秀斗はプレゼントを机に置いて、破らないよう慎重にラッピングを外した。


 この『ほのぼの動物園』な絵はなかなか笑えるから、自分の部屋に飾っておこう。

 箱を開けると、イチゴの隕石が落ちた雪山のように豪快なショートケーキの上に、


〝Happy Birthday! 秀斗くん〟


 と、チョコの可愛らしい文字が書かれていた。


「今日が俺の誕生日だって、知ってたんだ」


 自分の誕生日は極力、内緒にしていたので秀斗は驚いた。

 夕子が、にへへと得意気に笑う。


「形はあれだけど、生クリームたっぷりで美味しそうだな。こんなでかいの食べきれないから、西園も食ってけよ。――紅茶いれるけど、西園も飲むよな?」


 天文部の部室は家庭科予備室もかねているので、小さなキッチンまでついている。

 やかんに水を入れながら秀斗が振り向くと、散歩に行くかと聞かれた子犬のように、夕子がわふわふと何度もうなずいた。





 秀斗は熱い紅茶で軽く喉を潤してから、包丁で四等分にしたケーキをフォークで切って、口に入れた。


 甘すぎないクリームは香りも後味もよく、ふわりと崩れるスポンジとシロップで浸けたイチゴが口の中で合わさると、なんとも幸せな気分になり、つい無邪気な笑みがこぼれてしまう。

 人気店で買ってきたケーキかと思うほど美味しいが、スポンジは穴ぼこだらけだし、生クリームの盛りつけも前衛的すぎる。


 間違いなくスポンジから全部、夕子が作ったのだろう。


「うん。見栄えはあれだけど、お世辞抜きで美味しいぞ。そこらの店で売ってるケーキより、よっぽど俺の口に合ってる」

「ほ、本当? よかったあ。十種類以上レシピを見て作ってみて、一番高峯君の口に合ってそうなのを選んでみたの。……えへへ、私の読みがばっちり当たったね」


 机の反対側でケーキと紅茶をせわしなく口に運んでいるサンタが、ご満悦な表情になる。


 家庭科の調理実習で同じ班になったときの惨状を見た限り、夕子は料理が苦手なはずだ。

 夕子がレシピとにらめっこしながら、半グラム単位で材料を計ったり、ストップウオッチで時間を計測しながら、科学の実験のように慎重にケーキを作っている光景を想像して、秀斗は微笑ましくなった。


