笑顔を、信じよう
それから3日後。
「ねーねー、這いよる夕暮れ見に行かない?」
「えー・・・」
「なんでだ」
「なぜでありんす?」
「だって本当にいなくなったかわからないじゃん」
いつも通りとなってしまったオカルト研究会の部室で、クッキーを食べながらユキヨとタチバナ先輩と話していたあたしたちに、ふと思い出したようにイリエ先輩が言った。
いや、あの侑子さんの笑顔を見て思いは断ち切れなかったとは思えないんだけど。・・・でもどうだろう。まだあそこにいたら、今度はなにを探すんだろうか彼女は。
「一理あるな」
どこから持ってきたのかわからない分厚い本をひたすら読んでいたイチイ先輩がおもむろに本を閉じながら呟いた。
まさに鶴の一声、会長の一声で再び旧校舎に行くことが決定した。夕日色に染まる空を窓越しに見ながら、あたしは教室を出るため窓から離れたのだった。
夕暮れ、旧校舎2階の視聴覚室前の廊下を見渡せる、階段のところ。
「でないねぇ」
「成仏したんじゃないのか?」
「そうでありんす」
「だといいよね」
「・・・いや、来たぞ」
イチイ先輩の言葉を聞くより早く、空気が冷えたのを肌で感じる。窓は少し開いていた。ここまではいつも通り。
そこでばっと廊下の先を見れば、侑子さんが這っていた。
ただ今回はいつもとは違った。
血の匂いがしない。夕暮れに這う侑子さんの背中には無数の刺し傷なんてなくて背中だけぼろぼろだったセーラー服はきれいになっていた。廊下も血のあともなくただの廊下だった。
白い手が、板張りの廊下をゆっくりと掴んでは身体を引きずっていた。少し上がった上半身の胸元には、きらりとスカーフ留が輝いている。
ぶわっと全身に鳥肌が立つ。
なにが、なにがダメだったの? まだ苦しい? 痛いの? どうしてここにいるの、侑子さん!
叫びをこらえるように口元に手を当てれば、ちょうど廊下の真ん中まできた侑子さんはゆっくりと立ち上がった。
ぼさぼさと顔にかかっていた髪の毛を手櫛で整えて、あたしたちにはにかんでお辞儀をするとすぅっと消えていった。
かぁーかぁーと窓の外で烏が鳴いた。そこからぼんやりとした心地のまま、あたしたちは旧校舎を出ていった。あたたかい日差しのなくなった外気はひんやりと旧校舎から出たあたしたちを包む。ただイチイ先輩だけは難しい顔をして何かを考え込んでいるようだった。
「場に、概念として焼き付いたのかもしれないな」
「え?」
「どういうことでありんす?」
「本村侑子はスカーフ留を得たことで成仏したんだと僕の直感は言っている。今日は確認のために行っただけだが。今日見たのは、あの旧校舎に七不思議として語り継がれたせいで1つの概念として宿ってしまった本村侑子なのかもしれない」
「そんな、それじゃあ!」
「這いよる夕暮れはこれからも存在し続ける」
戻ってきたオカルト研究会の部室。それぞれの椅子に座って、本やオレンジジュースの入った紙コップを持ったところでイチイ先輩が口を開いた。
そんな、それじゃあ侑子さんはいつまでたっても悲しいままなのかと思ったが、すぐに頭の隅で違う。と言葉が返ってくる。
だって、成仏した侑子さん笑ってた。今日も傷なんてなくて、はにかんでお辞儀してくれた。確かに、概念(?)としての侑子さんは残るのかもしれない。でもそれは、彼女にとって本当に不幸なことなのだろうか。わからない、そんなのあたしには。
だから、信じることにしよう。笑ってくれた、侑子さんの笑顔を信じよう。
ぐっと右手に持った紙コップに力を込めて、一気飲みする。
「お、アサカちゃん良い飲みっぷり! ほら、もう1回!」
「やめろイリエ」
「おやめなんし」
あたしが飲み干した紙コップにオレンジジュースを注ぎながらのイリエ先輩にタチバナ先輩とユキヨが止めに入る。イチイ先輩は我関せずに分厚い本を読んでいた。
それを見ながら、初めは無理やりに入れられたけど、最近はそんな悪い会でもないと思い始めた。ああやって、誰かを救えるのなら、あたしがそのお手伝いをできるなら。あたしは、ここに入って良かったと思える。心の中で、あたしはもう一度呟いた。
笑顔を、信じよう。
セヴン・ワンダーズ 小雨路 あんづ @a1019a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます