家事情
「それでね、イチイ先輩って酷いんだよ」
「そうか、それは主に対してなんて仕打ちだ。よし、俺が片付けて」
「やめて」
いさなくんが作ってくれたそら豆とエビのすり身の団子の入ったあんかけそばを食べながら。あたしはいさなくんにイチイ先輩がどれだけ酷かったかを訴えていた。
しかし、返事は「そうか」だけでよかったのだ。そのあとはいらなかった。片付けて、の言葉に不穏さしか感じられなくて箸を止める。だめだろう、さすがにそれは。
それにしても今日の夕飯、とっても美味しい。って言ってもいさなくんが作るものはなんでも美味しいんだけど。このエビ団子のぷりぷり感とそら豆のほっくりした熱さ、とろみとだしのきいた固めのソバがいい。上に乗った針しょうがでぴりっとしまっていて身体も温まる。
そうじゃないそうじゃない。
下着の件は(怖くて)話さなかったものの、いさなくんも大変おこである。そうだよね!
「いさなくんをロリコンだなんて酷いよね」
「あ、主・・・」
「いさなくんはもっと美人で出るとこ出たような人がいいもんね!」
「俺は・・・その、君さえいればいいからそんな者は必要ないんだが」
いさなくんまさかのロリコン説復活? え? いや、別にあたしロリじゃないけど。頬を赤らめてもじもじと緑の着流しを揺らしながら身じろぎするいさなくん。なんなの? あたしのことが好きなのは小6のころから知ってるけど、恋愛的な意味ではなく。
その言葉でいくとお嫁さんもいらないってことになっちゃうよ?
っていうか、それってあたしの外見が好きってこと? あたしこれでも自分の外見が幼いことはわかってるつもりなんだけど。え、これって事案? 通報されちゃう系?
ぴしりと固まってしまったあたしに、いさなくんがあわてて言う。
「俺の主は君だ。君だけだ。だから、君以外のものはいらない」
「あ・・・そ、そう、そっかー」
「そうだとも」
「あはは」
真面目くさった顔つきで頷くいさなくんに冷や汗がたれる。せっかく美味しい温かいおソバで温まった身体が台無しだ。
そういえば「人以外からも好かれる体質」。あれが本当だとしたら、いさなくんはあたしのこれに惹かれたんだろうか。あたしではなく、その体質に。そう思ったらちょっぴり悲しかった。
体質だってあたしの一部だけど、でも全部を見てくれないのは悲しいと思う。その食卓ではどうしても『いさなくんはあたしの体質であたしを好きになってくれたの?』とは聞けなかった。
「主、寝る準備は出来たか?」
「うん、もう大丈夫だよ」
あたしといさなくんはいまでも一緒に寝ている。と言ってもそれは布団に入るときだけで、夜中になればいさなくんは自分の部屋に戻ってしまうんだけど。一度ずっといてもいいのにって言ったら、泣きそうな笑いたそうな不思議な顔をして、それは君のためだと怒られた。
いさなくんに初めて怒られたことだから、一生あたしは忘れないだろう。それはさておき。
もこもこパジャマでベッドに先にもぐり込み、いさなくん(人)を布団に迎え入れながら、あたしは口を開いた。
「今日七不思議の『這いよる夕暮れ』を見てきたんだけどね」
「・・・あぁ、君に危害は加えなかっただろう?」
「いさなくん、知ってたの?」
ばっと跳ね起きれば。驚いたように目を見開いたいさなくんが布団を戻してくれた。本当に優しいと思う。
「まさか、害されたのか? ・・・消しに行くか?」
「え・・・できるの?」
「あれは探し物をしているだけだと言っていたから放っておいたが。君に何かあるようなら、俺は」
「ち、違うよ! 姿見ただけ! びっくりしただけ!」
「そうか? 君がいいならいいんだが」
「全然平気!」
あわてていさなくんの言葉に肯定しながら、あたしはどきどきと高鳴る胸をそっと布団の中で押さえた。
探し物? 何か探してるの? そういさなくんに聞こうとしたところで、電気を消されてしまって。結局聞けずじまいにあたしは眠ってしまった。・・・暗くなるとすぐに眠くなるんだよ! お子ちゃまで悪かったね。
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