「高峯君がクリスマス嫌いなのって、イブとおんなじ日だから、みんなに誕生日をないがしろにされちゃうから?」

「それもあるけどな。うちの両親は、仕事がらクリスマスになると忙しくなるから、昔からかまってもらえなかったのが一番大きいかな」


 そんな、たわいのない話をしながら、二人でケーキをつついた。


 夕子とは多くても五往復くらいしか会話をしたことがなかったので、これほど話しこむのは初めてだった。

 お互いの部活の話や、好きな料理や本や音楽の話。


 進路の話になって、進学先の志望校が秀斗と同じだと知ると、なぜか夕子が、ケーキのできを褒められたときと同じくらい喜んだ。


「そういえば、さっきので三十二回目だよ? 私が秀斗君に助けてもらったの」

「もう、そんなになるのか。……つーか、西園も暇だな。いちいちそんなの数えてるのか」


 夕子は、体育の時間に目立ちまくるほど運動神経がいいのに、どこか抜けているのだ。

 この四月に図書室で、初めて夕子を助けたときもそうだった。


 ふと見ると夕子が、小学生チックな見た目からは想像もつかない大ジャンプをして、本棚の一番上から分厚い辞書を抜き取ったところだった。

 お約束のように、その段に並んでいた本がすべて落ちてくる。

 無意識に飛びこんで、その小さな身体に覆いかぶさったため、夕子は無傷だったが、秀斗はけっこう大きなたんこぶができた。


 そんな夕子のお間抜けは、秀斗が近くにいると、なぜかひどくなる。


 ふと距離が近づくだけでぎくしゃくとなって、柱に頭をぶつけそうになったり、廊下で転びそうになったり、酷いときは階段から転げ落ちそうになったりする。

 そのたびに秀斗は、制服の襟をつかんで止めたり、細い腰を抱き止めたり、つい下敷きになってかばったりしなくてはならないのだ。


 手のかかる、お馬鹿な子犬そのものだった。


「高峯君が、サンタを信じてるって本当?」


 話が弾んでいたため、つい正直に答えてしまう。


「ああ。俺はずっと探してるんだ。――本物のサンタクロースを」


 口を滑らせた瞬間、秀斗は赤面したが、夕子は優しげに微笑んだだけだった。





「――あ! 私、今夜、もの凄く忙しいんだった。じゃ、じゃあ高峯君、用事があるからもう帰るね」


 ケーキをあらかた片付けた夕子が、慌てて立ち上がった。

 大きな白い袋を背負い直した夕子が、なぜか窓際へ歩いて行き、


 ――そのまま、三階の窓から飛び降りた。


「ば、馬鹿! なにやって――」


 秀斗は血相を変えて窓に駆け寄って、



 ――息を呑んだ。



 窓先の空中に、大きな赤いソリが浮かんでいたからだ。


 遊園地にある遊具のようなメルヘンチックなソリに乗り、夕子が手綱を握って微笑んでいる。

 その可愛らしいサンタ姿もソリも、月明かりを放つ雪の結晶が取り巻いているように、神々しくやわらかい光を放っていた。


「へへ。びっくりした? 私の家系は代々、本物のサンタクロースなの。私はまだ、見習いサンタなんだけどね」


 ぽかんとなった秀斗は、つい間抜けな質問をしてしまう。


「トナカイはどうした?」


 夕子が握る手綱の先は、ソリの手摺りに結ばれているだけで、一匹のトナカイもいなかった。


「空飛ぶトナカイって希少だもん。見習いが、つけてもらえるわけないよ」


 にへへと笑った夕子が、ふいに表情を濁らせて白い息を吐く。


「サンタを見た人間は、その記憶だけ消えちゃうの。でもクリスマスは、世界中のみんなが幸せを交わし合う日なんだから、ひとときだけでも……す、好きな人に……」


 夕子が目をつむり、冷たい空気を思い切り吸いこむ。


「――大好きな高峯君に、幸せをあげたかったの!」


 やけくそみたいに告げると、夕子は「ひゃあっ」と奇声をあげた。

 逃げるように離れていく空飛ぶソリを、秀斗は呆然と見送ることしかできなかった。





 ソリの座席で夕子は、茹ですぎた蛸のように赤くふにゃふにゃになっていた。


 すぐに秀斗は忘れてしまうだろうが、次に学校で会ったときに、どんな顔をしていいのかわからない。

 とにかく今は、四月から抱いていた思いを告白できた自分を褒めてあげよう。

 夕子はピシピシと手綱を叩いて、気恥ずかしさに身悶えていたが、


「おい」と、いきなり真横から声をかけられて、心臓がはねあがった。

 隣を見ると、



 ――なんと秀斗が、夜空を飛んで追走していた。



 秀斗の足が宙を踏むたびに鈴の音が鳴り、白く光る足跡がはじける。輝く波紋を点々と浮かべながら、秀斗が水面を走るように夜空をかけている。


「やっと、本物のサンタを見つけたのに逃げるなよ」

「えええ――――っ!? 高峯君、なんで空飛んでるの!?」

「俺の家系は代々、魔法のトナカイをやってるんだ」


 意味がわからない。

 だが秀斗が、シャンシャンと鈴の音を奏でながら、軽やかに空中を走っているのは確かなのだ。


「俺は、魔法で飛行もできる高等な獣人でありながら、サンタに仕えることを無上の喜びと感じる、変態的な血族の末裔まつえいなんだよ。……そのせいで、この時期になるとつのがはえて頭がうずくんだ」


 ニット帽を外した秀斗の頭には、短いつのが二本はえていた。


「つーわけで、西園に仕えさせろ。獣化じゅうかはまだ無理だけど、生身でも全力疾走すれば、今より何倍も早くソリを走らせられるぞ」


 なぜか上半身裸になった秀斗が嬉しそうにソリを引き、その背中に夕子が笑いながらピシピシと鞭の雨を降らせる。

 そんな、ほのぼのシュールな絵が浮かび、夕子はサンタ帽子をぶんぶんとふった。


 あまりにも唐突すぎる展開に、あわあわとなる夕子に、秀斗がとどめをさす。


「反論は聞かないからな。とにかく俺が、お前を引っ張ってやる! 俺も西園のこと……、き、嫌いじゃないからな」


 そういって目を反らした秀斗の顔は――、



 まさにトナカイのように、鼻まで真っ赤になっていた。

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