サンタな彼女
樹坂直
上
嫌いな理由を列挙すると、きりがない。
とにかく、十二月に入ってからの浮かれきった街並みや人々を見るだけで、偏頭痛に襲われるのだ。
しかも本日はクリスマスイブ。
色とりどりな電飾やモールで彩られた街を歩けば、カップルだらけ。げんなりして家に帰ったとしても、両親は職業がら大忙しのため、毎年ひとりぼっちなのだ。
人の体温が絶えた大きな居間で、もそもそとケーキを食べていると、どうしても隣家の団欒が耳に届いてきて、涙がこぼれそうに惨めな気分になる。
だから秀斗は、『中学生活最後の天文部の活動』と嘘をついて宿泊許可をもらい、校舎にある部室に一人、ひきこもることにしたのだ。
トイレから出た秀斗は、頭痛を押しこめるようにニット帽をかぶりなおした。
ぼんやりとした月明かりで満たされた夜の廊下は、海に沈んだ廃墟のように寂しく静まりかえっている。
寒さにはめっぽう強い秀斗だったが、人気のない校内はやはり不気味で、背筋が震えそうになる。
自然と急ぎ足になった秀斗は、床のリノリウムを鳴らして天文部の部室へ戻った。
扉の鍵を開けて、明るい室内に入った瞬間、
――ぽかんとなってしまう。
サンタ姿の小柄な女の子が、窓から入って来ようとしていたのだ。
白いモコモコのファーで飾られた、赤い帽子とぶかぶかの赤いミニワンピースコート。赤いブーツの上に見える、素肌の膝小僧と白い太腿が目にまぶしい。
視線があったサンタが、帽子の先についた白いボンテンをはねさせ、窓枠の上でバランスを崩した。
「きゃ……わわっ」
ここは、三階だ!
秀斗は慌てて駆け寄り、サンタの手を握って部室に引っ張り入れた。
「なにやってんだよ、西園! 危ねえだろ」
そのサンタクロースは、同じクラスの
肩で切り揃えた髪と小学生としか思えない背丈が可愛らしい、クラスのマスコットキャラだ。
頭一つぶん以上低い場所から見上げてくる、そのくりくりとした目がみるみる潤んでいき、寒さで上気していた頬がさらにリンゴ色に染まっていく。
何事かと思ったが、夕子の小さな手を握ったままなのに気づく。
「ああ、悪い」と秀斗は手を離した。
小学生チックな見かけのわりに、あいかわらず純情なやつだ。
「で、なにしに来たんだよ、西園。コスプレパーティーの帰りか?」
「た、高峯君が部室で泊まるって聞いたから、家にあったサンタ服を着て、差し入れ持ってきたんだよぉ……。中は明るいのに鍵がかかってたから、窓から入ろうかと思って……」
だからといって普通、三階の窓から侵入しようと思うか?
こう見えても夕子は、身軽なだけでなく運動神経もいい。
雨どいでも伝ってきたのだろうが、あまりにも危険すぎる。
「悪かったな。部室を離れるときは必ず戸締まりしろって、顧問の先生からいわれてるんだ。――つうか、危ねえだろ西園! こんな高さから落ちたら、怪我じゃすまねえぞ!」
つい秀斗が声を荒げてしまうと、夕子が両手でサンタ帽子を押し下げて目深にかぶり、小さな身体をさらに縮こませた。
見えない尻尾を、怒られた子犬のように丸めながらも、背負っていた大きな白い袋の中をガサガサと探る。
「こ、これ……。た、高峯君に、プレゼントあげたかったから……。私が作ったケーキなの。形は失敗しちゃったけど、味は大成功だから食べて!」
ケーキが入っているらしき箱を、夕子が両手で差しだした。
そのプレゼント箱はラッピングまで自作らしく、へんてこな動物がわらわらと色鉛筆で描かれている。
よほど緊張しているのか、校長先生から賞状を受け取った瞬間を切り取ったように、紅潮した顔を伏せて固まっている。
「クリスマスプレゼントか。俺、嫌いなクリスマスに関わりたくないから、学校に引きこもってたんだけどな」
「え? 高峯君、クリスマス嫌いなの? でも高峯君はサンタを信じてるって噂が、――あ、ご、ごめんねっ」
〝高峯秀斗は中学三年にもなって、まだサンタクロースの存在を信じている〟
その学年中に広まっている笑い話は、情けないことに事実だった。
こいつも冷やかしに来たのかと、秀斗は一瞬むっとしたが、すぐに間違いだと気づく。
貴重なイブにわざわざケーキを作って、秀斗が喜ぶだろうとサンタのコスプレをして、おまけに校舎の三階によじのぼってまで、届けにきてくれたのだ。
からかう目的だけで、ここまでできるはずがない。
「ありがと。俺、クリスマスは嫌いだけど、ケーキは大好きなんだ」
箱を受け取ってにっこりと笑ってやると、とたんに夕子の顔が輝いた。
なんとも、単純なやつだ。
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