤い。息をのむほど、美しい真紅に染まっていた。

 少女が目を細めてゆるりと笑う。

「とりあえず、場所を変えよう。君のその傷も手当てしなければな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

下町の少年 せせり @sesenovel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る