本当に?

「今から91年前の冬、事件は起こった。七不思議通り、女生徒本村侑子の髪色をめぐってが発端だった。祖母の経営している高校へと入学してきた侑子は教師、高木典久にうるさく注意を受けていた。それはだんだんエスカレートし、学校のみならず自宅にまで押しかけてくるようになった。ある日、侑子の両親が亡くなっていることを知った高木は家に押しかけ・・・侑子を襲いかけたところで祖母が帰宅する。今までのことを知った祖母は高木をクビにした。今まで何件か似たようなことをやっていたらしい」

「相変わらずよく調べるな」

「本当、毎回感心するよね」

「・・・そして高木がクビになった12月3日の翌日。16時10分ごろ。廊下を歩く侑子をめった刺しにした高木はそのまま逃走するが、次の日の朝警察に捕まった。高木を見ていた生徒がいたようだ。また、侑子のいた廊下は血の海で、侑子は逃げるように廊下の半ばまできたところで死んだらしい」

「え、感想ってそんなのでいいんですか? 侑子さんに関しては」

「特にござりんせん。痛ましい事件があったことは悲しいでありんすが」


 ぱらぱらと分厚い黒い背表紙のファイルに挟み込まれたA4の用紙をめくるイチイ先輩。とはいうものの、皆何かしら思うところはあるのだろう、部屋の空気が少し重くなって、しんと静まり返る。その中で紙をめくる音とストーブの配管から聞こえるかすかな風の音が耳に残った。


 クッキーの包み紙を(ユキヨの手作りらしい)囲みながらオカルト研究会の部室で。あたしはそのファイルと紙の厚さに眩暈がするようだった。全部調べたのかな、あれ。中身全部調査内容とか言わないよね? 嘘だよね?


「全部調査内容で合ってますよ、アサカさん」

「そう、ですか。すごいですね! お疲れ様です」

「・・・それはどうも」

「あー、会長照れてるぅー!」

「黙れイリエ」

「なんで君は学ばないんだ」


 ちなみにユキヨは我関せずでクッキーを上品に食べていた。


 からかった報復にとコンマ単位で返される言葉に、ざっくりと胸を刺されたように押さえて泣きまねしているイリエ先輩は置いといて、タチバナ先輩は腕を組んでため息をついた。慣れてるっぽいな、このやりとり。


 イチイ先輩は冷えた目でイリエ先輩を見ていたことだけは伝えたい。


「ほんとに、事件あったんだね」

「だからそうだと・・・」

「痛かっただろうね、意味も分からなくて怖かったんじゃないかな」

「アサカ・・・」


 呟いたあたしを、タチバナ先輩が気遣わしげに見てくる。

 きっと痛くて、わけわかんなくて、苦しかっただろう本村侑子さんは。きっと怖かっただろう。それを想うと胸が痛む。だって、ただでさえ怖い思いをした後なのに、理不尽に命を奪われた。


 本当に痛ましい、事件。どう思ったのだろう、侑子さんは。七不思議として名が残るくらい、犯人を恨んだのだろうか。いまもまだその場に縛られるくらい憎いのだろうか。痛みの記憶は和らいではくれないのかな。


 資料から顔を上げて、イチイ先輩が言う。


「僕はこの本村侑子の霊が、七不思議の這いよる夕暮れであると思っている」

「だろうな」

「そうでありんす。問題は差し出せる犯人がいないことでござりんしょう」

「だよねぇ」

「そう、なのかな」


 ぽつりと呟いたあたしに、3人の目が集まる。

「―――探し物をしている」ふと、いさなくんの言葉が頭に浮かぶ。


「探しもの・・・」

「え?」

「侑子さんは、何を探してるんだろう」

「何って・・・犯人じゃないの?」

「犯人ならすぐ近くにいないことくらいわかるんじゃないか?」

「まぁ。でも相手は幽霊でありんす。常識なんて通じる相手ではござりんしょう」

「それは・・・! そうだけど」


 擁護してくれるタチバナ先輩に、ユキヨが常識なんて通じる相手ではないだろうと言い切る。視る体質のユキヨから言われると説得力もあると言うものだ。けど。


 答えに詰まったあたしに、イチイ先輩の黒曜石をはめ込んだような真っ暗な瞳が射抜くように突き刺さる。自然と俯いてしまったあたしでも感じ取れるくらい、強い視線だった。


「理由は何でしょう?」

「え」

「探しものは犯人ではない。そう思う、理由は」

「え・・・あ」


 顔をあげれば皆があたしを見ていた。疑うような目じゃない。ただ純粋に疑問を呈している、そんな目だった。なぜ? と問いかけてくる4対の目に、背中を押されるように、あたしは言った。


「声が・・・」

「声?」

「昨日の侑子さんの声、あれは絶対恨んでるとか、憎いからとかそういうんじゃない。大切な何かを探してる声だったから」

「声か、馬鹿馬鹿しい。声に乗せる感情は数値化できない。そんなものは理由にはならない」

「でも!」

「・・・しかし、いい着眼点かもしれない」

「え?」


 ばっさりときられて下を向いてしまったあたしの頭に、ぽんっと手が乗せられる。慌てて頭をあげてみれば、そこにいたのは優しい笑みを浮かべたタチバナ先輩だった。皆を見渡せばイリエ先輩は悪戯に笑って見せ、ユキヨはにっこりとしている。イチイ先輩だけは無表情だったけど、いつものことだし気にならなかった。


 がたんと立ち上がったイチイ先輩がきゅっきゅっと黒板の前まで歩いていく。おもむろにチョークを手に取り、黒板に文字を書き始めた。

『本村侑子=這いよる夕暮れ』と書かれた下に? マークをくわえる。


「常々疑問に思っていた。何故這いよる必要がある?」

「は?」

「背を刺されたから痛いのでありんしょう?」

「ユキヨ、さっき幽霊に常識は通じないと言ったな。これも同じだ。むしろこっちは足を一切怪我していない。常識で考えなくても歩けるはずだ。なのに何故、本村侑子は這っている?」

「・・・這いつくばらなければ見つからないものを探しているからか?」

「そう、それならわかる。なら、何を探している?」


 片手に持った分厚い資料をぱらぱらとめくりながら、イチイ先輩はどんっと黒板を叩いた。苛立っているらしい。


 なにを、なにを探しているんだろう。


 昨日は恐怖の方が先だっちゃったけど、彼女におかしい点はなかっただろうか。

 ・・・あった、スカーフ。スカーフがちゃんと留められてなかった。

 おそるおそる手をあげれば、名前を呼ばれる。


「アサカさん」

「その、スカーフがちゃんと留まってなかったなって」

「スカーフ?」

「スカーフってどうやって留めるの?」

「俺に聞くな」

「あちきら全員エスカレーター組で・・・セーラー服は着たことないのでありんす」

「あ、そうなんだ。うん、スカーフ留っていうのが制服についてるか、あたしの中学がそうだったんだけど、校章の入った輪っかだったりするの。だからスカーフが留まってないっていうことは」

「・・・あった。アサカ、正解だ。本村侑子の死体からはスカーフ留が発見されていない。この頃のわが校はセーラー服でスカーフ留は必須だ。大方高木に背後をとられた時にでも落としたんだろう」


 死体から発見されてないとかどんな資料を見てるの、というかどうやって集めてきたのその情報。本当に不思議な人だ、イチイ先輩。あとはこちらのことはおかまないなしに資料とにらめっこするイチイ先輩に首を傾げれば、隣から「気にするだけ無駄だ」と囁き声が聞こえてタチバナ先輩を見る。その顔は苦笑していて、やれやれと首を横に振っていた。


 ユキヨは目をぱちくりさせた後、労うようにあたしにクッキーを勧めてくれた。ぴゅいとイリエ先輩が口笛を吹く。


「アサカちゃん、入会2日目で会長に褒められるなんてやるぅ!」

「・・・褒められてたんですか?」

「イチイはあれで褒めてるつもりなんだ」

「あちきはお褒めいただくまで1ヶ月はかかりんした。わかりづらいでありんす」

「それに名前を呼び捨てで敬語もなくなっただろう? あれは会員として認められた証なんだ」

「そ、そうなんですか」


 そういうユキヨは中等部のころからこのオカルト研究会に通っているらしかった。なんでも以前助けられたのだとか。


 っていうか会員として認められたってなに? あんな強引な勧誘しといて認めてなかったわけか。頬を引きつらせながら見たイチイ先輩の横顔はいきいきとしていて、なんだかなぁとあたしはため息をついたのだった。


 さすがに下校時刻も迫っていたため、今日はこれで解散とあいなった。明日はスカーフ留を探しに旧校舎に行くらしい。

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