VIVA LA USJ

川上 神楽

VIVA LA USJ


 UNIVERSALのロゴが入った巨大な地球型のモニュメントがゆっくりと回転している。テレビで観て憧れていた世界がここにある。気持ちが昂っていた本田は、昨日からあまり眠れなかった。

「本田くん、ほらユニバに着いたよ」

 本田の車椅子の背後から介護職員ヘルパー相良恵さがらめぐみが声をかけた。冬休みになったら、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くと本田は心に決めていたのである。なんと言っても今年は15周年だ。ウィザーリング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターのエリアでバター・ビールを飲む事、それが彼の最大の目的だった。ビールと言ってもアルコールは入っていないので高校1年生の本田にだって飲む事は出来る。

「メグさん、先に整理券を貰わないと、ハリー・ポッターのエリアには入れないんです、すごい人気みたいですからね。先に行きましょう」

「ふむ。MAPを見ると、パークの中央の池の近くに整理券を配っている場所があるね」

 園内はまるでハリウッド映画に紛れ込んだような街並みで日本とは思えない。大阪にもこんなに綺麗な場所がある。本田が大好きな洋楽が大音量で流れていた。U2にコールド・プレイ、オフスプリング……。彼は自然とメロディを口ずさむ。

 恵は園内マップを頼りに発券機の近くまで本田の車椅子を押して行った。スタッフに案内されふたり分の整理券を手に入れた。

「本田くん、夕方からの入場だってさ。やっぱり冬休みだから学生の観光客が多いのかな……」

「うん、仕方ないですよ、メグさん。夕方まで他のアトラクションを観ましょう。僕、4Dシネマを観たいんです」

 近くの劇場に入って4Dシネマを観た。3Dメガネを付けると、キャラクターがまるで眼の前で踊っているように迫ってくる。かと思えば前方の座席から水がぴゅーっと飛び出したり、風が吹いたり、会場中に本物のシャボン玉がいっぱい広がったりと様々な仕掛けで観客を驚かす。

「メグさん、凄いね。僕、すっごく楽しいです」

 目を輝かせながらふたりは30分の上映を楽しんだ。劇場を出ると自動販売機で恵が缶ジュースを買った。

「ほら、本田くん、喉渇いたろ? コーラだよ」

「ありがとう、メグさん」

「なんか、天気悪いわねぇ… もしかすると雨が降るかもね。夕方に雨が降らなければいいんだけどね。本田くん楽しみにしてたもんね、ハリー・ポッター」

 本田が空を見上げると、分厚い雲が覆って陽を遮っていた。ふと再び視線を下げると恵が背負っているリュックサックがちょうど彼の目の前にあった。

「メグさん、リュックのポケット…… チャックが空いてますよ」

「え? あ、ああ、ありがとう…… 全然、気付かなかった……」

 恵はベンチに座り込んでリュックサックの中身をごそごそと探り始めた。眉根を寄せ困ったような顔をしている。

「無い……」

「どうしたんですか? メグさん?」

「ケータイを落としちゃったみたいなの。手帳型のケースに入っているスマートフォンなんだけど…… その手帳の中には銀行のキャッシュ・カードとかも入っていて……」

「そりゃ大変だ。ちょっと僕のスマホで鳴らしてみますね」

 本田が恵の電話番号にかけると、コールは鳴るけれど誰も電話に出る者はいなかった。劇場のスタッフに彼が尋ねてみると、入場ゲートの近くにゲスト・サービスのコーナーがあり、遺失物の管理はそこで行われている、との事だった。

「どうしよう…… どこで落としたんだろう……」

「大丈夫ですよ、メグさん。行きましょう!」

「あ、あれ? ちょっと、どこに行くの? 本田くん?」

 普段から車椅子テニスで腕力は鍛えている。競技用のものではなかったけれど本田は懸命に車椅子を走らせた。いつの間にかぽつぽつと雨も降り始めた。恵は小走りで彼を追いかけ、雨宿りをするようにゲスト・サービスの建物に入った。

 そこでスタッフのお姉さんに恵が携帯電話の特徴を伝えると、バックルームからひとつの手帳型のケースが運ばれてきた。

「あ、これです。ありがとうございます」

「良かったですね。メグさん」

「ゴメンね、本田くん、嫌な思いさせちゃったね。雨も降ってきたしね…… せっかく楽しみにしてたハリー・ポッター・エリアに行くのにねぇ……」

「大丈夫ですよ、メグさん。日本には『雨降って地固まる』という良い諺もあります。まだまだ時間ならたっぷりありますよ」

 ゲストサービスの建物を出ると雨は小降りになっていた。冬は陽が傾ぐのも早い。辺りはすっかり暗くなり、建物のネオンが点灯し始めていた。ふたりはまっすぐにウィザーリング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターのエリアへと向かった。 

鬱蒼とした茂みを抜けていくと、映画で観たような荘厳なハリー・ポッターの世界が広がっていた。本田はスマートフォンを取り出して一頻り撮影をした。

「凄いね、本田くん…… 屋根の上に雪が積もっているように見えるね」

「うん。まるで映画の中の世界みたいですね。メグさん、あっちの売店でバター・ビールを買えますよ」

 バター・ビールを飲むと本田はなんだか大人になったような気分になった。耳を澄ますと美しいメロディが流れてきた。雨はやがて雪に変わった。

「あら、珍しい。大阪で雪が降るなんて……。なんでこんな日に限って雪なんて降るんでしょうね、ふふ。ねぇ、本田くん、綺麗なメロディね。この曲はなんていう曲なの?」

「これはKEANEキーンの『SILENCED BY THE NIGHT』です。メグさん、今日はありがとうございました。とっても楽しい1日を過ごす事が出来ました。これもすべてメグさんのお陰です。メグさんと一緒にUSJに来られて本当に良かったです」

「そ、そんな、お礼なんて…… こっちこそ、ケータイありがとう。心配させてごめんね」

 薄暗い映画の世界で、しんしんと真っ白な雪が降る。静かな夜の静寂の訪れを予感させるような幻想的な光景の中に、ささやかな幸せを噛み締めて。

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