ミノタウロスの富山

八島清聡

ミノタウロスの富山




 A氏とF氏は悩んでいた。

 先日、彼らは偉い人から、「あんたら、氷見ひみと高岡の生まれやろ。全国から観光客さ呼んで、金落ちる策を考えると」と、誘致策を引き受けさせられてしまったのだった。


 しかし、それは難しい問題だった。

 何故かというと、富山はキング・オブ・地味だからである。

 控えめに言わなくても、山と米と海産物とチューリップしかなかった。

 地震はこないが、ゴジラもこない。富山物産展に行けば、売っているものの半分以上が加賀友禅や金箔入りコーヒー、輪島の漆器などで占められている。

 富山県民は「それはお隣や……」と思うものの、ただじっと耐えるのみだった。

 北陸新幹線が開通しても、スルーされがちな富山の悲しみは癒えなかった。



 A氏は大きく溜息をついた。

「どうすればいいんだ。富山は山登り大好きマンにはモテるが、一部マニアに人気なだけのオタサーの姫のような立ち位置だぞ」

 F氏も困っていたが、やがて大きく頷いた。

「大丈夫だよ、Aくん。僕がいいものを発明した。これを大々的に売って、観光客を呼べばいい」

 F氏はそう言うと、懐からジャジャーンと秘密っぽい道具を取りだした。

「ねまる茶!」

「……ネマルチャ? なんだそれは」

 A氏が訝し気に尋ねると、F氏はフフッと意味深に笑った。

「これは、飲むと誰もが眠ってしまう不思議なお茶さ。ありがたぁなる。ねまるちゃ」

「いや、それただの睡眠薬入りのお茶だろ」

「ええっ? だったら、富山県は医薬品生産額・製造所数・製造従事者数等が全国1位ゆえに、医薬品の生産が県の主要産業なのかい?」

「突然何のひねりもない説明セリフをありがとう。なんでマスオさん口調なんだよ……」

「まぁ、富山は昔からヤク漬けだからね。ねまる茶も、県内の製薬会社とつるめばWINWINういんういんだと思ったんだけど」

「ヤク漬け言うな。製薬会社とつるむな」

 と、A氏がツッコミまくったおかげで、富山県特産「ねまる茶」はボツになった。


 しばらくして、F氏はポンと手を叩いた。

「Aくん、いいことを思いついたよ。県内の目玉は僕たちが作ればいい。富山を舞台にした壮大なスペクタクル作品とかさ。それを大ヒットさせて、観光客を呼ぶんだ」

「北海道の富良野市をブレイクさせた『北の国から』みたいなやつか?」

「そう。つまり、アーア、アアアア、アーアー」

「ンン、ンンンン、ンーンン」

 二人はしばし、さだまさしの「北の国から」を歌った。

 そして、フルで歌い終わったあとでF氏は我に返った。

「しまった、富山だった。チューリップ畑で雷鳥を追いかけてアハハウフフする『きまぐれオレンジ☆ロード富山』でいくしかない」

「雷鳥ってそこらへんの畑にいるものなのか? 山にいるんじゃないのか?」

 A氏の不安は尽きなかったが、富山を舞台にした作品作りには賛成だった。

 今更だが、A氏とF氏には絵心があった。二人で合作して作品を作ればいいと思った。

「そういや、偉い人が『富山市内の行事も盛りこめ』と言っていたな」

「じゃあ、八尾地区の『おわら風の盆』だ」

 ということで、二人はネームを切り、下書きを始めた。

 昼夜を問わず熱心に取り組み、富山を舞台にした長編漫画を描き上げた。



「オラオラァ! オレのホタルイカ・ソードの錆になりな!」

「ヒャッハァー! 全員ますのすし散弾銃で蜂の巣にしてやるちゃ!」

「ボス、近所の貧民が食いモン求めてるんがどうすっと?」

「ハハッ、これでもくらいやがれ!」

「ひゃあああ、白えび小判じゃあ! 白えび小判じゃあ! ありがてぇ!」

 

 雷鳥を追いかける気まぐれオレンジ☆ロード富山はどこへやら、A氏とF氏が描き上げた大作は、世紀末都市・トヤマシティを舞台にしたハードボイルド漫画「オワタ風のBOMB!ぼん」だった。しかも「おわら風の盆」は全く関係なく、タイトル詐欺もいいところだった。


 しかし、A氏とF氏の子供向けの可愛い絵柄とハードな内容のギャップが受けて、「オワタ風のBOMB!」は大ヒットした。

 特に「パイレーツ・オブ・トヤマワン編」は、富山湾で採れる暴力的に〝きときと″な海産物の描写が全国の美食家たちを虜にし、大いにもてはやされた。

 

「オワタ風のBOMB!」の快進撃は続いた。

 単行本は創業者が富山県出身であるKADOKAWAから発行され、創業者が富山県出身である博報堂が広告および宣伝した。

 さらに実写映画化され、長谷川哲夫、野際陽子、風吹ジュン、室井滋、西村雅彦などの大御所&ベテラン俳優が総出演した。

 大ヒット御礼パーティーは、創業者が以下略なホテルニューオータニで行われた。

 黒部峡谷のトロッコ電車で激闘を繰り広げる劇場用アニメ「オワタ風のBOMB! ~サマーウォーズ編~」は、邦画の興行記録を塗りかえる超特大ヒットとなった。


 これらの富山コンボは、富山への深い郷土愛が成しえた偉業だった。

 イッツ富山ラブ。富山県民は、「な~ん。富山はな~んもな」と謙遜しつつ、なんだかんだで故郷が大好きなのである。

 そして、富山は漫画やアニメ関係など芸術性に優れた怪物を多く輩出する土地柄なのである。


 A氏とF氏は一躍富山の英雄となった。

 その後も彼らは数々のヒット作を世に送り出し、日本のみならず全世界の子供たちに夢と希望を与え続けた。F氏はSF漫画でも多くの傑作を残した。

 

 とうとう、F氏の偉業をたたえる記念館が建てられることになった。

 もたらされた吉報に、富山県民は色めきたった。

 F氏の故郷は富山県高岡市。

 高岡に記念館ができれば、国内外からファンや観光客が押し寄せ、交通、宿からお土産店までジャブジャブお金が落ちる。今こそレッツ町おこし!

 

 期待が高まる中、F氏の記念館の建設が始まった。

 ドキドキワクワク……! 

 皆の心は、四次元ポケットを覗くような高揚感にあふれていた。


 そして、工事は着々と進み……

 ドキドキワクワク……! 



 神奈川県川崎市に「藤子・F・不二雄ミュージアム」が開館した。


 

 ……いや、なんでだよ。

(富山を)助けて、ドラえも~ん!

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