探しものは

「やってきました旧校舎2階の視聴覚室前!」

「前もやりませんでした?」

「言ってやるなアサカ」


 タチバナ先輩にぽんと肩を叩かれて、それもそうかと頷けば。もうちょっと構ってよーとイリエ先輩がぷぅと頬を膨らませた。可愛くない。


 ちなみにユキヨは欠席だった。お稽古があるらしく申し訳なさそうにクッキーの包みを渡してから帰っていったあたり、律儀ないい子である。ただ、唯一の視る体質の子がいなくていいんだろうかとは思うけど。


「夕暮れが這ってまで探してなお見つかっていない。つまり、一昨日這いよる夕暮れが消えたところまでにはないと考えられる。廊下のこちら半分にあるはずだ。探すぞ」

「はぁい!」

「わかった、イリエは気の抜けた返事をするな」

「わかりました!」


 あたしが元気よく返事すれば、なぜかタチバナ先輩がなでなでと頭を撫でてくる。なにこれ? ペット扱い?

 まぁ、それはどうでもいいとして。


「探すぞー!!」

「おー、アサカちゃんやる気だねぇ」

「お前もきっちり見つけろよ」

「僕は違うところを探してくる」


 気合を入れればイリエ先輩はけらけらと笑い、タチバナ先輩は袖を折って腕まくりした。呆れたようなイチイ先輩の視線があたしたちを刺す。そのあと、イチイ先輩は階段を降りてどこかに行ってしまった。


 木造の階段がぎし、ぎしっときしむ音を聞きながら、あたしはため息を1つ。自由な先輩を持つと大変だ。ついでにばちんと両方の頬を叩いて気合注入。さっそく廊下にかがみ込んで、先輩2人と一緒にスカーフ留を探しにかかった。



 あれから1時間。


「ないねぇ」

「ないな」

「ないですね」


 あたしたちは夕日も暮れてきた階段近くの廊下で、顔を突き合わせながらため息をついていた。


 靴箱の裏から傘立ての中、踊り場の洗面台の下まで覗いてみたものの、どこにも目当てのものは見つからなかった。ついでにいうとイチイ先輩も帰ってこない。どうしたんだろう、まさか自分だけ帰っちゃったとかじゃないよね? やめて。


 ひゅっと冷たい空気に鳥肌が立つ。流れ込んできた方を見れば窓ガラスが少し開いていた。

 開けた覚えもないのに、あの時のように。



 ぞわり



 空気がどんどん冷たくなっていって顔や首、手や足といった制服から出ているところをちくちく刺す。

 吐く息が白く変わる。ぴちょんと水滴が滴る音とともに鼻につく、鉄の匂い。あの時と同じ。


(来た・・・)


 ずるっずるっと白く小さな手が木張りの廊下をかき身体を進ませる。

 夕日色に透ける髪、背中がぼろぼろの冬用のセーラー服、そして留められていない、首にかかっただけのスカーフ。


 やっぱりスカーフ留がなかった。

 でも、それを見つけられなかったあたしたちは侑子さんが探している様子をただ見ているしかない。


「どぉ・・・こぉ」


 悲しそうな切望する声が吐かれる。

 見つけられなくてごめんなさい、お願いだからそんな悲しい思いでここにいないで! 歯がゆくて唇をかむ。


 手を組んで、必死に祈った。祈るという力はアメリカで証明されてるってなんかの本に書いてあった気がする。お願い、届くならどうか!


「這いよる夕暮れ、いや本村侑子」


 イチイ先輩の声がしてそちらを見れば、ぎしぎしと階段を上がってくるところだった。

 そのイチイ先輩の声に、言葉に。あたしたちの方あと少しで廊下の真ん中まで来るというところで、ぴたりと這いよる夕暮れが止まる。


 それに気をとられている間に階段を昇りきったイチイ先輩があたしたちの前を横切り、這いよる夕暮れに向かって歩いていく。


「ちょ、イチイ!?」

「会長!? 戻ってきなよ!」

「イチイ先輩!」

「これは、君のものだろう」


 あたしたちが声をあげるのにも構わず、イチイ先輩は這っている夕暮れのすぐ近く、手の届くところで立ち止まると、屈んで何かを床に置いた。そしてあたしたちの方に戻ってくる。なにを置いたんだろうと見れば。ところどころ錆びた、夕日に鈍く光る金色の輪・・・たぶんスカーフ留だったんだろう。


 それにゆっくりと、震える指先を伸ばす這いよる夕暮れ。大切なものを扱うように、そっとそれを持ち上げた瞬間。光が炸裂した。


「きゃっ」

「「わっ」」

「・・・」


 光に目が焼かれないようにととっさに閉じた目。だんだんと光が収まってきたのをまぶた越しに見て目を開けると。


 そこには1人の女の子がいた。


 あたしよりも少し大きいくらいの身長に腰まである緩やかなウェーブがかかった夕焼け色の髪、幼げな顔には満面の笑みで彩られていた。


『これ、おばあちゃんも、お母さんも使ってたスカーフ留なの』 


 にっこりと笑った彼女が握っていた拳を開くと、手の中には先ほどところどころ錆びたようなものではなく、きらりと夕日に金色に輝くそれがのっていた。


『ありがとう!』


 もう一度それを握り締めると胸に抱き、這いよる夕暮れと呼ばれた少女は幸せそうに笑って。赤い上履きのつま先から光の粒子へと変わってゆっくりと宙に溶けて消えていった。


 夕日に照らされた廊下、そこはもう苦しさも悲しみも存在しなくて。ただうっすらと埃の溜まった廊下に赤い夕焼けが差し込んでいるだけだった。


「これで這いよる夕暮れの検証は終わりだ」


 帰るぞ。その言葉で我に返ったあたしたちは、飄々と立っているイチイ先輩に詰め寄ったのだった。



 旧校舎からの帰り道。


「あーあ、会長も早く言ってくれればいいのに。俺ら骨折り損のくたびれ儲けじゃん」

「そう言うなイリエ。でもイチイ、次からもう少し報連相をきちんとしてくれ」

「野菜がなんだって?」

「あー。報告、連絡、相談だ」

「侑子さん、嬉しそうだったしいいんじゃないですか?」


 少なくともあたしはそう思う。

 夕焼けに染まった桜の下を歩きながら、あたしたちはオカルト研究会の部室に向かう。3号館のすぐ裏手にある旧校舎から部室までは割と近かった。


 例えイチイ先輩が事件後にも使われていた廊下にもうないだろうとアタリをつけて、単身旧校舎の落とし物コーナーに行っていたとしても。イリエ先輩の言う通り、骨折り損のくたびれ儲けでも。


 侑子さん、笑ってくれたんだからそれでいいと思うけど。


 包み隠さずそのままのあたしの気持ちを伝えれば、ぐったりとイリエ先輩が肩を落として、タチバナ先輩は肩をすくめた。ちなみにイチイ先輩からは珍妙なものを見る目線をいただいた。


「ま、その通りなんだけどさぁ」

「そうだな、それでいいだろう」

「・・・変なやつだな」

「はぁ!?」

「イチイ!」


 口からつるっと滑ってしまったように吐かれた言葉にあたしが反応すれば、タチバナ先輩はイチイ先輩の頭を軽くはたいた。


「・・・彼女にとっては自分が殺されたことよりも、母子で受け継がれてきたスカーフ留を無くしたことの方がよっぽど心に残ったんだろう」


 はたかれた頭をさすりながらのイチイ先輩の言葉に、あたしはゆっくり頷いた。

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